2020年01月23日

農と全人教育4~地域の自然・風景・山河を守るために

ドイツ人の意識に芽生え始めた、百姓は地域の自然・風景を守るという役割も担っている、という認識。

カネに代えられない課題を担う百姓に国民は感謝し、守り育て続けるために、彼らは野菜を買う。

 

以下、転載(農本主義が再発見されたワケ 著:宇根 豊)

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2020年01月21日

地球の循環とは何か?(1/2)

最近よく、「持続可能な循環型の社会を目指す」というスローガンを聞きます。

そもそも農業も種を撒き、葉、茎が育ち、実がなり、その実を収穫し、次の年にまた種を撒くという循環型の生業です。

そこで、今日は、少し見方を変えて、「地球の循環とは何か?」そして、現在地球上で起こっている現状の問題点。そして、その中で今後の「農」はあるべき姿を考察した論文の紹介をします。

平成28年「Seneca21st」話題75(大串 和紀)からの転載です。二回に分けて配信します。 

大串 和紀 :昭和25年(1950)、佐賀県生まれ。昭和48年(1973)、九州大学農学部農業工学科(農業土木専修)を卒業し農林水産省に入省。農林水産省、国土庁、福島県、徳島県、水資源開発公団で勤務。平成16年(2004)に農林水産省を退職。その後、(財)日本水土総合研究所、(社)農村環境整備センターを経て、平成21年(2009)から(株)竹中土木勤務。農学博士(九州大学)。技術士(農業部門、総合技術監理部門) 

転載開始【リンク

要旨

地球は137億年前に熱い火の塊として誕生した。地球が徐々に冷えてくるのに合わせて、地球の環境をより安定した平衡状態に保てるよう、大気ができ、海ができ、38億年前に生命が誕生した。地球の歴史は「分化」の歴史である。

一方、地球上で生じる自然現象や、太陽からのエネルギーを受け取って営まれる全ての営みもエントロピーの法則から逃れられることはなく、地球上のエントロピーを増大させている。しかし、現在、地球が未だエントロピーの蓄積により壊滅的な影響を受けていないのは、地球の「分化」により生じた「循環」の仕組みによりエントロピーを地球の圏外に放出できるからで、具体的には、生命の営みを通じて物質を循環させ、物エントロピーを熱エントロピーに変換し、大気の循環や水循環と相まってこれを宇宙空間に放出しているからである。

人間が持続的に地球上で存続していくためには、地球の生命と物質の循環を基本としたシステムの中に、その行動の範囲を納めなければならない。具体的には、大気圏、地圏、水圏、生物圏のそれぞれの存在と相互関係を崩さないように行動することが必要である。

 

1.はじめに

「Seneca21St」の管理者中道宏は、話題3でホーキング博士の次のような質疑を引用している。

宇宙学者ホーキング博士の東京講演における質疑:石原慎太郎『たとえ、地球が明日滅びるとも』から(産経新聞 日本よ 2007.6.4)

・質問 この宇宙全体に地球のような文明を持った星が幾つほどあるのだろうか。

→回答 200万ほど。

・質問 ならば、なぜ我々は実際にそうした星からの来訪者としての宇宙人や宇宙船を見ることがないのか。

→回答 地球のような高度の文明を造り出した星は、そのせいで循環が狂ってしまい極めて不安定な状況をきたし、宇宙全体の時間からすればほとんど瞬間の速度で自滅するからだ。

・質問 瞬間に近い時間とは、地球時間にしてどれほどのものか。

→回答 まあ、100年ほどか 。

ホーキング博士の指摘する“地球の循環の狂い”とはどういうことなのだろうか、地球の歴史とエントロピーの観点から「地球の循環」について考えてみた。

 

2.地球の成り立ちと地球のシステム

地球は46億年前に誕生したといわれている。最初は熱い火の塊で、それがだんだん冷えて大気ができ、海ができ、38億年前に生命が誕生した。その後生命は分化と進化を続け、現在に至っている。

このような地球の歴史について、地球惑星物理学者の松井孝典氏は「我関わる、ゆえに我あり…地球システム論と文明…」(集英社新書 2012年2月)1)の中で、次のように述べている。

〈地球はシステムである〉

・システムは性質の異なる複数の要素から構成され、その構成要素は結合した全体がシステムである。

・システムの特徴は、構成要素が互いに関係性を持って相互作用を及ぼしていることで、関係性は「駆動力」、すなわちエネルギーによって、物質やエネルギーが流れることで生まれる。

・地球システムの構成要素は、プラズマ圏、大気圏、海、海洋地殻、大陸地殻、上部マントル、下部マントル、外核、内核、それに地球の表層に存在している生物圏。

・地球の駆動力は、太陽からの放射エネルギーと、地球内部にある熱。

・この二つの駆動力によって、物質圏の間で物質やエネルギーの出入りが起こり、それを通じて物質圏同士の関係性が生まれる。

〈地球の歴史は「分化」の歴史である〉

・地球の歴史は、一言でいえば、「分化」の歴史。「分化」とは、均質な状態から異質なものがそれぞれに分かれていくこと。

・地球は生まれたとき、どろどろ に溶けた状態。冷却に伴って、溶けて均質に入り混じっていた状態が変化し、「分化」が始まった。

・地球が長い年月をかけて徐々に冷えてくるにしたがい、地殻、マントル、核という内部構造が形成されていき、地球の表面で大気が生まれ、生物が誕生し、大気の成分に酸素が増え、という分化の道をたどってきた。

・地球上に生物が誕生したのもこの分化の産物で、分化の結果生じたいろいろな“もの=物質圏”は、それぞれがお互いに影響を与えあいながら、それが新たな分化を生み出してきた。

・そして、「地球を構成する要素間で複雑な相互作用が働き、その相互作用によって動的な平衡状態が保たれている」。

なお、「分化」ということに関し、遺伝子・分子生物学者で「生命誌」という概念を提唱している生命誌研究館館長の中村桂子氏は、現在地球上に生息しているすべての生き物は、元をたどれば38億年前に誕生した一つの先祖細胞から分化・進化したもので、ヒトもそれらの生きものの中の一つに過ぎないという。

地球が徐々に冷えてくるのに合わせて、地球の環境をより安定した平衡状態に保てるよう、生き物も、また長い年月をかけて分化・進化してきたといえるだろう。

 

3.地球の循環とは

物理学者の槌田敦氏は、「エントロピーとエコロジー…「生命」と「生き方」を問う科学…」(ダイヤモンド社 1986年)3)の中で、以下のように述べている。

〈エントロピーとは〉

・エントロピーとは、分かりやすく言えば、「汚れ」、「汚れの量」。

・「エントロピー増大の法則」とは、「汚れ増大の法則」。

・この世界の現象はすべて、物の拡散、熱の拡散、発熱現象の組み合わせで、それぞれの現象において、エントロピー(汚れ=利用価値のないもの)が増大する。

・エントロピーには熱の形をとるもの(熱エントロピー)と物の形をとるもの(物エントロピー)があり、エントロピーは増大する。

〈地球上のエントロピー〉

・地球上で生じる自然現象や、太陽からのエネルギーを受け取って営まれる生命の営みも、この法則から逃れられることはなく、これらの現象や活動を通じて地球上のエントロピーを増大させている。つまり、地球上に多くの汚れが“熱”や“物”の形で放出されている。

・しかし、現在、地球が未だエントロピーの蓄積により壊滅的な影響を受けていないのは、地球にエントロピーを地球の圏外に放出する仕組みが存在するから。

・エントロピーを捨てる方法は、二通りしかない。物にエントロピーをくっつけて捨てるか、熱にくっつけて捨てるか。

・空気は、熱すると膨張し軽くなるという性質がある。その結果、空気の対流、つまり大気循環が発生する。空気は地表から熱を奪って、上昇し、上空で宇宙へ向けて放熱し、今度は冷たくなって重くなるから地表へ逆戻りする。そしてまた地表の熱を奪い上昇する。このようなメカニズムを通じて地球上に生じた熱エントロピーは最終的に地球から宇宙へ捨てられている。

・一方、地球には重力があるから、廃物(物エントロピー)を地球の外へ放り出すことができない。このため物のエントロピー(「汚れ」)は溜まりつづけることになる

・ここで登場するのが、生命の営みによる循環である。

・植物は太陽エネルギーと土からの養分(無機物)により有機物を生産し、成長する(当然、その過程で光合成を行い、熱を対外へ排出する)。動物は植物を餌として摂取し、自らの体を成長させるとともに、体外へ熱を放出する。動物の排泄物、植物や動物の死骸は、微生物により分解され、最終的には土の中に養分として戻るが、分解の過程で熱が発生し、これが大気の中に放出される。つまり、人工的なものが加わらない状態では、生き物に係わるすべての廃棄物は最終的に熱に変換され、その熱は大気の循環を利用して宇宙空間に捨てられることによって地球環境が保たれている。 

〈地球環境を保つために不可欠な生命と物質の循環〉

・地球上に生命の存在が保証されるのは、地球上に水循環と生物循環があるから。

・生物循環は地球上のいろいろな活動で発生する余分な物エントロピーを分解し、熱エントロピーに転換する。

・この熱エントロピーは水循環が引き受け、地球上のいろいろな活動で発生する余分の熱エントロピーを宇宙へ捨てている。

・主としてこの二つの循環の存在が、地球上の豊かな活動を持続させている。

〈循環に必要な生物多様性〉

・生物は、単独の種類だけでは生存できない。生物は必ず資源(他の生き物やその廃物等)を取り入れ、廃物と廃熱を捨てることによって生存しているが、単独の種類だけでは、資源が枯渇するか、もしくは廃物または廃熱の汚染を招き、滅びてしまう

・この場合、生物循環ということが大切。

Aという生物の廃物は、Bという生物の資源であって、

そのBの廃物がCの資源となるように循環することによって、A、B、C……という生物種は共生できる。

・ところで、この生物循環も活動、変化だから、もちろんエントロピーを発生する。そのエントロピーは、廃熱または廃物(水蒸気)の形で地表に捨てられる。

このように、地球上での様々な活動から生じるエントロピーを地球外(宇宙)へ放出するために、種々の形をとるエントロピーを最終的に熱に変え、更に宇宙に近いところまで運ぶ仕組みとして生まれたのが「循環」という仕組みであるという。

この「循環」を主として担うのが生き物で、生き物はその誕生から死までの活動の中で、様々な「物質」を体内に取り組み、また、他の生物に提供している。そして多様な生物の相互に関わりを持った作用により「物質」が循環し、エントロピーを熱の形に変え、大気や水の循環とも相まって地球上のエントロピーを地球外へ放出し、地球の営みを安定化させる仕組みを構築している。

地球は冷却と分化の過程で、物質圏の間で物質やエネルギーの出入をうまく行わせ、エントロピーを増大させない仕組みを作り上げてきたのだといえよう。

元々一つの起源から発生した生命が38億年の時間をかけ現在の生物多様性を生み出した理由も、この原理を理解することで納得できるだろう。

次回に続く

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2020年01月16日

農と全人教育3~田植え体験の意味

土づくり、田植え、稲刈り。。。これらの体験を通じて、子どもたちが体感する豊かな世界。

それを一過性の「体験」とせず彼らのこれからの「土台」としていく。

そのために農業従事者、周りの大人たちは、どんな言葉を投げ掛けていくか。

 

以下、転載(農本主義が再発見されたワケ 著:宇根 豊)

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2020年01月09日

農と全人教育2~農業は、資本主義とは相容れない

農業は、資本主義とは相容れない。

この認識は、日本人が失ってきた自然観、仕事観を取り戻すきっかけになる。

 

以下、転載(農本主義が再発見されたワケ 著:宇根 豊)

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2020年01月07日

人と里山2/2

前回からの続きです。

里山では、人が生きていく糧を農業にゆだねます。作物を作るために大地を改良し、水を引き、作物の成長を促進する環境を形成するのです。

では、里山を現在から過去を振り返ると・・・・そこには、人が今後生き延びていく非常に重要なヒントが隠されています。

Seneca21st 【リンクからの転載です。

転載開始

(4)人による里山管理と生物多様性

「里山を人が管理しなくなれば里山は本当の自然に戻れるのでないですか」と言う若者が多い。しかし、自分の居住空間を作るためにこれまで相互に支え合う関係がある生物多様性がうまく成立してきた大自然を犠牲にして人が人工的自然である都市、里山等を創ったことを忘れてはならない。元々個体数が多くなったヒトが自然を大胆に破壊してそこに居住するようになり、そこにオフィス街、住居、公園、道路、農地等の生活的空間、さらに植林等人為的な処理を行って里山をつくった。限られた面積の人工的自然である里山は人に管理されることによって最低限の生物多様性が維持されてきたのだ。

生物は自然状態では早期に優占種が発生してくる。 

例えば、人が頻繁に管理している水田畦畔と余り管理しない河川敷とでは植物相が全く異なる。畦畔ではイネ科雑草とクロバー類、ヨモギなど広葉雑草も混在した生物多様性に富んだ場所になり、河川敷はクズなどの広葉雑草やススキなど大型の少数の植物種が優占する。では、なぜ人が管理することによって植物相が変化するのだろうか?

それは人が雑草を刈り払いすることによって、地上に落下または数年前から発芽するチャンスがなく埋没した種子などが雑草刈り払いを行うことによって、刈り払われた植物体や地上に散布されたあるいは土中に少し埋没した種子たちが同時に太陽の恩恵を平等に得ることができ、一斉の芽生えが可能になるからだ。一方、人に管理されない場所はどうだろう。そこはクズ、ススキ、セイタカアワダチソウなど大型植物中心の少数種の優占種がはびこり、その大型植物の優先した発育により日陰になった種子達が発芽不良または成育不良になって死滅する。また、荒れた雑木林や植林を間伐等により適正管理すると、そこには今までそこに見かけなかった多種多様な植物が発生する。中には絶滅したと思われていた希少植物が突如再生する場合がある。これは暗闇で長年埋没していた種子が日光を浴びて息を吹き返したためだ。

このように、もともと人工的自然である里山は、人が管理しなくなるとそれまで支え合う関係を築き上げてきた生物多様性が一気に崩壊してしまう。ぼくたちはこのことを念頭に置いて、先祖代々から受け継がれてきた人工的自然である里山を維持管理していかなければならない。種ヒトの延命のために。

 

(5)人と里山の付き合い方

琵琶湖の周辺には森林が取り巻いている。山麓には里山が広がり、琵琶湖を周辺の里山で淡海(おうみ)文化が生まれ、育まれた。

里山は人の匂いがする場所、奥山は人の匂いが余りしない場所と言ってよい。 

昔、人は生活のため人家に近い里山の木々を利用してきた。集落周辺と隣接する林を切り倒し、畑や田んぼを造った。効率的に利用しやすいようにクヌギ、コナラなどドングリの木を中心とした薪炭林(雑木林)を特別に造成した。人々は雑木林の伐採枝をエネルギー源として薪や炭として利用し、食糧生産として椎茸の原木として利用した。さらにその落ち葉は堆肥として利用した。

間伐など、人が管理することによって雑木林内は明るくなる。人が間伐管理を行えば林内の地表に光が当たり、そこには土中で眠っていた様々な埋没種子が目覚めて多種多様な植物が生える。そうなれば、そこに多種多様な植物を利用する多くの昆虫や動物たちが集まる。このように人が管理された雑木林には、多様な生き物が集まり、人を含めて昼も夜も生き物たちの交流で活気づく。

1960年代以降、科学技術が急速に進歩し、エネルギー源が薪や炭の木質バイオマスから石油、電気、ガスなど化石燃料に切り替えられ、雑木林の利活用は著しく減少した。雑木林の手入れが行き届かず、雑木林の多くは徐々に鬱蒼とした生きものたちの交流が少ない元気のない林になった。

また、当時、国の経済施策でもあった拡大造林事業により木材生産としての林業が盛んとなり、スギやヒノキの経済針葉樹の大々的な植林事業が実施されるようになった。

多種多様な樹木が生えていた豊かな森の多くは単一なスギやヒノキの人工林に一変した。

しかしながら、現在ではせっかく植えられた人工林も、安価な輸入材木の影響で、日本のスギやヒノキ材の経済的価値は下がり、先々代、先代から管理され受け継がれた多くの植林地の多くは管理されなくなってしまった。間伐や枝打ち管理がされていないスギやヒノキの人工林内では、密植されたままで枝打ちもしていないため樹木の天空近くで枝が交差して地表への光を遮断し、その影響でその林内はシダ植物が生える程度の単一な植物相となり、大昔からその地の森林で多種多様な樹木や草花をうまく利用してきた昆虫たちや動物たちの種類や数は著しく減少していった。さらに一定期間管理していないスギやヒノキの材木は、木の太りが不十分になったり、曲がったり、枝打ちをしないと節などが多く入ったものになり、木材としての商品価値も著しく下がってしまっている状態にある。材木価格の低下とそのことも加わり、人々は人工林を管理しなくなるという悪循環がある。

このように、里山の雑木林や植林地では、日本の高度経済成長による人の生活様式の変化や国際経済の影響によって放任状態になり、人の匂いが徐々に薄れていった。

農地も同様な高度経済成長の影響を受ける。

農業地域の若者は都会へ出たり、農業以外の就職をし、後継者がいなくなって耕作放棄地が増大した。農業機械などの農業技術が発展し、農作業時間が短縮され、ほとんど農地にでなくても日曜日百姓で農業ができる時代になった。このように集落、農地ともに人の匂いが薄くなった。

里山は、このように人によって管理されなくなり、まさに今、崩壊しようとしている。

ところで奥山はどうだろう。近江の奥山でも植林などの開発の手が入っていない場所は少なく、滋賀県でも原生林と呼ばれる森は非常に少なくなった。

しかし、滋賀県北西部、朽木の奥山には、樹齢250~350年のブナ、ミズナラ、トチノキなどの原生林、鈴鹿山麓のブナの原生林、そして木之本町の横山岳のブナの原生林では太古の奥山の姿が残っている。

映像でみる原生林も美しいが、現実はそこは昼なお暗く、花も少なく、湿度が高く、森林内は鬱蒼としており、ヤブ蚊、ブユなど衛生害虫やヤマビルが多く、エアコンの生活に慣れてしまった人々にとっては好ましい環境とは言えない。現実的には奥山を好む人は少ないであろう。

人が快適に生活できる場所は奥山ではなく管理された里山である。里山とは人が管理することによって初めて人が心地よく思う不思議な人工的自然空間である。しかし、管理しすぎると自然破壊につながり、それは、将来、人に必ず自然からのしっぺ返しが来る。

里山は、人が管理しすぎても、管理しなくても生物多様性が維持できない不思議な空間である。

その中間、いかに自然をうまく残し、壊しながら人が快適だと思う人工的自然環境「里山」を維持管理して人と自然との共生を図っていくか、そのバランスが難しいと京都大学名誉教授、滋賀県立大学名誉学長の日高敏隆先生はいう。

人、ぼくたち子孫が快適に地球上に長く生き延びるためのその答えは昔の里山構造から学ぶことができる。昔の里山構造には人と自然とがうまく付き合っていくためのロジックが隠されており、昔の里山構造は、個体数が増えすぎた人と自然との正しい付き合い方をぼくたちに教えてくれる。

以上転載終了

◆まとめ

人は、生きていくために本来農地を耕し、里山という環境を形成してきた。そこでは、自然をうまく残し、壊しながら、自然と共生を図っていく姿があった。

やりすぎず、やらなすぎず・・・本来、人は自然の一部であり、絶妙のバランスの上に自然環境に同化するという非常に長けた生き方が、真価である。といっても良いのではないか?

そして、この世界を成立させる人の意識は、日ごろから「自然への感謝と畏怖を忘れない」ということに繋がるのではないか?

新しい「農」のかたち;どのような かたち であれ、まずは、この意識を持ち続けていくことが、極めて大切であると憶う。

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2020年01月02日

人と里山1/2

明けましておめでとうございます。本日は、新年ということで、少し長くなりますが、里山についてクローズします。
※里山(さとやま)とは、集落、人里に隣接した結果、人間の影響を受けた生態系が存在する山をいう。
里山では、人が生きていく糧を農業にゆだねます。作物を作るために大地を改良し、水を引き、作物の成長を促進する環境を形成するのです。
では、里山を現在から過去を振り返ると・・・・そこには、人が今後生き延びていくための非常に重要な糸口が隠されています。都合二回に分けて、配信します。

Seneca21st【リンク】  からの転載です。では・・・

転載開始

 
(1)里山の崩壊と環境保全
いったい「里山」って何なのだろう。
辞書を紐解くと、里山は「人里近くにある生活に結びついた山」すなわち「山」、山里は「山間の集落や家屋」すなわち「里」を意味する。しかし、現在の「里山」の意味は、山、田んぼや畑などの農地、集落など、「山」と「里」を含んだもっと広い範囲のものになっているのではないだろうか。里山という言葉の広義解釈には滋賀県大津市在住、昆虫写真家の今森光彦氏の滋賀県での里山撮影活動の影響が大きい。
よく見る里山の写真集などの映像の中には「棚田」の風景がある。

 
映像で見る「棚田」の風景は確かに美しい。

 
しかしそれは、そこで生活している人々にとってはよい印象はない。棚田での農業は非効率的で、手間がかかるし、儲からない。地域の人々は先祖代々からの棚田の農地を維持管理して生活することだけで精一杯で棚田を美しいなどと思う余裕すらないのである。集落の多くの若者は生まれ故郷の棚田のある里山生活を捨て、都会へと働きに出てしまう。また、棚田がある集落へ嫁ぎたいという女性も少ないのも事実である。このような社会的背景を受けて全国の棚田は徐々に耕作放棄地へと変化しつつある。
「棚田」が美しいと感じる人は、残念ながら実際にそこで生活していない都会の人が多く、主人公とそれを取り巻くエキストラの間には大きな考えの隔たりがあるのだ。
しかし、今、エキストラたちが起こした里山ブームが新しい農業改革を起こそうとしている。消費者からより安全、安心な農産物生産が求められ、全国の里山の「棚田」などで子供達や消費者による「田んぼの生きもの調査」が実施されるようになり、農地とその周辺の環境保全の大切さが全国規模で浮き彫りになってきた。すなわち、農地やその周辺の環境保全的維持管理は農業だけの単一の問題ではなく、もっと広い問題として捉えられるようになったのである。
そういう国民の意識変革を受け、政府は平成19年から始まった経営所得安定対策の中の農業施策で「農地・水・環境保全向上対策」という新しい農業環境対策施策の柱を打ち出した。この施策は、従来のような直接的な農業生産に対して支援するのではなく、水路の管理や景観形成、田んぼや水路などその周辺の生物多様性を守るための維持活動や省農薬・省化学肥料栽培を行う環境対策など、地域ぐるみでの間接的な農地保持、農地周辺の環境改善を含め、安全、安心な農作物生産に対して支援を行おうというものである。

 
 時代は大きく変わった!

 
ここで触れておかなければならいことは、環境への配慮への農業施策を打ち出したパイオニア的地方自治体は滋賀県、琵琶湖を抱える滋賀県、近江の国であるということである。滋賀県は平成13年から環境こだわり農産物認定制度を策定し、平成15年には環境こだわり条例の制定、平成16年からは環境こだわり栽培農家への直接支払い(交付金)制度を設定した。環境こだわり農産物の認定は、国よりも早く省農薬、省化学肥料栽培の他、琵琶湖周辺環境配慮への取り組みも義務づけるという本県の独自措置の農業施策を実施してきた。平成21年度の環境こだわり農産物の栽培面積は12、000ha、全国トップの取り組み面積である。これら環境こだわり農業の推進は琵琶湖を中心とした淡海(おうみ)文化を育んできた滋賀県だからこそ全国のトップバッターとしてなし得た偉業ではないだろうか。

(2)日本の高度経済成長と生活様式の変化
終戦後、とにかく日本人は目先の利益を求めた。 人々は蟻のごとく必死に働いた。
その甲斐あって、日本は1960年代に入り高度経済成長期に突入できた。日本人の生活は短期間でとても豊かになった。食糧も豊富になり、食糧不足で餓死する人もほとんどいなくなった。また、科学技術が進歩して効率化が進み、人々は汗水を流して働く機会や時間は極端に短くなった。ぼくたちの生活様式も大きく変わった!
さらに1985~89年にかけて土地と株の異常高騰が発生し、日本の経済バブルが絶頂期に入る。人々は更なる経営向上のため、目先の利益を重視せざるを得ず、自然環境破壊など考える余裕すらなかったのである。
1990年代に入り、そのバブル経済が崩壊した。
最初のしわ寄せは一握りの企業や資産家だけであったが、景気は回復せず、バブル崩壊が他人ごとであった一般の企業、多くの一般国民にまで徐々に波及していった。さらに不景気が続き、人々はようやくバブル崩壊の意味を、身をもって感じてきた。全国的に企業倒産、リストラが頻繁に起こるようになり、人々は高度経済成長期のころの阿波踊り様の裕福な生活から苦しい生活へ突き落とされた。
そのころ、人々はようやく地球温暖化現象による異変、里山、奥山の取り巻く環境と生き物の変化に気づき始めた。
バブル絶頂期、山林を伐採してそこに農薬漬けで単一の芝が張られているゴルフ場が大自然だと勘違いして会員制のゴルフ場でプレーしていた金持ちのゴルファーたちは、ゴルフ場開発が自然破壊の産物だと少しずつ気が付き始め、少し罪悪感を感じながらプレーするようになった。
また、近年、マツ枯れやナラ枯れ現象にびっくりしたり、サル、シカ、イノシシなどの野生動物が森から里へ頻繁に下りてくるようになり、人々は高度経済成長期の副産物として森が悲鳴を上げていることにようやく気づき始めたのである。

 
(3)森の生物多様性とホモ・サピエンスの誕生
生物種の多様化に拍車をかけることができたのは、現在からおよそ1億4千万年前、白亜紀初期に被子植物が出現したことから始まる。花弁を持つことが許された被子植物の出現により、植物や動物はそれ自身の種の急速的な多様化が始まった。そして、森では太古から生と死の循環が繰り返され、森と水の秩序がうまく保たれ、豊かな自然を基にして、それぞれの種が支え合って長年かけてかけ森の生物多様性に満ちた生態系が築き上げられてきた。その地球上の生物多様性が実現できたお陰でぼくたちヒト、ホモ・サピエンス、ぼくたち人は20万年前に誕生した。
豊かな森は人々へ真の意味の恩恵を与える。ユーラシア大陸では古代文明が豊かな森で生まれ、それをつなぐ文明の回廊があった。古代文明と豊かな森には密接な関係があるのだ。文明回廊は温帯の広葉樹の森でつながっており、そこには多様な生物が生息し、豊かな森には自然の浄化能力、回復力、治癒力があった。ぼくたち人類は、これら森の恩恵を受けながら森にとけ込んで1種の動物として生息してきた。やがて、人は森にとけ込む以上に個体数を増加させ、今のサル、シカなどの野生動物のように平地に移動し、それからも大規模な森林伐採を続けた。
島国である日本でも人口が激増し、人が利用するための空間として里山を形成した。原始の森では動植物の間には途方もない年月をかけて複雑な多種多様な共生関係が築き上げてきたが、人が自然を開拓して創り上げた人工的自然である里山では、人が管理することによって初めてその地域の生物多様性の共生関係が維持できるのだ。
日本の経済成長期が始まって以後、人の生活様式が変わって里山の雑木林、人工林、農作物などの経済的価値が低下した。次第に人々と里山との関わりが薄れ、人は里山を管理しなくなった。今、全国で昔の里山構造が崩壊しつつある。
次回に続く。

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2020年01月01日

農と全人教育1~エディブル・スクールヤード

新年、明けましておめでとうございます。

本年も、さまざまな切り口から、「農」の可能性を追求していきます。

 

…「農」が持つ多様な可能性が顕在化してきている一方、例えば担い手不足の問題はますます厳しくなっている。

一産業の再生という枠や、生産者・消費者という立場の違いを越え、より広い視座から直視していくことが、農の再生につながる。

農を通じての学びが、次代の農をつくる。その意味で教育の現場にも、かかる期待は大きい。

 

以下、『食べられる校庭?!「エディブル・スクールヤード」って何?』より引用

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2019年12月26日

土の探求16~環境保全型農業の三原則

土壌の健康を中心に据えた農業革命⇒環境保全型農業。

この農業体系を構成する三つの原理は、いずれも慣行農法の知識を覆す。

そして重要なのは、実現のためには三つの原理を全て採用すること。

 

以下、転載(土・牛・微生物 著:デイビット・モントゴメリー)

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2019年12月19日

土の探求15~土が文明を左右する

数々の文明興亡史は、土を酷使してきた歴史。

数千年に渡り、私たちは土を酷使し、それを省みることなく生活してきた。

今起きている土壌浸食と土壌肥沃度の低下という双子の問題は、その必然といえる。

 

以下、転載(土・牛・微生物 著:デイビット・モントゴメリー)

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2019年12月17日

生態系の”あいだ”を回復・構築する「協生農法」とは? 2/2

前回からの続きです。

近代農業の究極の形になっていく可能性を秘めていますが、今回は、この近代農業の全く反対を行く農業のお話です。

その名も「協生農法」です。この試みは、スマート農法とは悉く逆ベクトルに存在する農法。

◆生態系の複雑さを単純化しすぎてしまった現代の農業 

数十億年かけて発展してきた土壌や密接に関連し相互依存している生物たちのネットワークはとても複雑なものだ。そして、人類はその自然界の複雑な仕組みから様々な恩恵を受けながら生きてきた(”生態系サービス”とも呼ばれる)。

だが、食料の確保のため人間が注目したのは、必要とする植物を単体で効率よく育てる技術だった。これを生理的最適化という。

生産性だけに焦点を当てて耕作を行い、農業が大規模・単一作物に傾倒していくことで、多くの土地が開拓され、そこにあった生態系が切り開かれていった。たとえ経営や水の問題で耕作が打ち切られても、元々存在していた生態系が破壊されているために、そこの生態系は回復・再生できない。その結果、砂漠化は進み、生物多様性は低下していく。

近代農業という概念とその技術は、人間至上の規模と効率を追求する中で、その仕組みを過度に単純化し、その複雑性をあまりに軽視してきたのかもしれない、と福田氏は語る。

前回はここまでです。

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それでは、転載開始します。【リンク

◆生態系の「あいだ」を回復する協生農法 

では、どうすれば生態系の複雑さと向き合い、なおかつ効率よく食料を生産できるのだろうか。そのヒントになるのが、今回のテーマでもある協生農法だ。

協生農法は、長い地球の歴史のなかで起きてきたような、自然界のプロセスとその中で生まれた生態系の基盤となる要素を科学的に解析し、再現することからはじまる。

子ども達へのワークショップでもあったように、まずは宇宙からの光があり、水が生まれ、そこに酸素が加わる。陸地の土壌にはまず赤土が生成され、そこにコケ、そしてシダが繁茂する。それから木を分解する菌によってできた腐葉土、それによって形成された黒土の層、そしてやっとその上に草が生える・・・といった具合だ。

また、植物が育つ上で必須となる窒素、リン酸、カリウムの三要素が勝手に循環するシステムを創り出せば肥料や農薬を使う必要がなくなる。そのために、協生農法の実験ではまず果樹を植える。これは、菌の合成や土の湿度保全機能に加えて、やってくる鳥の糞から土のリン酸が補われるという効果があるからだ。葉っぱにはカリウムが豊富に含まれているため、落葉樹だとなお好ましい。

他にも、複数の植物を混植することで害虫を防いだりする効果も研究中で、コンピューターシミュレーションを用いて新たな組み合わせが分析されている。

このように、自然界の要素一つ一つの機能や相互関係を生態学的に精査し、従来の農業の営みによって抜けてしまっていた「あいだ」を人工的に創り出し、植物単体ではなく群としての生態を最適化してのが協生農法だ。基盤は人の手によってつくるものの、そのあとは自然と循環していくことからも、福田さんはこれを農法というよりも「生態系回復技術」と表現した方が適切なのではないかと考えているという。

◆宇宙戦艦ヤマトの真っ赤な地球が原点 

最後に福田さんは自分の活動の原点について話をしてくれた。

それは子どもの頃、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」に出てくる真っ赤な地球を見たときだった。初めて地球滅亡について考えたという。それ以来、「地球を破滅から救う」という壮大なミッションにどこか惹かれていた福田さんは、よく「僕のヤマトは今どこを飛んでいるのでしょうか!」と言って先輩に鬱陶しがられたそうだ(会場笑)。

そうした中で、出会ったのが協生農法だった。

協生農法は、多様な植物を複雑に混植するため、今まで地球上に存在しなかった組み合わせが起き、新たな生態系が生まれる可能性もある。そのため、協生農法はしばしば「拡張生態系」と呼ばれることもあるそうだ。一方では、生態系に手を入れる行為であるこの手法が現在の環境にとって「破壊的」であるという意見もあるし、協生農法自体、生態系や生産性にとって良いことか、新たな生態系が生まれるかどうかもまだ明確にはわからないそうだ。

まさに地球と人類の未来の転換点に挑戦しようとする活動といっても過言ではない。福田さんの優しく静かな言葉の節々に感じる力強さの奥には、きっと幼少期の原風景が残り続けているのだろう。 

◆編集後記:わからないものをそのまま受け入れ、自然の流れに身をまかせる生き方 

そもそも、農業の世界は不確定要素が多い。土の中など私たちの目に見えない環境や自然災害といった制御不能の現象にその営みが大きく左右されるからだ。それは、今も昔も変わらないだろう。

だが、有史以来、1万年以上に渡る人類の農業の歴史が、いかに自然を制御しコントロールできるかと対峙してきたものとするならば、これからの時代の農業は、人間と自然の関係性を再考し、従来の農法が前提としてしまっていた生産性と環境破壊のトレードオフを乗り越えていく必要があるだろう。 

福田さんは、協生農法を実践する中で感じている大切な態度として、「複雑なものを全てわかろうとしない」ことだと語っていた。

ある程度は再現性をサイエンスしつつも、最後は自然の営みに委ねていく協生農法の実践は、結果としてできたものを頂く・楽しむという、「食べる」における大きなマインドセットチェンジを伴っているように感じた。

だとすれば、これは何も農業に関わる人たちだけの話ではない。八百屋さんには行ってみなければ何が置いてあるかわからないが、スーパーに行けばいつでもどんな野菜でも置いてある。そんな暮らしの身近なところに、このテーマはきっとつながっているのかもしれない。

以上転載終了

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◆まとめ

これまで、無農薬や有機栽培といった農法をいくつか紹介してきましたが、今回、協生農業という農法に接し、農業に対する根本的なあり方を考えさせられた。

近代農法は、そもそも自然の一部である野菜や果物を完全にコントロールし、まずは、生産性と効率性といった軸を第一義に掲げる西洋型の農法の枠を出ない。スマート農法もその延長線上にあることは明確だ。

それに対して、今回紹介した「協生農法」は、長い地球の歴史のなかで起きてきたような、自然界のプロセスとその中で生まれた生態系の基盤となる要素を科学的に解析し、再現することからはじまる。

なので、自然を素直に取り入れ、自然との共生を第一義としてきた私達日本人の先人たちの生き方に通じる農法であろう。

この農法によって、自然と人が、お互いに適応という本源的な進化の延長戦に存在しながら、豊かに生き続けていける地球本来の姿に直結していることは確かであろう。

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