2020年10月22日

新・兼業農家論2~有機的なつながりの中で生きる

”新・兼業農家とは?”

と問われれば、それは

農的な暮らしを真ん中において、
あらゆる活動を有機的につないでいく生き方。

農の再生を後押しする、大きな潮流になるか。

以下、転載(「ビジネスパーソンの新・兼業農家論」2020著:井本喜久)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "新・兼業農家論2~有機的なつながりの中で生きる"

posted by noublog at : 2020年10月22日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年10月20日

小規模兼業農家が考えるアフターコロナ「届ける直売所」という選択肢

今日は、コロナ禍の中で、「届ける直売所」という新しい仕事の方法を見つけ出した小規模兼業農家のお話です。

SNSからの発信で偶然展開されていくこの物語は、いつのまにか、農家自身の活力が上昇していく姿が見てとれ、今回は、様々な気づきを残しています。

全国の小規模兼業農家が元気になっていく、きっかけとなる仕組みは、こういうところから展開していくものなのではないか・・・・では。 

マイナビ農業【リンク/最終更新日2020年8月11日から

転載開始

緊急事態宣言により、主な出荷先だった直売所がまさかの休業! まさに緊急事態。そんな2020年4月の様子を振り返りつつ、筆者が新しく始めた「届ける直売所」の取り組みや、それがもたらした成果についてご紹介します。コロナの終息が見えない今、どうこの状況と付き合っていくのか──。自身も新しい農業のかたちを模索しているところです。

 

~直売所が休業するなら「届ける直売所」を 

■経営の柱だった直売所がまさかの休業

2020年4月7日15時、直売所からメールが届いた。ふだんは売り上げを知らせてくれるはずのメールのはずが、タイトルに「新型コロナウイルス緊急事態宣言による施設休業について」とあり、ドキッとした。もうすぐ緊急事態宣言が発出されるので、8日から当面1カ月のあいだの営業を見合わせる、という内容だった。ほんまに緊急事態や。小規模兼業農家の私は、収入の約6割が農業所得。さらに農業所得の詳細を書くと、7割が直売所への出荷で2割がレストラン、1割が個人のお客さんへの配達だ。コロナの影響でレストランへの売り上げは減る、もしくはなくなるだろうなと予想していたが、まさか、直売所が休業するとは思ってもいなかった。農業での収入が1割まで落ち込むかもしれない。これからどうしよう──、と、じっくり考えている暇もないので、急いで畑に向かい、出荷できそうなチューリップやキャベツやスナップエンドウを切って包み、直売所に駆け込んだのが16時30分。閉店まであと30分。お客さんはもういない。遅かった。

■SNSへの何気ない投稿で、注文が殺到

その晩、やや自暴自棄になりつつ、今の状況をSNSに投稿し、ふて寝した。ところが、翌朝SNSを開いてみると、新着メッセージがどっさり届いている。たくさんの知り合いから「そういうことなら野菜を送ってほしい」とのメッセージがあった。投稿はただの愚痴で、特に「野菜を買ってくれ」とは書いていない。その発想すらなかった。 10年以上会っていなかった高校の同級生たち数人から「いつもコメントはしていないけど、投稿を楽しみに読んでいた」と注文があったり、「お客さんに、定期的にメルマガを送っているから、そこで宣伝してみては?」というECサイトを運営している知り合いからのお誘いのメッセージもあったりして、結果的に、仙台から福岡まで、合計30件以上もの注文をいただいた。ありがたいことだ。──いま振り返れば、外出自粛でSNSを見る人も多かっただろうし、世界中が大変な状況のなか、社会貢献的にお金を使いたい、という人が多かったように思う。

■自宅に直売所の雰囲気を届けたい

さて、どんな野菜セットにしようか──。いろいろ考えたすえ、自分の野菜だけではなく、いっそのこと、直売所仲間の野菜も一緒に詰めようと決めた。直売所でよく話す仲間はもちろん、あいさつしたことがある程度でも、タケノコやシイタケ、イチゴなど、この時期に販売先を失うと辛いものをつくっている人たちにも積極的に声をかけ、直売所で販売するはずだった値段で買い取って、同梱した。旬の野菜や、タケノコ、シイタケ、クレソンなどの山のものに加えて、ブロッコリーの2番花や、白菜の菜花、チューリップの切り花や、果ては花壇苗など、通常の野菜セットではあり得ないようなものも思い切って詰め込んでみた。どんな人がつくっているかも気になるだろうから「植木屋の親方がつくった原木椎茸(しいたけ)」など、出荷者の簡単なプロフィールをつけてみた。わが町の雰囲気も伝わればいい。段ボール箱の中の雑多な様子は、私が好きな直売所の空気感。まさに「届ける直売所」。私たちが出荷を自粛しているように、お客さんたちも外出を自粛している。家に居ながらにして、直売所の雰囲気を楽しんでもらえれば、と考え、このようにした。 

こんなご時世ということもあり、全員が「届いたよ」というメッセージをくれ、野菜の写真や、花が咲いたという写真、料理の写真まで送ってくれ、とても温かい気持ちになった。なかには、カンパとして代金を多めにくれる人もいて、懐も暖かくなった。

 

~「届ける直売所」が残してくれたものとは? 

「届ける直売所」は、直売所仲間からの仕入れ分が半分くらいということもあり、それほど儲かるわけではなかったが、お金には勘定できないような財産を残してくれた。

■配達・発送のお客さんが増えた

第一に、普段の自分のスタイルでは関わることのなかった遠方のお客さんが、安くはない送料をかけてまで注文してくれるようになったこと。10人ほどが定期的に注文をくれる。遠方だけでなく、配達圏内にもお客さんが増え、直接販売の割合がぐっと増えた。

■野菜を仕入れさせてくれる農家仲間が増えた

また、配達する野菜の種類に困った時に助けてくれる地元の農家仲間ができたことも大きい。実際、コロナの影響以外にも梅雨の長雨による冠水や病気、獣害などで、かつてないほど散々な目にあっているのだが、農家仲間からの仕入れのおかげで、品数を減らすことなく、いつもどおり、野菜を届けることができている。その逆に、うちの野菜が余った時に買い取ってくれる仲間もできた。

■発送のスキルがアップ

そして、私の中で一番大きかったのは、この機会に野菜などの発送の仕方を勉強できたことだ。じつはそれまでは、配達ばかりで、発送をしたことがないズブの素人だった。どうすれば送料が安くなるか、どんな段ボールが丈夫か、野菜を傷めないように詰めるコツは……などなど、そういったことを農家仲間に教わりつつ、お客さんにも感想を聞いたり、知恵を拝借したりしながら、勉強させてもらった。

「届ける直売所」のおかげで、物理的にはソーシャルディスタンスを保ちながらも、お客さんや農家仲間との距離をぐっと縮めることができた。また、このセットを通して「いつか、畑に行ってみたい」「シイタケをつくっている親方に会ってみたい」という人もできた。まるで、その土地に行ったかのような気分になれる「届ける直売所」は、これからも続けていこうと思う。いつ収束するかもわからないコロナショックにこれからどう対応していくか──。私の場合は、これを機会に新しい栽培方法を考えるとか、新規品目に取り組むとかそういうことではなく、お客さんを精一杯楽しませ、地域の人と持ちつ持たれつの関係を強く築けばOKだと案外楽観的に考えている。なんせ、野菜を直売するなら、日本に1億3000万人もお客さんがいるのだから。

以上転載終了

 

~まとめ

今回は、コロナショックを契機に、反対に農家とお客さんとの新しい関係が築かれ、更に、お客さんの期待に応えようと、地域の農家仲間とも相互扶助の関係を構築できた事例です。

更に言うと、彼は、この状況を機会に新しい栽培方法や新規品目の開発に挑戦していこうとする逞しさもあります。

これも、直接お客さんと接する機会が増えたことによって、彼らの期待に応えることから、自身の活力に繋がっていったのでしょう。

コロナショックによって、農業にも影響があるという事がマスコミを通じて発信されていますが、こうやって、直に繋がる人と人の営みの中から、この逆境を克服し、新しい人との繋がり、仕事への新しい取組みに発展していく。「届ける直売所」は、まさに「新しい農のかたち」のきっかけとは言えないでしょうか?

では、次回もお楽しみに

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "小規模兼業農家が考えるアフターコロナ「届ける直売所」という選択肢"

posted by noublog at : 2020年10月20日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年10月15日

新・兼業農家論1~「つくる」ことしか考えられなくなった農家たち

【一億総百姓化社会のススメ~日々の暮らしの中に、『農』の時間を】
の実践へ。

まず、農家はなぜ「つくる」ことしか考えられなくなったのか?

 

以下、転載(「ビジネスパーソンの新・兼業農家論」2020著:井本喜久)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "新・兼業農家論1~「つくる」ことしか考えられなくなった農家たち"

posted by noublog at : 2020年10月15日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年10月08日

農業は脳業である14~アジアに学ぶ農業技術

たとえばベトナムの農業をみて「50年遅れている」と思ったら、
その目は節穴かもしれない、ということだ。

以下、転載(「農業は脳業である」2014著:古野隆雄)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "農業は脳業である14~アジアに学ぶ農業技術"

posted by noublog at : 2020年10月08日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年10月01日

農業は脳業である13~マニュアル化し尽せない全体性の中にこそ追求の真価がある

マニュアル化し尽せない全体性のなかにこそ、新たな農法追求の面白さ・真価がある。

 

以下、転載(「農業は脳業である」2014著:古野隆雄)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "農業は脳業である13~マニュアル化し尽せない全体性の中にこそ追求の真価がある"

posted by noublog at : 2020年10月01日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年09月29日

土地に宿る知恵や精神性を時代にふさわしい形でよみがらせる。小水力発電から始まった、岐阜県石徹白集落に暮らす270人の「持続可能な農村」へ向けた挑戦

さて、本日は、現代における、農を中心とした持続可能な村をつくり続ける人たちのお話です。

彼らは、単に作物をつくる事だけにとどまらず、省電力発電から始まり、今や衣食住の分野でも、自分たちで、自立できる社会を構築しています。

彼らのあくなき挑戦を今日は、紹介します。リンク1    リンク2

転載開始

食、エネルギー、コミュニティ、ビジネス……さまざまな人間活動において、このところ“持続可能”であることを意識する人や団体・企業が以前よりも増えてきています。“持続可能”はgreenz.jpでもよく登場するキーワードであり、読者のみなさんも一度は使ったことがあるのではないでしょうか。

でも、どういった状態になれば“持続可能”であるのか、よくわからないまま使っているという人や、今まさにその答えを模索中だ、という人も多いはず。今、日本のあちこちで試みられているさまざまな取り組みの多くは、この“持続可能”とはどういうことなのかを検証する実験とも言えるのかもしれません。

今回の記事も、その試みのひとつをご紹介するものです。舞台は、古くより信仰の対象とされてきた白山の麓にある、岐阜県郡上市の「石徹白(いとしろ)」という、人口270人の小さな集落。

標高700mにあるこの集落は、冬は豪雪に覆われ、俗世間から離れた「別天地」とも呼ばれています。そして今、易々とは暮らせないこの地で、代々暮らしをつないできた人々と協力し、エネルギーに端を発した「持続可能な農村」のあり方を模索する姿があります。

 

◆今、石徹白で起きていること 

石徹白は、日本三名山のひとつである白山への信仰が盛んだった平安時代から鎌倉時代にかけて、「上り千人、下り千人、宿に千人」と言われるほど修験者が多く出入りし、栄えたところです。明治時代まで神に仕える人が住む村として藩に属さず、年貢免除・名字帯刀が許された土地で、その影響もあって独自の文化が形成されました。

そんな石徹白についてお話をしてくれたのは、9年前に東京からはじめてこの地を訪れ、5年前に移り住んだ、現在「NPO法人地域再生機構」の副理事長を務めている平野彰秀さんです。

 

平野さんが所属する「地域再生機構」は、小水力発電や木質バイオマスの導入支援事業を中心に、農協や地域づくり協議会など、地元団体と連携しながら活動を行っています。

石徹白と聞いて「小水力発電の」と、ピンときた方も多いかもしれません。石徹白は、その豊かな水の流れを生かして早くから小水力発電事業を始めた地域として知られ、現在は計4機の水力発電機を設置。4機分合わせて、集落全体の電力使用量を補って余りある量(自給率230%)の電気を発電することが可能となっています。

2016年6月に総工費2億3,000万円をかけて新設された「石徹白番場清流発電所」は、約130世帯分の電力を発電。発電所建設のために、高齢者単身世帯も含めた集落のほぼ全戸が合計800万円を出資して、2014年、新たに集落独自の農協を設立。建設費は、農協の理事たちが保証人となって受けた銀行融資の6,000万円に補助金を加えて賄われました。

融資を受けた分は北陸電力への売電益で返済を行っていき、余った分を村の振興に活用する計画だといいます。

 

この小水力発電が呼び水となり、石徹白への訪問人口は増加。それと連動して、石徹白のあちこちで大小さまざまな取り組みが行なわれてきました。その一部を簡単にご紹介します。

 水力でつくられた電気で特産品開発

2011年、休眠していた農産物加工所に、水車でつくられた電気を送り、加工品開発に着手。石徹白の名産であるとうもろこし「あまえんぼう」の乾燥品、蜜柑や苺など、素材を活かしたドライフルーツが並びます。外部からの加工委託も受けるようになり、8月および冬季のあいだの雇用が生まれています。

訪問者にごはんを振る舞う「くくりひめカフェ

「くくりひめカフェ」は2009年より、地元の女性有志で運営しているコミュニティカフェ。地元でとれる新鮮で安全な食材をふんだんに使い、料理やスイーツを提供しています。地元の女性たちの「カフェをしたい」という思いがきっかけとなって実現。小水力発電の見学のお客さんたちにも好評です。

 集落の豊かな自然を生かした「いとしろアウトドアライフヴィレッジ

放置林を生かした自然共生型のアウトドアパーク「冒険の森」や、直火が使えるキャンプ場「ロックフィールド」など、自然と人をつなぐことを商いにする外部からの事業者も参入。森・川・山・里など集落全体でできる体験をひとくくりにして、「いとしろアウトドアライフヴィレッジ」という編集を施して発信しています。それらの体験が2日間に凝縮された「いとしろアウトドアフェスティバル」も、新たに始まりました。

そしてさらに、小水力発電とは直接のつながりはありませんが、人が増えたことによって生まれている取り組みも少しだけご紹介します。

土地のあらゆる豊かさを発信する石徹白洋品店

「石徹白洋品店」は、地域に残る伝統的な野良着を復刻し、直線断ちのみで構成されるズボンや上着を制作。先人の知恵を学びながら、この土地のあらゆる豊かさを発信しています。

より自然な方法での農産物栽培に取り組む若手農家

自然栽培で野菜を育てる「サユールイトシロ」や、化学農薬・化学肥料を使用せずにフルーツほおずきやお米を育てる「えがおの畑」など、より自然に配慮した方法で農産物栽培に取り組む若手農家が移り住み、活躍しています。

加えて近々、別の移住者によるゲストハウスもオープンする予定だそう。

このように、実にさまざまな取り組みが起こりながら、2008年から2016年の8年間で、13世帯32人の移住が実現しました。数だけ見れば少ないと思うかもしれませんが、人口270人の村で、住人の1割以上が移住世帯である状況は、奇跡と言っても過言ではありません。

現在の小学校の児童数は全体で4名ですが、小学生未満の子どもの数は11人に。見事なV字回復を成し遂げつつあります。

 

◆全てが手探りだった小水力発電 

平野さんはもともと岐阜県岐阜市の出身。石徹白に来る以前は、東京で外資系のコンサルティング会社に勤めていましたが、いつかは地元の地域づくりに関わりたいと考え、2007年当時、岐阜のまちづくり団体のメンバーとともに、郡上で田んぼや林業の手伝いを行っていたといいます。

>自然も豊かで人もいいし、食べ物もつくれるし、通っていてとてもいいところだと思っていました。しかし一方で、人が減り、田んぼや森が荒れ始めているという状況を目の当たりにしました。

また当時、『成長の限界、人類の選択』というアメリカの学者が書いた本などを読んでいて、グローバルで持続可能な社会をどうつくっていくのかを考えないといけない局面にきているということも認識していました。 

そうした認識を持ちながら石徹白に通ううちに、平野さんたちは小水力発電が農山村の復興を成す存在になりうるのではないかと考えるようになります。

もともと農山村はエネルギーや食べ物を自給していて、明治大正期には全国で水力発電が行われていたわけです。

>それが、高度成長期以降は電力会社から電気を買うようになって、薪で暖をとっていたのも石油に変わり、子どもたちは街へ出るようになって、お金も、人も、どんどん外へ出て行くようになってしまいました。

でも、もともと自給できるポテンシャルがあるので、ある程度地域内・流域内で食べ物やエネルギーを賄うことができれば、外に出ているお金を取り戻すことができるんじゃないかと思ったんです。 

さらに、グローバルの視点で持続可能な社会をどう実現するかと考えた時に、「小さく始める」ことが重要だという仮説を立てたといいます。

>国と国のエネルギー戦略という観点があって、その大きなシステムに働きかけることももちろん大切です。でも僕たちは、身近なところから、地域の人たちが自分たちで持続可能な地域をつくり、それが集まりあうことで、全体としてサステナブルな地球環境が保たれていくという物事の順番に可能性を感じています。  

そして2007年の夏、平野さんたちは「地域再生機構」の理事長である駒宮さんと出会ったことで、のちに水力発電事業の事業主体となる「やすらぎの里いとしろ」と縁がつながり、その後の半年間で3機の小水力発電機を実験的に設置。発電のポテンシャルと消費電力量の調査を開始するも「失敗だらけだった」と、当時を振り返ります。

>素人ばかりで始めたので仕方がないのですが、農業用水に設置したので、落ち葉や刈られた草が流れてきて5分で詰まってしまったり、電気を制御する方法を知らなかったので、大水がくると電圧が上がって電球が割れてしまったりしていました(笑)

そんなお粗末な状態でしたが、半年間で、農山村で自然エネルギーをつくれる可能性を感じられたのはとてもよかったです。でも、当時の地域からの目は冷ややかで、一部の人たちが「農業用水で遊んでいる」って言われていましたね。

水力発電やエネルギーなんて、頭でっかちな都会側の理屈でしかなくて、田舎の人たちからすると興味の対象は、「カフェをしたい」など他のところにあるんです。そこを一緒に考えていくことが必要だと感じていました。 

その後、水力発電の専門家もチームに加わり、2009年に設置した水車によって、「やすらぎの里いとしろ」の事務所一軒分の電気を賄うことに成功。2011年には休眠中の農産物加工所を再開させると同時に水車を設置し、加工所の電気をつくり、加工品開発も開始することができました。

そして、見学者が増えて「くくりひめカフェ」に水車見学のお客さんが増えたあたりから、「水力発電ができてよかった」という声が上がるようになり、移住者が来るようになって子どもが増えてくると、さらに地域の雰囲気が変わっていったそうです。

 

◆9年間の活動から見えてきたこと 

はじめて石徹白を訪れてから9年。平野さんは外から地域を支援する風の人から、土地に根をおろす土の人になり、地元の人たちと触れ合いながら活動する中で、何事をするにも、“この地に受け継がれてきている精神性”をベースに持つことが大事だと感じるようになったと言います。

>水力発電は、それ自体が目的ではありません。大事なのは、自分たちの手で暮らしや地域をつくるとか、地域で一つになって未来のために行動することです。

でも、それって実は新しい話でもなんでもなくて、これまでずっと続けられてきたことですよね。顔の見える関係の中で、限られた自然資源を過度に搾取することなく自然と共に暮らしていくこと、次の世代に思いを馳せること、食べ物やエネルギーがどこからやってくるのか知ることや、自分の命がどこへつながっているのかを考えること。

自然があるから自分たちの暮らしがある、そのことを日々感じているからこそ、「天気がいいですね」と声をかけると「ありがたいね」と返ってくる。感謝するという気持ちが当たり前にある。そういう精神性がベースにあるということが、これから環境や持続可能な社会を考える時に大切なのではないかと思っています。 

白山信仰が盛んな時代、登山道の整備は地元の若い衆が3、4日かけて泊りがけで行っていたといいます。時代は移ろい、一時はその共同作業がなくなって外部に委託していたこともありました。しかし20年ほど前から「石徹白一白山道清掃ボランティア」というイベントを通じて、住人と白山登山のファンの人たちが一緒に管理するという形に切り替えたそうです。

このボランティア登山も、水力発電も、石徹白で起きているおもしろい出来事はすべて、住民が協力してひとつのことを行っていた、かつての「結いの作業」と同じ。それを、“今の時代にふさわしい形”でよみがえらせているだけだと平野さんは言います。

>地域づくりなんて今に始まったことではありません。それこそ縄文の時代からずっと、自分たちの暮らしは自分たちでつくってきたんです。

大学の先生に教わって、東京で働いて、これまでいろいろな人たちからさまざまなことを学んできました。でもそれ以上に、ここに住んでいる人たちがふと口にする言葉にハッとさせられることがとても多いです。地に根ざして暮らしているからこそ出てくる言葉というか、裏付けられた感じがするんですね。

学ぶことのほうが本当に多い。自分たちがやりましたなんておこがましくて、僕たちも集落の仲間に入れてもらって、地元の人たちと一緒にやらせてもらっていて、とてもありがたいなと思っています

平野さんは印象的だったという学びのエピソードを教えてくれました。それは石徹白を見学に来た人を案内している時のこと。上在所(かみざいしょ)という神道の家に住んでいるおばあさんに“石徹白のいいところ”を尋ねました。平野さんは、「人がいい」「自然が豊か」といった返答が返ってくるのではないかと予想するも、返ってきた言葉は「信仰心が篤いところじゃね」というものだったそうです。

>びっくりしました。そんなこと、本当に思ってないと言えないですよね。それが普通に言えるってすごいことだなと。

そして、それが言えるのは、農産物にしてもエネルギーにしても、自然の恵みがあるからつくり出せるということを当たり前にわかっているからなんだろうなと思いました。そういうことを、僕たちは地元の人たちから教えてもらっています。 

こうした地域から得た学びを伝えたいと考え、平野さんは、移住した若手メンバーらと共に、「いとしろカレッジ」という新たな学びの場づくりも開始しました。

全9回のカリキュラムで、集落のフィールドワークから川づくり、自然エネルギー、森林を生業にする方法や伝統食文化についてなど、石徹白の暮らしに触れることで、これからの時代の生き方のヒントを得ることのできるような内容となっています。

最後に、平野さんの「ほしい未来」について伺ってみました。ひとしきり悩んだ後、平野さんが紡いでくれたのは「当たり前の暮らしが、当たり前に続いていく未来」という言葉。

>おじいさんやおばあさんが暮らしているのを見ると、日々の暮らしを楽しみながら、幸せに生き生きとしていらっしゃるんです。そういう暮らしを続けるのが難しい社会になってしまっているので、当たり前に続けていけるような未来にしていきたいと思います。そのためには、やらなきゃいけないことがいっぱいですね(笑) 

かつての日本には「持続可能な暮らし」があったと言われます。しかし、どの時代も、その形は一様に同じではなかったのではないでしょうか。暮らす人、暮らしている場所、標高、天候、道具などなど、諸条件が異なれば、ふさわしい暮らしの形もきっと変わるはず。

石徹白も、この土地ならではの手法として水力発電に取り組み、持続可能な暮らしの足がかりにしてきました。あなたが暮らす・関わる地域における、持続可能な暮らしとはどのようなものでしょうか? ぜひじっくりと考えて、思いついたことを小さく始めてみてください。

以上転載終了

 

◆まとめ

いまでこそ、世界的に、SDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれています。この記事は2016年の紹介でですので、彼らの活動は、開始してから既に、13年がたちます。

彼らにとっては、持続可能な世界の実践が、既に行われていたわけです。そして、彼らの話を聞くと、それは、持続可能という世界を皆が楽しみながら、次につなげていこうという事が、自然に行われているという事です。

彼らの活動のビジョンは、まさに、現代における「共同体の新しい形」であり、「農の新しいかたち」とは言えないでしょうか? では、次回もお楽しみに

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "土地に宿る知恵や精神性を時代にふさわしい形でよみがらせる。小水力発電から始まった、岐阜県石徹白集落に暮らす270人の「持続可能な農村」へ向けた挑戦"

posted by noublog at : 2020年09月29日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年09月24日

農業は脳業である12~地勢に同化した農法の追求

日本農業の根本的な問題点は、よく言われるような過度の農薬や化学肥料への依存体質にあるのではなく、国内地勢に同化した”農法の欠如”にある。

 

以下、転載(「農業は脳業である」2014著:古野隆雄)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "農業は脳業である12~地勢に同化した農法の追求"

posted by noublog at : 2020年09月24日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年09月17日

農業は脳業である11~水田は稲だけをつくるところではない

近代観念の呪縛から解放された農法の追求が、

水田の持つ多様な生産力を引き出す。

 

以下、転載(「農業は脳業である」2014著:古野隆雄)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "農業は脳業である11~水田は稲だけをつくるところではない"

posted by noublog at : 2020年09月17日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年09月15日

農福連携はここまで進んだ!成功事例と課題から見る未来

今日は、農業と福祉の連携のお話です。農業は高齢化が進み、携わる人が減少。耕作放棄地や人手不足の問題を抱えています。その中にあって、福祉との連動は、一つの解決策になる可能性を秘めています。

マイナビ農業【リンク】2020/02/03からの転載です。

転載開始

日本は、高齢化と人口減少によって農林水産業に携わる人が減少し、耕作放棄地や担い手不足の問題を抱えています。一方、福祉分野でも、障がいを持つ方々の働く機会が求められています。農福連携の動きは、こうした課題解決の有効な取り組みとして注目が集まっています。今回は、全国農福連携推進協議会 会長兼 JA共済総合研究所 主任研究員の濱田健司(はまだ・けんじ)氏に、農福連携の取組みや効果、課題について伺いました。

 

◆農業が障がい者にもたらすもの

──農福連携は、具体的にどういった取り組みなのでしょうか

狭い意味でいうと、「障がい者が農業で働くこと」です。障がい者は働くという役割を果たすことで収入を得て、農業は働く場を提供することで新たな担い手、労働者を確保できます。

日本は経済の発展にともなって分業と効率化が進み、農林水商工業が分断し、生産と消費も分断、地域コミュニティも分断されてしまいました。こうした時代の流れで分断された「農」と「福祉」を再び繋げることが農福連携だと思います。

──いつから始まったのでしょうか。

現在の、“障がい者が農業で働く”という意味での農福連携の盛り上がりでいうと、ここ数年のことです。“障がい者施設が自分たちで食材を確保する”という自給的な意味での農福連携は、昔からあったと思います。それが1970年代になると、農作業がリハビリに効果があるという概念を提唱する人が出たり、1990年代には地域間交流・レクリエーションという新たな側面が見出され、様々な団体が出来ました。しかし、個々で活動していたため、なかなか広まっていきませんでした。

一気に動いたのは、2014年に農林水産省が「農山漁村振興交付金」をつくった頃ではないでしょうか。農林水産省の交付金なので、最初は福祉系の中間支援団体や施設まで情報が届きにくかったのですが、厚生労働省が広報したことで徐々に知れ渡り、農福連携をはじめる施設が増えてきました。

同時に、私も意識啓発のために日本農業新聞などにPRしはじめました。紙面でコラムを書かせていただいたり、農福連携の事例を取材に行っていました。農業界に少しずつ認知されたことで農福連携の事例が地方紙や他の新聞で取材されるようになり、また広がっていくー。そんな良い循環で世の中に浸透してきたと思っています。

厚労省もこうした動きを促進するために、都道府県が事業所を支援するための「農福連携による障害者の就農促進プロジェクト」助成金を2016年につくりました。

──農作業には、リハビリや地域交流、レクリエーションなど様々な効果が期待されていますが、実際はいかがでしょうか。

2014年の調査で興味深いものがあります。障がい者就労施設のスタッフに、農業活動をした障がい者の変化を聞いたところ、「精神の状態がよくなった・改善した」と回答した施設が57.3%、「身体の状態がよくなった・改善した」と回答した施設は45.0%もありました。スタッフの主観ではありますが、すごい数字です。

また、「挨拶が出来るようになった」などコミュニケーションの効果もみられています。精神障がい者は、夜寝られずに昼夜逆転の生活になる方も多いのですが、農作業をすると早起きになります。しっかり体を動かすことで疲れるので、夜も眠れます。日中に活動するので他の人とのコミュニケーションも増えますし、当然の結果かもしれませんね。

◆参考にしたい!成功事例の数々

──先進的な取り組みをされている地域や施設はありますか。

素晴らしい取り組みをされている所は増えていますが、例えば福井県のNPO法人ピアファームは、耕作放棄地を再生したり、担い手がいない農家の農地を借り入れてぶどう園を作り、地域の人々や観光客向けに摘み取り体験を行っています。農産物や惣菜等を販売するスーパーマーケットがなくなったため、スーパーマーケットを引き継ぎ、地域活性に大きく貢献しています。

社会福祉法人佛子園が手掛ける石川県の「日本海倶楽部」もユニークな取組みをしています。過疎化と高齢化が進む奥能登で、地ビール工房、レストラン、牧場などを運営し、新しいリゾートエリアを造りました。障がい者はホールスタッフやビール製造、家畜の世話など、様々なかたちで活躍しています。ここまでくると、農福連携の域を越えて、ひとつのビジネスになっていますよね。

──ビジネスとして成立させやすい連携パターンはあるのでしょうか。

まず、障がい者施設がビジネスをやるというのは、民間企業のそれとは収益モデルが違います。

障がい者施設の事務経費やスタッフの賃金は、国からの補助金で負担されており、障がい者自身の賃金は、売上から経費を差し引いた額を分配します。こういう独特の環境下ですが、この「障がい者施設が農業事業に取り組む」パターンが最も馴染みやすいと思います。売上を伸ばすことで障がい者の賃金を増やし、投資することが出来るからです。

さらに、「農業法人が障がい者を雇用する」パターンもありますが、これは法人側が障がい者を理解していることが前提ですし、障がい者を雇用できるだけの事業体力が求められます。また「一部の農作業を施設に委託する」パターンは、委託する相手が、シルバー人材やパートの方から障がい者に変わるということですので、収益として大きな変化は期待しにくいです。

ただし障がい者施設にとっては農業を始めるために機械や農地や大きな投資などが必要となりませんので、取り組みやすいパターンといえます。農業生産者にとっても障がい者との接点を持つ、理解を深める良い機会となります。

◆現状の課題と見据える未来

―現状の一番の課題は何でしょうか。

障がい者が、身近で役立つ存在であると知ってもらうことです。まだまだ取り組めると思える事例の周知やモデルの構築が必要ですし、障がい者施設や障がい者に農業を教えられる技術者や人材育成も必要です。

そして、これから特に求められるのは「農」と「福祉」をマッチングする、農作業受委託をすすめる“仕掛け”と“人”だと思っています。そのためには、県や自治体が主導するのが一番良いと思います。香川県が良い例で、県が主導で中間支援団体にコーディネートを委託し、マッチングする流れが出来ています。近年、それを真似て島根県や鳥取県が続き、さらにはNHKで取り上げられたことで、兵庫県、宮城県、滋賀県なども動き出しています。これからは、都道府県で取組みに偏りが出ないよう、全国的に推進していくことが必要になるでしょう。

―今後、農福連携をどう広がっていくのでしょう。

今の農福連携は、障がい者と農業の連携に留まっていますが、「農」は農林水産業や加工、外食・販売まで広げ、「福祉」も要介護認定者や生活困窮者など幅広く考えていき、農福連携を広い意味で実現していきたいですね。また、農福連携の先には、農福商工連携や農福医(療)連携、農福教(育)連携などさまざまな連携があります。多様な人々が役割を果たすことで、多様な地域をつくっていきたいと思います。

【取材・資料協力】 全国農福祉連携推進協議会         一般社団法人 JA共済総合研究所 

以上転載終了 

◆まとめ

今回の実例は、農という活動が、まさに人が生存してくための真っすぐな活動。収穫された作物を食物として食し、体の血や肉になるという本源性を有したもの。そのあり様は、現代人の五感を生起させ、自然と一体になれる。だから現在の障がい者の心も身体も良くなっていくのでしょう。

なので、今回は農と福祉の連携のお話でしたが、今後、農は様々な分野と連携できていく可能性があるというのも全く頷けます。

何故なら、全くこれまでのやり方(自力)では、完全に解決できない福祉、医療、教育の方が、「農」が無くてはならないものになっているからです。「農業との連携」そのような時代が主流になっていくのではないでしょうか? 新しい「農」のかたちとして・・・・・では、次回もお楽しみに

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "農福連携はここまで進んだ!成功事例と課題から見る未来"

posted by noublog at : 2020年09月15日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List   

2020年09月10日

農業は脳業である10~田んぼに新たな生態系をつくりだす

無肥料・無農薬で米ができるか。

突破口は、「田んぼに新たな生態系をつくりだす」という発想。

 

以下、転載(「農業は脳業である」2014著:古野隆雄)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

続きを読む "農業は脳業である10~田んぼに新たな生態系をつくりだす"

posted by noublog at : 2020年09月10日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List