2021年04月01日

「集落ネットワーク」の力で「小さな拠点」をつくる

農業の六次産業化という方向性が出され、今や農業を中心としたさまざまな可能性が、生まれてきている。

この記事は、2019年12月の特集記事であるが、今まさに、ひとつの村の中で、日々の生活に欠かせなかった店舗、郵便局までもが撤退する状況にあって、自ら生き残りをかけて実行に移したのだ。「小さな拠点」。今回は、その姿に迫ります。

では・・・・【リンク

転載開始

◆結節点があるからこそ小さな集落が守れる

JAの店舗やガソリンスタンド、郵便局が撤退する。むらで唯一の小売店がなくなる。小学校が閉校になる。子育て世代の若い人たちが住みにくくなって、役所のある中心集落や近隣の都市に住むようになり、人口減にますます拍車がかかっていく……。

いま、中山間の多くの地域が、同じような道をたどって、生活を支える施設や機関を失い、人口を急激に減らしている。

そこで起こる問題は人口減だけではない。昨今、台風や地震など自然災害が相次ぐなかで、山間部にある集落への道路が土砂崩れによって分断されて孤立したり、停電が続いて大変な不便を強いられたりするといった深刻な事態が全国各地で起きている。

行政や電力会社の支援は人口の少ない山間集落ほど後手に回りがちである。行政などの支援が届くまでの数日から数週間をどうやってしのぐか。中山間地域に住む人びとにとっては、文字通り死活問題になりつつある。

地域を担う人がますます少なくなるなかで、このピンチを乗りこえ、生活を維持する施設や地域活動の場を再構築するにはどうすればいいのだろうか。

かつて30~50軒ほどの家がまとまっていたころの集落なら、飲み水や用水の維持など、集落内で生活を支えるさまざまな活動をこなしていたはずだ。いまは、一つの集落だけで地域活動を展開するのは困難になっている。もう少し広い、統廃合する前の小学校区とか公民館区、言い換えれば自治協議会くらいの範囲で集落がネットワークをつくり、力を合わせて、定住の最後の砦ともいえる拠点に人材と活動を集約していくことが求められているのである。

それが「集落ネットワーク圏」であり、それをベースとした「小さな拠点」づくりである。

 

◆唯一の店が撤退 その時、どうする?

「小さな拠点」づくりはどのようにして進められているのだろうか。本誌の姉妹誌『季刊地域』2019年秋号は「小さな拠点の大きな可能性」を特集している。その記事から、実例を見てみよう。

秋田県羽後町仙道地区は348世帯、人口949人。中山間に点在する20集落からなる地区である。

この地区で「小さな拠点」づくりが動き出したきっかけは、20年ほど前の2002年、JAの支店統廃合で仙道支所購買店舗が撤退した時にさかのぼる。地元で唯一の日用品店がなくなることに危機感をもった地元有志が「店舗運営委員会」を結成、JAから店と在庫を引き継ぐことになった。地域住民から一口1万円の出資を募り、集まった131万円を元手に「仙道てんぽ」の運営がはじまった。

当初、店の経営は順調だったが、次第に設備が老朽化し、そこに小学校の統廃合決定による人口減が追い打ちをかけて、売り上げが年々減少していく。地域運営組織である「仙道地区振興会」を中心にどうしたら店舗が存続できるか協議を重ねた結果、小学校閉校の翌年2015年、秋田県の「お互いさまスーパー創生事業」に申請、「仙道てんぽ」は直売所機能や交流スペース機能を加えてリニューアルすることになる。

さらに2018年には総務省の「過疎地域等集落ネットワーク圏形成支援事業」によって、店舗の倉庫や調理室を改装し、交流サロンスペースや農産加工室を開設した。

「お互いさまスーパー仙道てんぽ」の年間売り上げは現在2000万円ほど。冬になると店の駐車場には除雪機が配備される。有償で地区の雪下ろし作業を請け負う「雪下ろし隊」が有志8人によって組織され、住民アンケートで一番の困りごとに挙げられた「雪下ろし」の解決に乗り出している。

 

◆地域の強みと弱みを「見える化」する

「小さな拠点」づくりとは、このように「小学校区など複数の集落が集まった基礎的生活圏のなかで、分散しているさまざまな生活サービスや地域活動の場などを『合わせ技』でつなぎ、人やモノ、サービスの循環を図ることで、生活を支える地域運営の仕組みをつくろうとする取り組み」(一般社団法人 持続可能な地域社会総合研究所所長・藤山浩さん)のことである。

藤山さんは「過疎対策のバイブル」と呼ばれたベストセラー『田園回帰1%戦略』の著者であり、このたび、この本をさらに具体的かつわかりやすく図解した三部作の完結編として『「小さな拠点」をつくる』をまとめた(12月刊。三部作はほかに『「地域人口ビジョン」をつくる』『「循環型経済」をつくる』)。この本には住民自身が主体となって「小さな拠点」をつくる方法が、全国各地の事例とともに示されている。

それによれば、「小さな拠点」づくり第一のポイントは、地域の強み・弱みを「見える化」することである。

藤山さんが「天気図」と呼ぶ手法では、まず、地域の暮らしを支える産業やそのための組織、施設、活動を書いたパーツをあらかじめ用意し、模造紙の上に並べていく。地域の課題が子育て世代のIターン・Uターンなど定住促進にあるとしたら、これにプラスになることに「高気圧」の、マイナスとなることに「低気圧」のマークを貼り付ける。たとえば、地域内に自然環境を生かした子育て支援施設があれば「高気圧」、雇用の場や住居が少なければ「低気圧」だ。農業生産が地域の農産加工グループの活動とうまくつながっていなければその間に「寒冷前線」を置く。

このようにして、地域にある施設・活動と交互のつながりの現状を「見える化」することで、どこに拠点をおいて、どの施設・活動をつないだらよいかが見えてくる(天気図の手法についてはシリーズ前作『「地域人口ビジョン」をつくる』に詳しい)。

ついで「小さな拠点」のプランの具体化にむけ、地域の人たちの構想をモデル化していく。藤山さんが開発したのはレゴブロックを使った手法だ。デンマークのレゴ社が開発したこのブロックは子供のおもちゃとして大人気だが、建物だけでなく、公園やさまざまな交通車両のパーツもそろっているので、地域のイメージづくりに役立つ。

ワークショップではグループに分かれて、ドローンで撮影した地区の航空写真を下敷きにし、その上に「小さな拠点」を定め、必要な施設を配置し、活動の様子もレゴで表現していく。それができたら、グループごとに「小さな拠点」がひらく地域の未来像を発表しあう。

「小さな拠点」は思いつきでできるわけではない。それまで地域で地道に積み上げてきたことを改めて掘り起こし、地域の弱みも冷静に見据える。そして、そこに何をプラスしたら弱みを克服して活動が活気づくか、地域住民自身が共通したイメージをふくらませるのである。

 

◆「小さな拠点」づくりにどこから手をつける

「小さな拠点」や「集落ネットワーク圏」づくりは国の地方創生の重要施策の一つとして位置づけられ、国土交通省や総務省などによる事業が展開されてきた。内閣府地方創成推進事務局の調査によれば、すでに全国496市町村で1723カ所の「小さな拠点」が形成されているという。もっとも、「小さな拠点」づくりは国に言われたからやることではなく、地域の衰退に危機感を持った住民自身によって各地で行なわれてきたことなのだ。

『季刊地域』のバックナンバーからいくつか紹介してみよう。

三重県松阪市柚原(ゆのはら)町地区(人口80人)では2000年代に入ってJA店舗や郵便局が相次いで撤退。そこで2007年に柚原自治会でJA支所を買い取り、日用品を扱う「みんなの店」と簡易郵便局を開設した。自治会を認可地縁団体とすることで、建物の登録や郵便事業の受託が可能となった。日用品店のほうは毎年30万円ほどの赤字だが、郵便局の委託手数料が毎年約200万円入るので、店を存続することが可能となった(2015年春号、2017年春号)。

岩手県北上市の口内(くちない)町自治協議会では、路線バスが廃止されるなかで「むらの足」を確保しようと、自家用有償旅客運送事業に取り組んだ。2009年に「NPO法人くちない」を設立、JA店舗あとに事務所兼共同店「店っこくちない」を開設し、自家用車10台とリース車1台で地区内の利用者を送迎している。店の売り上げのほか、スクールバスの運営や多面的機能支払の事務局の受託、高齢世帯の草刈りや除雪など、むらの困りごとを有償で請け負うことで収支はとんとんでやれているという(2016年秋号、2017年春号)。

この二つの例からもわかるように、「小さな拠点」では利潤を生み出す必要はなく、雇用を生み出しつつ、収支はとんとんでよい。たとえ、ある事業が赤字になっても、全体で収支を合わせればよいのである。

これが藤山さんのいう「合わせ技」であり、「小さな拠点」づくりの第二のポイントである。もともと、店舗や施設がむらから撤退していくのは、一つひとつバラバラでは人件費や受益者数がネックになって採算がとれないからだ。こうした施設やサービスを「小さな拠点」をつくることで合わせ、つないでいく。一つひとつの施設やサービスをとれば利用人数とコストの関係で割に合わなくても、いくつかの事業を束ねることで、採算がとれるようになる。「合わせ技」でむらの困りごとを束ねて解決しつつ、むらに雇用の場を生み出し、あわよくば自前の資金(地域活動費)を捻出していく。

 

◆エネルギーをまかなう力をつける

その延長で、地域の資源を活用して、エネルギーや輸送を自前でまかなう「小さな拠点」も生まれてきた。

たとえば、兵庫県朝来(あさご)市の与布土(よふど)地域自治協議会では、地区内にある温泉施設の指定管理や農家レストランの運営などで資金を捻出し、廃校となった地元の小学校の屋上に出力44kWの太陽光パネルを設置した。この小さな「発電所」は災害時の非常用電源になり、旧校舎は防災拠点の役割も担う。そして、年間150万円ほどの売電収入を生み出しており、協議会はそれを資金として遊休農地の解消や伝統行事の継承、高齢者の見守りなど、さまざまな地域活動をサポートしている(2019年冬号)。

考えてみれば、かつて多くの中山間地域の集落は、山の沢水を引き込む自家水道や、米や麦の粉を挽く水車などの動力源を持ち、各家々に木炭や薪などの燃料を蓄えていた。その頃であれば、むらはたとえ非常時に孤立したとしてびくともしない底力をもっていた。1960年頃から始まったエネルギー革命を経て、化石燃料や電力への依存が深まり、中山間集落ですら非常時への対応力を失ってきたというのが今日の姿なのである。

そうしたなかで、ソーラーパネルや小型水力発電機、バイオガスシステム、蓄電池のような現代技術も活かしながら、いくつかの集落がネットワークを組んでエネルギーや食料を自給する力を再構築する動きも生まれている。

 

◆「小さな拠点」が雇用を生み出す

非常時にライフラインを維持する対応力をつけることは、平時において地域に人々が定住し続ける仕事を生み出すことにもつながる。「小さな拠点」づくりによって新たに生み出される仕事は、たとえ一人月数万円程度の収入であっても、生活を支える助けとなるだろう。

たとえば、広島県三次(みよし)市川西地区(人口995人)の「小さな拠点」である「川西郷の駅 いつわの里」は地区に五つある町の代表11人を取締役とする株式会社組織で運営されており、社員は常勤の3人を含め31人。コンビニ(ファミリーマート+Aコープの一体型店舗)16人、加工所6人、食事施設6人である。コンビニでは子育て中の若い女性、加工所と食事施設では中高年女性が活躍している。「郷の駅」建設に先立って実施された住民アンケート(回答者706人)では「郷の駅で仕事をしてみたい」と答えた人が166人もおり、その仕事内容も販売、調理、送迎・配送など多岐にわたっていたという。さらに「郷の駅でボランティアをしたい(掃除、除草、イベントの企画・運営など)」と答えた人も92人にのぼっていた。「郷の駅」は地域で働きたいという住民の願いを実現する場となっている(2019年冬~秋号)。

先ごろ、安心な老後生活を送るためには年金のほかに2000万円程度の金融資産が必要だとした金融庁の審議会の試算が物議を醸したが、それはあくまで都会に住む無職の高齢夫婦のケースである。農山村に住み、畑で野菜を自給しつつ暮らすのであれば、年金プラス月数万円の収入であっても豊かなライフスタイルが展望できる。

その「小さな仕事」づくりは、田舎暮らしを求める子育て世代や定年退職後の家族をUターン、Iターンによって呼び寄せるための拠りどころにもなるであろう。

 

◆結節点があるからこそ小さな集落が守れる

こうした「小さな拠点」づくりは、あくまで国土の隅々まで広がる小さな集落をネットワーク化することで維持・活性化するための結節点づくりなのであって、行政の効率化のために周辺集落をたたんで中心集落にまとめる、いわゆる「コンパクトシティ」の手段であってはならない。

藤山さんは「小さな拠点」づくりを、細胞におけるミトコンドリアの働きにたとえて、次のように解説している。

「人間も動植物もその基本単位は細胞です。すべての細胞は、情報センターとしての核やエネルギーセンターであるミトコンドリアを有する自律的な循環圏となっています。細胞の中には血管も神経も通っておらず、栄養素なども異なる原理・機能・方式によって最小コストで内部循環しているのです。私たちの身体は、最初は一つの受精卵細胞を次々とつなぎ合わせ、全体としても極めて効率のよい循環システムをつくっています。やはり、まず一番基礎となる循環ユニットを形成し、それを重層的に組み合わせていくことが持続可能な循環系構築のポイントなのです。機能などは異なっていても基本構造が共通のユニットを土台にすることで、初めて相互の連携が体系的に設計できます。

数十億年の進化の歴史で選び取られたシステムは、われわれ人間社会よりも数段精巧にできています。私たちの地域社会もそろそろ『細胞』並みに進化すべき時ではないでしょうか」(『「小さな拠点」をつくる』より)。

そしてこの「ミトコンドリア」を地域につくり出すにはなんといっても、「束ねる人」や核となる組織の存在が欠かせない。

「束ねる人」は専業的な農家、安定した兼業農家でもいいし、農業法人が核となって営農だけでなく生活支援の事業を担ってもよいだろう。また、地域にはJAや役場の職員、県職員のOB、商工会や銀行の退職者など、事業計画の作成や財務・経理に長けた人材も探せばいるはずである。「小さな拠点」はそのような人や組織の力を総結集する場でもある。(農文協論説委員会)

以上転載終了

 

◆まとめ

彼らは、「集落のネットワーク」の力で、農が中心となって、これまでのやり方を変えた。

成功に至った農村に共通することは、行政主導で行われたやり方ではなく、日常の生活が滞ることを改善するにはどうしたら良いのか?を地域全体で考え、運営やルールを決めて実行に移すというもの=「小さな拠点」。

更に、一般社団法人 持続可能な地域社会総合研究所所長・藤山さん曰く

「私たちの身体は、最初は一つの受精卵細胞を次々とつなぎ合わせ、全体としても極めて効率のよい循環システムをつくっている。まず一番基礎となる循環ユニットを形成し、それを重層的に組み合わせていくことが持続可能な循環系構築のポイントである。」と・・・・

まさに、自然の摂理や体系の中で、村が存続していくためのシステムもルールもその摂理の中で営まれており、その核が「小さな拠点」。更にその中で自らは存続でき、更に事業化もできていけば、村は活性化していくと。

農の進化適応態。これこそ農業の六次産業化の核ではないか? では、次回もお楽しみに!

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2021年03月25日

農のあるまちづくり6~都市に農地はあるべき、と言い切った

新たに創られた法的基盤を、私たちはどう活かしていくか。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

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2021年03月18日

農のあるまちづくり5~日本の都市部で増える「農ある暮らし」の需要

世界の大都市で広がる「都市の農空間」づくり。

日本はどうか。まず、現状を整理してみる。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

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2021年03月16日

江戸期に学び、村の協同を再興する

今回の記事は2018年1月の農文協の主張記事である。新年を迎え、「現代の日本の農業の問題は、実は、今に始まったことではなく、江戸時代にも特に後継者難という状況は存在していた。」というところから始まる。

その状況を突破するために先人たちは、様々な仕組みを考え、村の共同を再興することを第一義とし、持続可能な「伝え継ぐ」取り組みを行ってきたと・・・・

さて、現代に目を向けると、長野県・田切農産では、その江戸時代の共同の仕組みを時代に合わせながら、自分たちの地域や農業を自ら守ろうとする協同の心・共に助け合う精神を復活させた。

これをさらにさかのぼれば、「むらと家を守った江戸時代の人々」がいる。「自己改革」の土台・源泉として、協同の心を伝え継ぐ農家、組合員とともに進める「自己発見」がいま、実現可能な形となったのである。

では・・・・リンク

転載開始

新年・2018年を迎える。『伝え継ぐ 日本の家庭料理』(農文協刊)の発行を開始したからというわけではないが、新しい年を「伝え継ぐ」年にしたいと思う。

総選挙で圧倒的な議席を確保した安倍政権は、日欧EPA(経済連携協定)の「大筋合意」に続き、アメリカを除く「TPP11」、日米FTAなどの通商交渉を、交渉中を理由にその内容や影響を公開することなく、強力に推進するだろう。

ここにあるのはグローバル化する大企業むけ「成長戦略」のみ。2014年の国連「国際家族農業年」や2016年のユネスコによる「協同組合」の無形文化遺産登録など、グローバル資本から地域、民衆の暮らしを守ろうとする国際的潮流を徹底的に無視するこの国の政府には「伝え継ぐ」べき歴史も文化もない。

2018年はJAの「自己改革」真っ只中の年でもある。政府・財界は、ここでも協同組合の歴史や文化を無視し、「JA解体」にむけた圧力を強めるであろう。

新しい年を迎えるにあたり、「伝え継ぐ」ことを考えてみたい。

 

◆後継者難に立ち向かった江戸期のむら

農家や地域、JAが伝え継ぎたいことを考えるうえで、大変示唆に富む本が出版された。農文協の新刊、『むらと家を守った江戸時代の人々―人口減少地域の養子制度と百姓株式』。著者は農業史の若手研究者・戸石七生さん(東京大学講師)。

戸石さんは「まえがき」でこう記している。

「北海道と沖縄を除いた地域で現存する集落のうち、95%が明治以前にすでに現存していた。(中略)寿命100年以上を超える『老舗』村が七万以上ひしめきあっていたのが明治維新直前の日本であった。(中略)いかにしてこのように長い間むらが持続したか」

本書によると、日本の農村が人口減少、担い手不足という危機に直面したのは現代が初めてではない。特に江戸時代の後半、日本の人口の伸びは停滞。戸石さんが実証研究の対象とした関東の農村のように、人口減少、後継者難に悩んだ地域は少なくなかった。しかし江戸の人々はこうした後継者難にただ耐えていたのではない。家と地域が一体となって立ち向かい、農家、農村の存続を目指したのが江戸時代のむらの姿だった。そこでは、有形・無形の経営資源を家族以外の者に受け渡す「第三者継承」が養子縁組というかたちで盛んに行なわれた。江戸時代の養子縁組は家だけでなく、むらにとっても死活問題だったのである。

本書では、相模国横野村(現在の神奈川県秦野市大字横野)に残るさまざまな史料などを駆使しながら、村や村うちの五人組が、「潰れ百姓」と呼ばれる生産能力を欠いた農家の出現を防ぎ、あるいは再興させるためにさまざまな取り組みを行なっていたことをリアルに描いている。

この時期の村や農家の経営基盤は、現代以上に弱く深刻で、「潰れ百姓」がさまざまなかたちで生まれた。本書ではこれを次の4種類に分類している。

①.人口の自然減によるもの:乳児死亡率の高さや、働き盛りの担い手の突然の死によって農家経営が傾く

②.人口の社会減によるもの:引越し・失踪(欠落)、都市への出稼ぎ、村内外への奉公

③.経営能力に問題があるもの

④.生産年齢人口が著しく小さいもの

 

この「潰れ百姓」の出現は年貢の納入に困難をもたらし、特に村うちの小集団、五人組にとっては、共倒れの要因となるため、切実な問題であった。そこで村は構成員の少ない農家に対して村落運営費を免除し、村も五人組もさまざまな手立てを尽くした。

①の担い手の突然の死では養子縁組などで家を守り、②の失踪や出稼ぎなどでは、いつでも村に戻れるように環境を整えておくのも村や五人組の役目であった。

 

◆むらの共済機能が働いた江戸期は「農協国家」

こうして村はさまざまな形で共済機能を発揮した。屋敷・耕地の所有と山・里山などの利用権、むらの寄り合いなどに参加するコモンズ権を保証した百姓株式(むらにおける営農権)の所持主体は家であったが、村はこれを管理し、家の構成員にも日常から注意を払い、潰れ百姓が発生しないように対策を立て、経営や担い手の状況が思わしくない場合は、ただちにその農家を潰れ百姓として認定し対応したのである。

百姓株式制度を基盤としてさまざまに行なわれた共済が、近代以降の農業協同組合の礎となったと戸石さんは研究報告(『共済総合研究』72)でこう述べている。

「『太平の世』として知られる近世の日本は『軍国主義国家』であると、政治史分野では長らく評価されてきた。とはいえ、近世日本を構成する基礎的行政単位は村であり、村は制度上、年貢=兵糧=米の供出を目的とした生産者組織であった。つまり、村は農業協同組合であり、村人はいわば農協の組合員であった。よって、被支配者である百姓から見れば、近世日本は『軍国主義国家』ではなく、『農協国家』であった」

村は、制度上は「米の供出を目的とした生産者組織」だが、そこにはむらを守りむらの持続性を維持する自律的な共済=村びとによる協同活動があり、「260年続いた『パクストクガワーナ』(徳川の平和)は百姓の仲間団体である無数の村、つまり農協組合員として組織された百姓に支えられていた」のである。

 

◆農家を減らさない―長野県・田切農産の取り組み

本書の「終章」で戸石さんはこう述べている。

「中世以降の日本の社会は団体的自治に依存してきた社会であり、団体の中でも村はその果たす役割の重要性において日本社会の基礎的な単位であった。(中略)団体的自治の文化は現代も脈々と受け継がれており、日本社会の基層を成している」

そして現代、農家の高齢化や人口減少のなかで「団体的自治」が難しくなってきたのは確かだが、だからこそ、むらの機能を現代的に再生させる取り組みが、「集落営農」などさまざまな形で展開されている。ここでは、本誌2012年7月号、2014年11月号で紹介した長野県飯島町にある(株)田切農産の取り組みから考えてみたい。

2016年、田切農産はJA全中などが主催する「第45回日本農業賞」の集団組織の部で特別賞を受賞。兼業・専業問わず地区の全農家が参画し地域一丸となった営農体制が高く評価された。

田切農産は2005年、全戸参加の田切地区営農組合を基礎とし、その二階部分の経営体として有志により設立された。農家との密接な関係を維持するため2009年には全戸出資の株式会社に移行。農地を預かるだけでなく、転作作物や白ネギ栽培の受託、畦畔・水管理の地域住民への委託、水稲の作業委託、直売所の経営など地域に利益を還元する取り組みを進めてきた。

こうして、この担い手集団への地域の期待が高まっていったが、一方では、農地利用調整などを主な役割にしてきた一階の地区営農組合の活動が停滞する恐れが生まれた。そこで、これまで任意組織だった営農組合を「地域づくりのための新しい法人」に進化させるため2015年、一般社団法人「田切の里営農組合」の設立にこぎつけた。目的は主には三つ。

「農家を減らさない」

「多様な人材を掘り起こす」

「地域の農地を一元管理する」。

目指すところは、農業を元気に続けられる人には続けてもらい、続けられない人には地域のためにできることをやってもらうことだ。代表の紫芝勉さんはこう話す。

「地域を守るためには、兼業農家をはじめ、地域住民の皆さんにしっかり活躍していただかなければならない。そのための人づくり、仕事づくりの役割を、一般社団法人田切の里が田切農産と連携しながら担っていく」

「いかに小さな利益でもみんなで分け合い、多くの人に参加してもらうことが地域づくりでは大事だ。成果を分け合うと仲間が増える。仲間が増えればいろいろなつながりができて、いろいろな仕事が始まる。それによって地域が継続していくのではないかと私は考えている」

 

◆地域のみんなが参加し元気になる協同のかたち

「田切の里」と「田切農産」が連携して進める取り組みのポイントを整理すると以下のようになる。

①「管理委託+プレミアム方式」という協同のかたち②「小さい農家を減らさない」&「多様な人材を掘り起こす」仕組みづくり③「お金の地域還元率」を増やして仕事、資源、お金の地域内循環を強める

①「管理委託+プレミアム方式」という協同のかたち

米・麦・大豆が主体の集落営農が野菜を導入した場合、「儲かるどころか赤字になってしまう」という話も聞く。田切農産も、かつては同じ悩みを抱えていた。米・大豆依存の経営から脱却するために、白ネギを導入したのだが、田切農産が采配し労賃を時給で支払った途端に経営的に立ち行かなくなるという危機に遭遇した。

こうして導入したのがネギの「管理委託方式」。圃場ごとに管理者を設置して、それらの作業を管理者に任せる。労賃はその都度の時給ではなく、一作終了後、収入から経費を差し引いた分を支払う。管理者になった人もこれなら納得してくれそうだし、赤字になる心配もない。ただし、人手のかかる作業(育苗、定植、収穫調製作業など)はみんなでやったほうがいい。作業も早く終わるし、楽しくできる。それに、地域に働ける場をいかにたくさんつくるかが田切農産の役割だと考えているからだ。こちらの労賃は時給で支払う。

さらに、圃場ごとの実績に応じた「プレミアム方式」を採用。収益の8割を基本配分金とし、2割をプレミアムに回す。努力した分が評価されるから、管理者のやる気が増す。この方式に変えてからは収益がしっかり出るようになり、作業者一人ひとりのやる気もグングン伸びた。この方式は他の野菜にも導入されている。

一方、稲作では「枝番管理方式」にした。田切農産からの委託を受けて稲作に取り組む農家は、米を農協のカントリーに出荷する際に「田切地区営農組合――○○さん」と枝番(名札)をつける。こうしてそれぞれの出荷量を把握し、米全体の売上金額から経費を差し引いて、残った分を出荷数量に応じてそれぞれに分配するので、頑張った人はそれに見合った収入が得られる。

構成員の努力や働きが生きる協同のかたちを追究する。

②「小さい農家を減らさない」&「多様な人材を掘り起こす」仕組みづくり

田切農産の社員は9名、臨時雇用で総勢40人近い地域の人にも来てもらっているが、それでも精一杯という状況になってきた。

そこで、新しく立ち上げた法人「田切の里」では、地域を守るために活動をする「作業グループ」を設け、草刈り部隊をつくった。地域には草刈りくらいならやれるという人がいる。ここでは、「多面的機能支払」交付金を活用する。作業グループのほかに、直売所グループや農産加工グループをつくり、将来的には独居老人に弁当を配達する福祉グループなどもつくる計画を立てている。

③「お金の地域還元率」を増やして仕事、資源、お金の地域内循環を強める

田切農産は地域貢献度ともいえる経営指標として「地域還元率」を重視している。

2014年度の売上高1億4000万のうち地域への還元割合は9300万・66%で年々上がってきている。内訳は共同作業等労務費、直売所で販売する農産物仕入、交付金など作付助成配当、作業委託費、支払地代などである。所得そのものよりも地域に仕事を増やすことを優先し、かつ未来への投資を考えているのである。

地元のNPO法人「伊那里イーラ」と共同で農業塾を開催しているのもそのひとつ。これには町内外から総勢35家族が集まり、米づくりコースと野菜づくりコースで10カ月間、実地で勉強する。ゆくゆくは定住に結びつけたいと考えている。ほかに県の里親制度を使った研修生の受け入れや、JICA青年海外協力隊の訓練生受け入れ、町の子育て支援センターの収穫体験、小学生の社会見学、高校生の職場体験なども定着してきている。

 

◆いま、協同の心を伝え継ぐ

こうした田切地区と田切農産の活動を、JA上伊那や飯島町がサポートし、支えてきた。田切農産は品目横断的経営安定対策事業がスタートした2006年、JA上伊那が先頭になって立ち上げた44集落営農組織のひとつとして発足した。これからは組織(集落営農組合=むらの力)がなければ上伊那地区の農業は維持できないと判断してのことである。農協全職員による集落の担当制をとり、経理、会計簿の記帳代行など全面的にバックアップするなかで、約半年の間にほぼ全部の集落で集落営農を立ち上げることができた。

この時、力を発揮したのが、JA上伊那、行政、普及センター、NOSAI、農業委員会といった各組織が連携した協議会「営農センター」であり、これを核として農地利用調整などをすすめてきた伝統である。

JAの自主的な研究会であるJA・IT研究会(会長・今村奈良臣、会員・53JA+1団体、事務局・JA全中、農文協)では先日、「協同活動をベースにしたJA改革の実践」をテーマに第47回公開研究会を開催。JA上伊那の牛山喜文専務も活動報告をした。JA上伊那の組合員の参加意識は高く、かつて取り組んだTPP反対署名はJAのなかで全国一だったという。牛山さんは、集落営農や新規就農者の支援・育成など多彩な活動を紹介、そして「協同の心」をめぐり次のように語った。

 

「明治の中ごろから上伊那地方の主たる産業は養蚕だったが、製糸会社の独占的な繭の買い叩きや不当な取り引きに悩まされた農家は、これらの搾取から自らを守る手段として零細な資本を出し合い、自らの手で製糸を開始。やがて産業組合法のもと組合製糸が生まれ、大正に入って上伊那一本の組合製糸『竜水社』が誕生、生産から販売までを担って農家所得向上に寄与した。

協同こそ弱い立場にある者の生きる道であることを先人に学びとれる。今日、上伊那全地区に組織されている集落営農組織の根底には、自分たちの地域や農業を自ら守ろうとする協同の心・共に助け合う精神が生きている」

これをさらにさかのぼれば、「むらと家を守った江戸時代の人々」がいるのだろう。

「自己改革」の土台・源泉として、協同の心を伝え継ぐ。農家、組合員とともに進める「自己発見」がいま、求められているのではないだろうか。(農文協論説委員会)

キッチンガーデンたぎり 株式会社 田切農産

http://www.tagiri-nousan.jp/

 

 

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2021年03月11日

農のあるまちづくり4~世界のトレンドⅡ.NY、上海、ロンドン。そして日本の可能性

世界の先進都市で増える農的空間。

背景には、都市の課題を解決する農、という強い課題意識がある。

そして各国との比較から見えてくる、日本の都市農業の可能性。

全くゼロからつくり出すのではなく、有形無形の資産を再発見し、

活かし、受け継いでいくという視点。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

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2021年03月09日

コロナの時代に「百姓仕事」を考える。格差社会を超える「働き方改革」のために

コロナが発生し、社会がいたるところで、不具合がおきだしてから、ほぼ一年になる。この間、働き方は非常に変化してきている。

今やリモートによる会議はあたりまえになり、地方に本社がある企業の東京支店を閉鎖させ、変わって、社員は自宅から営業に向かうといった会社も現れてきている。また、本社機能を全て地方に移転する企業まで登場してきている。

その中にあって、農業は、働き方に生きがいを生み出し、知らず知らずのうちに、人と自然がお互いに適応し共存していける環境を形成していけるのだ。

私権社会に特有の時間を切り売りする「手段」としての労働から、労働それ自体が楽しいと思える活動へ。本当の「働き方改革」を実現させる可能性は百姓仕事の中にあると・・・・・

まさに自然と労働の一体化。そこには時間という概念は無く、充足感がその単位を包括するまでに至る世界を生み出す。

「農文協 2021年 3月号」から では・・・・リンク

 

転載開始

去年の今ごろは中国で発生した新型コロナ(COVID-19)という感染症の恐ろしさに、ようやく人々が気づき始めたころだった。あれから1年――。

感染症もじきに収まるだろうという期待も虚しく、いまだに当たり前の日常を取り戻すことができずにいる。医療現場の逼迫はいよいよ深刻な状況だし、病人を見舞ったり、年寄りを介護したり、はては身近な人を看取り、まともな葬式を出すことすらままならないつらい日々が続く。

ただ、悪いことばかりではない。新型コロナは、何が本当に大切かをわれわれに気づかせてくれる鏡にもなっている。

そのひとつが、農業という仕事のもつ「強さ」と「楽しさ」だ。

 

ブックレット『新型コロナ19氏の意見』から

昨年5月上旬に農文協ブックレットとして『新型コロナ19氏の意見』を緊急出版した。原稿を依頼したのは3月中〜下旬、締め切りは安倍晋三首相(当時)による緊急事態宣言発出直前の4月上旬という、まったく予測がつかない状況のなかで、ウイルス学や国際保健学をはじめ、哲学、人類学、社会学など各分野の専門家や、ジャーナリスト、探検家、農家まで多彩な顔ぶれが、知恵をしぼって新型コロナの引き起こした事態を分析してくださった。

そのなかで、農民作家の山下惣一さんは、玄海灘に面した畑で農作業を続ける自分は都市生活者のような「3密」とは無縁で、新型コロナがはびころうが、日常に変化はない、と書いた。そして、新型コロナはアマゾンの原生林の開発に見られるような「地球に巣食う白アリ(=人間のこと)への逆襲である」と喝破し、「身土不二の食生活と小規模家族農業こそがそれを根本的に解決する道だ」と述べる。「『新型コロナでわかった田舎暮らしの強さ確かさ』……田舎の実家を大切にしておけ」と。

一方、経済アナリストの森永卓郎さんの主張はこうだ。新型コロナによって中国から輸入が止まったとたんに、日本ではマスクから電動アシスト自転車、厨房設備やトイレに至るまで、日常生活を支えるあらゆるモノの供給に支障をきたした。それは最もコストの安いところから部品を大量調達するというグローバル資本主義の矛盾が露呈したということではないか。また、感染拡大が東京、大阪などの大都市でまず起こったように、大都市一極集中の脆弱性もあらわになった。今後の社会に求められるのは「大規模・集中」から「小規模・分散」への経済の転換だ。それを実現するには農業のあり方こそ重要だと言う。大規模農家に農地を集中させるのではなく兼業農家を守り、消費者も含めたより多くの人々が農業生産にかかわっていく。目指すは食べものや生活に必要なものを、できるだけ近くの人同士で分かち合う「隣人の原理」(ガンディー)の実現だ。それには、都会に住み、消費するだけのライフスタイルの転換が求められると説く。

 

◆「仕事の楽しさ」まで奪う格差社会

東京出身の経済アナリストである森永さんがこういう主張に至ったことも意外だが、自らそれを実践しているというから驚かされる。森永さんは埼玉県所沢市という「トカイナカ」(都会と田舎の中間)に住み、20坪ほどの畑を耕しながら、ラジオの生放送などに出演するため週2〜3回、1時間半ほどかけて電車で東京に通っている。農業をはじめたきっかけは群馬県昭和村の道の駅が運営する体験農園。そこに週末だけ通っていたのだが、コロナ禍で県境を越えた移動が困難になったことから、近所の畑を借りて農業をはじめたのである。「小さい農業」よりさらに小さい「マイクロ農業」の実践だ(詳しくは、3月に農文協から発行される『森永卓郎のマイクロ農業のすすめ』参照)。

近所の畑で農業を始めてまず気づかされたことは、農業は失敗の連続であることだ。道の駅の体験農園ではプロ農家が土づくりや苗をお膳立てし、日常の管理もやってくれたから無事育っていたのだった。素人の自分がなんでも育てられるほど農業は甘くない。にもかかわらず、農業は「楽しい」。周りの農家がいろいろアドバイスしてくれるのだが、そのアドバイスが〝みんな違う〞。つまり(根本的に言えば)農業にマニュアルは通用しない。誰にもしばられることなく、自分の意志にしたがい、自分で工夫するからこそ農業は楽しいのだ。毎朝2〜3時間畑に立つ時間は、マスクをする必要もなく、愛煙家である森永さんは野良仕事の合間に至福の一服を味わうこともできる。

森永さんは、『マイクロ農業のすすめ』でこうした「楽しい仕事」の対極にあるものとして、ウーバーイーツに象徴される現代の厳しい労働現場についても書いている。

ウーバーイーツとは現代版の出前持ちのことだ。料理を注文したい人はウーバーイーツのホームページにアクセスし、提携した飲食店の料理を選ぶと自転車やバイクで望みのところに配達される。消費者はクリックするだけで料理が届き、支払いもクレジットカードやスマホで済む。コロナ禍による外食の自粛に苦しむレストランが提携店に登録することで急成長し、コロナ禍で失業した人びとがその配達員となっている。

ここで問題なのは、配達員はウーバーイーツに雇用されているわけではなく、「個人事業主」として登録されていることだ。だから雇用保険も労災保険も適用外であり、たとえ配達中に事故にあっても、なんの補償もなされない。そしてスマホのGPS(位置情報)によって管理され、将棋の駒のように動かされて、その効率も厳しくチェックされる。この計器による徹底した労働管理はアマゾン(通販を主力とする巨大IT企業)の倉庫でのピッキング(伝票や指示書にしたがって、商品を取り出す作業)の現場も同様だ。作業員はハンディー端末を持たされて、ピッキングすべき品目との距離から瞬時に割り出される目標時間が提示される。もちろん、出前もピッキングも大事な仕事であるが、ここでは労働者に対する敬意はなく、誰にでも置き換え可能な駒として扱われているようにみえる。ウーバーイーツでは、新型コロナのために客とのちょっとしたやりとりもできにくいことも仕事のつらさに拍車をかける。

森永さんは現代の格差社会では「所得や資産」の格差だけでなく、「仕事の楽しさ」の格差も進んでいるという。それは大企業もけっして例外ではなく、知的で創造的な部分を担うのは、親会社のひと握りの経営層や企画部門に限られるという状況が進んでいる。

これに対して、森永さんがいうように、なぜ農業の仕事は「楽しい」のであろうか。

 

◆「百姓仕事」の楽しさの謎に迫る『田んぼの絵本』

「農業がなぜ楽しいか」という問いは、農家にとってあまりに当たり前すぎて、答えが見つからないかもしれない。

その手がかりを与えてくれるのが、『うねゆたかの 田んぼの絵本』である(全5巻、①『田んぼの四季』、②『田んぼの動物』は既刊。③『田んぼの植物』は2月、④『田んぼの環境』、⑤『田んぼの文化』は3月発行)。

著者の宇根豊さんは福岡県糸島市の「百姓」。福岡県農業改良普及員時代の1978年に減農薬稲作運動を提唱した人として知られている。本誌でもたびたび紹介してきたが、イネの株元に虫見板と呼ばれる下敷き状の板をあて、稲株を叩いて虫の発生状況を観察することで、防除暦に頼らない農薬の使い方を普及させた。その運動を通して、水田には害虫でも益虫でもない虫が圧倒的に多いことをつきとめ、「ただの虫」という概念を広めた。2000年福岡県を退職し、福岡県二丈町(現・糸島市)に移住、NPO法人「農と自然の研究所」を設立、この団体を母体に、「田んぼの生きもの調査」を開始する。地域の農家と子どもが一体となった調査はやがて全国に広がり、「田んぼの学校」と呼ばれるようになった。

その宇根さんが初めて子ども向けの絵本を書いた。絵本の舞台は宇根さんの田んぼであり、描かれるのはその「百姓仕事」である。宇根さんは苗代で育苗し、成苗2、3本を手植えしている。除草剤や農薬は一切使っていない。だからここに出てくる「お百姓」は宇根さんそのものなのだが、同時に、長年にわたって農家とつき合いながら、百姓仕事とは何かと問い続けるなかで気づいてきた、多くの農家の思いや感覚も投影されている。この絵本に登場する「お百姓」は、宇根さんであると同時に多くの農家でもある。

この絵本では、その田んぼと百姓仕事をめぐる素朴な疑問をめぐって、小林敏也さんによるダイナミックな絵ページと写真やグラフなどによる解説ページが一見開きごとに交互に展開していく。少しだけ紹介しよう。

「なぜ赤とんぼは人間に寄ってくるの?」のページでは、田んぼの中で疑問をもったお百姓が赤とんぼ(ウスバキトンボ)にその問いを投げかける。お百姓は赤とんぼの言葉から、自分が田んぼの中で仕事をするとイネに止まっていた虫たちが驚いて飛び立つこと、そして自分の姿が赤とんぼにとっては、小さな虫たちがいることの目印になることに気づく(①『田んぼの四季』)。

「足あとにオタマジャクシが集まってくるのはなぜ?」のページでは、田植え後ひと月ほど水を張った田んぼの中で、お百姓が草取りに歩いた足あとにオタマジャクシがたくさん集まる謎に迫る(②『田んぼの動物』)。水温が上がる初夏の田んぼでは、足あとのところは一段深くなっていて水温が低い。オタマジャクシは暑さを避けて、そこへ集まってくるのだった。

田回りの意味を問いかける話もある(③『田んぼの植物』「畦で草が『整列』するのはなぜ?」)。春のアゼでは、田んぼに近いところにヘビイチゴやオオジシバリなどが、遠いところにスイバやアザミなどが生え、その間にはオオバコやチカラシバなどが生える。それは、田んぼの近くには湿ったところを好む草が、遠いところには乾燥したところを好む草が生え、その間は人に踏まれても強い草が自然に残っていくからである。つまり、アゼの草を適度に刈り、田回りをすることが、アゼの草のすみ分けに一役買っているのである。

 

◆知らず知らずのうちに生きものを育てている

こうした疑問は、農家は口にしないまでも、日々の農作業の合間にふと感じることではないだろうか。『田んぼの絵本』はその疑問を解きほぐすことで、百姓仕事がイネを育てるだけでなく、田んぼやアゼ、用水路の植物や動物を豊かにする役割も果たしていることに気づかせてくれる。

そうは言ってもお百姓は赤トンボにエサを与えたり、オタマジャクシが休む場所をつくるために、田んぼを歩きまわって草取りをしたり、田車を押しているわけではない。アゼの植物の種類を増やそうとして田回りをしているわけでもない。あくまでイネの生長を助けるための仕事である。だが、イネのためと思っていることが、知らず知らずのうちに、ほかの生きものたちの生長も助け、田んぼ周りの環境を豊かにしていく。そして、自分の働きかけ(百姓仕事)が、田んぼのゲンゴロウやアゼのキンポウゲを増やしていることに気づくことが楽しさにつながっていく。

この「知らず知らず」「同時に」ということが、マニュアル化しにくい百姓仕事のおもしろさではないだろうか。

そもそもイネを育てる仕事そのものが、田んぼ一枚一枚の違いや、毎年変わる天候などによって一筋縄ではいかない難しさがある。精農家はそれを、イネに働きかけ、その結果を観察することをとおして感じとる。さらには、その働きかけが田んぼの生きものを豊かにし、そのことに日々の仕事の合間に「ふと気づく」。そこに百姓仕事の楽しさ、おもしろさが尽きない秘密があるのではないか。もし、これらが別々の仕事として行なわれるのであれば、それはそれでマニュアル化が可能になり、とたんにつまらない仕事に転化していくことだろう。

これまで子どもたちの学校や地域での稲作体験では、どういうわけか、田植えもイネ刈りも手仕事が基本となってきた。そこには、「多くの子どもがかかわれるように」とか「昔の仕事の大変さを知る」といった教育的な意味づけはなされていたかもしれないが、手仕事の意味そのものが問われることはほとんどなかった。

『田んぼの絵本』は「知らず知らず」「同時に」という自然とつき合う百姓仕事の本質が、手仕事の稲作体系においてより鮮明に現れることに気づかせてくれる。それは、現在の機械化された稲作体系のなかでも、少なからず残っていることではないだろうか。

 

◆コロナ後の社会を「仕事の楽しさ」から考える

『新型コロナ 19氏の意見』に巻頭エッセイを寄せた哲学者の内山節さんは、むらでの労働には「仕事」と「稼ぎ」のふたつがあるという。商品経済のなかで、おカネを得るための労働が「稼ぎ」であり、それでは割り切れない労働が「仕事」である。実際にむらでは共同体を維持するために溝さらいや道普請、お宮の掃除などさまざまな「仕事」がある。それだけでなく、田んぼでも山でも農家の労働には、イネを収穫し、用材を生産しておカネを稼ぐことだけでは割り切れない「仕事」の部分があり、そこに楽しさがあるのではないか。

まもなく、農文協から『内山節と語る 未来社会のデザイン』(全3冊)が発行される。東北地方の農家を前に語った3年分のセミナーをまとめたこの本のなかで、内山さんは、いま進められている「働き方改革」の方向に疑問を投げかけている。現代の企業社会は働く側も雇う側も労働を「手段」とする構造に取り込まれており、そのことが働く側を追い詰めている。この構造を変えることなく、ただ労働時間を短くしても、労働はつまらないまま密度が高まるだけで、本当の改革にはならないのではないか、と。

「むしろいま多くの人たちが望んでいるのは『労働時間なんて気にしないでもやりたいと言えるような労働をやりたい』ということ」ではないか。(自営業の人は)別に『何時間働いたからいくらの収入になるはずだ』という計算なんてやっていない。もともとはみんなそうやって暮らしてきた。それがいまのような状況になって、皆が追い詰められてきた。だから(中略)『この労働でいいのか』という、そのことを問い直さなければならない。そうなると、いまの資本主義という経済の仕組みや企業の仕組みをどう改革したらいいのかという課題になる」(『2 資本主義を乗りこえる』より)。

時間を切り売りする「手段」としての労働から、それ自体が楽しいと思える労働へ。本当の「働き方改革」を実現させるヒントは百姓仕事の中にある。(農文協論説委員会)

以上転載終了

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2021年03月04日

農のあるまちづくり3~世界のトレンドⅠ.韓国

農のあるまちづくり。

世界のトレンドはどこに向かっているのか?

まずは日本のお隣、韓国から。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

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2021年02月25日

農のあるまちづくり2~東京農村ビル

東京のど真ん中に、突如出現した「東京農村ビル」

ビルオーナーは、東京国分寺で300年続く農家の跡取り。

彼がこのビルに込めた志とは。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

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2021年02月25日

農業の6次産業化の理論と実践の課題

今回取り上げる寄稿文は、前回紹介した、農業の6次産業化を構築し、これまでの農のあり様を根本的に改革しようと、農村各地を飛び回り、活力を植え付けてきた故今村奈良臣氏の理論と実践の報告レポートである。

このレポートは、2012年、東日本大震災の翌年に寄稿したものであるが、当時の農家の変革の可能性が感じられるものになっている。

農村女性起業家の台頭。農産物直売所の増加と農業の6次産業化をめざす経営体が、地域農業の活性化とその改革に取り組んでいる姿を見ることができる。

一方、現在、コロナ禍にあって、農を取り巻く環境は、再び変革の兆しを見せており、このレポートから8年たった今日でも、更に農業の6次産業化は、確固たる形になっていく様相を秘めている。

今村氏は今回のレポートで、こう締めくくる。

「多様性のなかにこそ、真に強靭な活力は育まれる。画一化のなかからは、弱体性しか生まれてこない。多様性を真に生かすのが生命力に富むネットワークである」 

では・・・・ リンク

転載開始

1.  農業の6次産業化をなぜ考えたか

今から18年前、大分県の中山間地域に立地する大分大山町農協の設立間もない農産物直売所「木の花(このはな)ガルテン」を中心に、そこへ出荷している農民、組合員の生産・加工・販売に情熱を燃やしていた皆さん、そしてこの直売所に農産物などを買いに来る消費者の皆さんの活動や行動を、約1週間にわたって農家に泊めてもらい、つぶさに調査するなかで、「農業の6次産業化」という理論が生み出され、私の頭の中で定着していった。

当時、私は東京大学で研究活動を行うとともに学生たちを教えていたが、その傍ら、財団法人21世紀村づくり塾(現在は財団法人都市農山漁村交流活性化機構に改組)の副塾長として全国各地の農民塾、村づくり塾の塾生の指導にも熱意を燃やしていた。そうした活動のなかで、この「農業の6次産業化」を運動として進めようと全国の農村にわたって情熱を傾けて呼びかけた。

 

2. 「農業の6次産業化」とは何か  ─その理論の提示と確定─

「農業の6次産業化」を発想した当初は次のように考えを定式化した。「1次産業+2次産業+3次産業=6次産業」 この意味は次のようなことである。
近年の農業は、農業生産、食料の原料生産のみを担当するようにされてきていて、2次産業的な分野である農産物加工や食品加工は、食品製造関係の企業に取り込まれ、さらに3次産業的分野である農産物の流通や販売、あるいは農業・農村にかかわる情報やサービス、観光なども、そのほとんどは卸・小売業や情報・サービス産業、観光業に取り込まれているのであるが、これらを農業、農村の分野に取り戻そうではないかという提案である。
しかし、上記の「1+2+3=6」という定式化を3年半後に「1次産業×2次産業×3次産業=6次産業」と改めた。このように改めた背景については、次のような理論的・実践的考察を深めたからである。

第1に、農地や農業がなくなれば、つまり0になれば、「0×2×3=0」となり、6次産業の構想は消え失せてしまうことになる。当時、バブル経済の後遺症が農村にも深く浸透していたため、「土地を売れば金になる」といったような嘆かわしい風潮に充ちていた。とりわけ、この当時、農協陣営において、土地投機に関わる融資などを契機に膨大な負債、赤字を出す農協が続出していたことは、私の記憶に深く刻み込まれている。

第2に、掛け算にすることによって農業(1次産業)、加工(2次産業)、さらに販売・情報(3次産業)の各部門の連携を強化し、付加価値や所得を増やし、基本である農業部門の所得を一段と増やそうという提案を含んでいた。

第3に、掛け算にすることによって、農業部門はもちろん、加工部門あるいは販売・流通部門、さらにはグリーン・ツーリズムなどの観光部門などで新規に雇用の場を広げ、農村地域における所得の増大をはかりつつ、6次産業の拡大再生産の道を切り拓こう、ということを提案したものであった。

こうして「1×2×3=6」という農業の6次産業化の理論は、その実践活動を伴ないつつ全国に広まっていったのである。

 

3. 「6次産業論」の経済学理論による裏づけ=ぺティの法則について

6次産業というキーワードは、農業・農村の活性化をねらいとして、私が上記のような先進事例の実態調査を通じて分析・考察するなかから考えだし、世の中へ提唱したものであるが、「6次産業の理論的根拠は何かあるのですか?」という質問をときどき受けることがある。

実にもっともな質問で、理論的背景をしっかり押さえておいたほうが、仕事や活動のエネルギーの源泉にもなるので、この質問に答えておきたい。

6次産業というのは決して単なる言葉遊びや語呂合わせではない。

そこで、「ぺティの法則」について論及しておきたい。かつて、世界的・歴史的に著名な経済学者であるコーリン・クラーク(Colin G.Clark)は「ぺティの法則」を説いた。その主著である『経済進歩の諸条件』(大川一司他訳 “The Conditions of Economic Progress” 1940)において、コーリン・クラークは世界各国の国民所得水準の比較研究を通じて、国民所得の増大とその諸条件を明らかにしようとした。彼はその中で、産業を第1次、第2次、第3次の三部門に分け、

(1) 一国の所得が第1次産業から第2次産業へ、さらに第2次産業から第3次産業へと増大していく

(2) 一国の就業人口も同様に第1次産業から第2次産業へ、さらに第3次産業へと増大していく

(3) その結果、第1次産業と第2次産業、第3次産業との間に所得格差が拡大していく

ということを明らかにし、それが経済的進歩であるということを提起した。彼によって、この経験法則は「ぺティの法則」と名づけられたのである。では、なぜ「ぺティの法則」と名づけられたのか。
ぺティとは、ウィリアム・ぺティ(William Petty:1623-1687)のことで、いうまでもなく経済学の創設者とされるアダム・スミスに先行する経済学の始祖であると経済学説史では位置づけられている。ぺティは「土地が富の母であるように、労働は富の父であり、その能動的要素である」という思想のもとに労働価値説を初めて提唱するとともに、経済的諸現象について数量的観察と統計的分析を初めて行った偉大な経済学者であった。そのぺティに敬意をはらいコーリン・クラークは「ぺティの法則」と名づけたのである。

 

4. 1次産業は縮小し、2次・3次産業は拡大したが、主体的に何をなすべきか

周知のように、第1次産業は農林水産業、第2次産業は鉱業、建設業、広範にわたる多彩な製造業、第3次産業は残りの非常に雑多なもので卸売・小売業などの流通部門、金融保険業、運輸業、情報・通信産業、多様なサービス産業部門、飲食・旅館・ホテルなどの観光産業部門など非常に多くの分野を含む。

こうした産業分類を前提としつつ、一国の経済全体(マクロ経済)の構造変化を、100年以上にわたる長期の歴史過程の動態をとらえたのがぺティの法則である。いうまでもなくわが国においても、この100年、とりわけここ50年の動態変動過程をとらえてみると、統計的には繁雑になるので省略するが、第1次産業部門の所得、就業人口などの比率は急激に減少し、第2次産業さらに第3次産業部門が急激に増大してきており、欧米先進諸国はいうまでもなく日本と同様、あるいはそれ以上にぺティの法則は貫徹しているといえる。
さて、わが国の農業あるいは食料に関する統計分析やその実態の変動あるいは課題や問題点などについては繁雑になるので省略するが、その詳細については『平成22年度 食料・農業・農村の動向』、いわゆる『農業白書』の平成22年度版を参照してほしい。農業白書が50周年を迎えたので、大変に要領よく50年の変動の足跡をまとめてあるし、私も初代の食料・農業・農村政策審議会の会長を務めていた関係で寄稿してある。

さて、日本農業はこの50年の経済成長とその変動のなかで大きく地位は低下し、多くの問題点はかかえているが、それをいかに克服し、新しい発展の展望を描くべきか。わが国の農業・農村は次のようなすぐれた特質をもっている。

 

(1)農地は狭く傾斜地も多いが、四季の気象条件に恵まれ、雨量は多く、単位面積当りの収量は安定して高く、すぐれた生産装置としての水田をはじめとする諸資源に恵まれている。

(2)農業者の教育水準は高く、また農業技術水準が高いだけでなく、応用力にすぐれた人材が多い。

(3)農業の科学化、機械化、装置化などの水準が高く、その潜在的能力を活かす道が重要である。

(4)わが国には、階級・階層としての貧農は存在せず、一定の生活水準以上の安定的社会階層を形成している。

(5)さらに、歴史的に培われた村落・集落を基盤にした自治組織が形成され、地域資源の保全と創造に大きく寄与してきた。

 

たしかに農村人口の減少と高齢化は進んできてはいるが、以上あげた5点を踏まえつつ新たな展開、すなわち「農業の6次産業化」をキーワードに新しい展望を描かなければならないと考える。

 

5. 農業・農村の6次産業化の基本課題

農業の6次産業化を推進し、成果をあげて成功の道を切り拓いていくための基本課題として、私は次の5項目をこれまで掲げてきた。

〔第1の課題〕

消費者に喜ばれ愛されるものを供給することを通して販路の確保を着実に伸ばしつつ、所得と雇用の場を増やし、それを通して農漁村の活力を取り戻すことである。

〔第2の課題〕

さまざまな農畜産物(林・水産物も含む、以下同じ)を加工し、販売するにあたり、安全、安心、健康、新鮮、個性などをキーワードとし、消費者に信頼される食料品などを供給することである。

〔第3の課題〕

農畜産物の生産ならびにその加工、食料品の製造にあたり、あくまでも企業性を追求し可能なかぎり生産性を高め、コストの低減をはかり、競争条件の厳しいなかで収益の確保をはかることである。

〔第4の課題〕

新たなビジネスの追求にのみ終るのではなく、農村地域環境の維持・保全・創造、とくに緑資源や水資源への配慮、美しい農村景観の創造などに努めつつ、都市住民の農村へのアクセス、新しい時代のグリーン・ツーリズムの道を切り拓くことに努めることである。

〔第5の課題〕

農業・農村の持つ教育力に着目し、農産物や加工食料品の販売を通し、また、都市・農村交流を通し、先人の培った知恵の蓄積、つまり、「むらのいのち」を都市に吹き込むという、都市農村交流の新しい姿を創りあげることである。

 

6.農業の6次産業化の実践事例の考察

私はかつて21世紀村づくり塾の副塾長、そして現在は都市農山漁村交流活性化機構(略称「まちむら交流きこう」─21世紀村づくり塾など3団体の統合により再出発)の理事長を務めているが、これらの役職を通じて、一貫して農業の6次産業化の必要性、重要性を説き活動してきた。その一端を紙数の制約のなかで簡単に紹介しておこう。

(1) 農村の女性たちが立ち上がる─農村女性起業の展開

私の呼びかけに先ず応えてくれたのが、農村の女性たちのグループであった。農村女性による多彩な起業活動数の推移を見ると、統計がとられ始めた1997年に4040件であったものが、2002年には7735件、2008年には9641件と、激増という表現ができるように急速な伸びを見せてきた。詳細についてはここでは省略せざるをえないが、圧倒的に多いのは農・林・畜・水産物を原料とした食品加工であり、次いで多いのが朝市や直売所あるいはネット販売などの販売活動であるが、加工と販売の結びついたものが多く、地域的には東北や九州などといった男性優位であった地域にかえって女性起業の活躍が目立つのが特徴である。要するに、女性のリーダーシップのもとに農業の6次産業化の推進が担われている。

(2) 1兆円産業となった農産物直売所

ついで、農業の6次産業化のトップランナーとして躍り出てきたのが農産物直売所で、2010年には全国で1万7000か所を超えるに至り、その売上高は2009年にはすでに1兆円を超えたものと推計されている。直売所についてはその経営主体、運営主体などは多彩であり、農業者個人や農業者グループなどによるものが82%、農協によるものが14%、第3セクターなどによるものが3%などとなっている。ついで、農産物の加工、販売を一体として行う農業経営体も2010年農業センサスでは3万4000経営体と大幅に増加し、農業の6次産業化をめざす経営体が、地域農業の活性化とその改革に取り組んでいる姿を見ることができる。

 

7. むすびと展望

私はかねてより、次の一言を胸にいだき、かつ広く農村の皆さんに説いてきた。

「多様性のなかにこそ、真に強靭な活力は育まれる。画一化のなかからは、弱体性しか生まれてこない。多様性を真に生かすのが生命力に富むネットワークである」

どうか、この路線で活動を推し進めて頂きたい。「まちむら交流きこう」では、毎年「全国農産物直売所サミット」を開催してきた。今年はすでに第11回となり、11月末に山口県萩市を会場に盛大に開催された。昨年は、東日本大震災、福島原発禍を克服し支援の輪を広げようとのねらいをもって郡山市で開催した。毎回500人をはるかに超える全国からの参加者の熱気のなかで明日への活力を養い、その運営や地域の活性化のためのエネルギーの蓄積を行ってきた。直売所も実に多様性に富むが、サミットを通じて新たなネットワークを作り上げ、明日へ向けたエネルギーの糧となることを願っている。

東京大学名誉教授 公益社団法人 JC総合研究所 特別顧問 今村 奈良臣 

以上転載終了

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2021年02月18日

農のあるまちづくり1~プロローグ

小野 淳(おの あつし)氏。1974年生まれ。

株式会社農天気 代表取締役農夫、NPO法人くにたち農園の会理事長。
東京の真ん中でコミュニティ農園【くにたち はたけんぼ】を開設。

もともとはテレビマン出身だった小野氏が、
都会での農的コミュニティづくりに可能性を見出したのはなぜか。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

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