2019年08月16日

江戸時代の農民が「教育熱心」だった理由 ~そして教育ママが誕生した経緯

皆さん。お盆休みは、田舎に帰られたのでしょうか?お盆は夏季 に行われる日本の祖先の霊を祀る一連の行事。

そこで、今回は私たちの先祖、先祖といっても、江戸時代~明治時代までの農家についてお話をしてみようと思います。当時の農家と教育についてです。更に、各時代における女性の教育へのかかわり方や「教育ママ」の登場してきた経緯を明らかにしていきたいと思います。

PRESIDENT ONLINE【リンク】からの転載です。

江戸時代の農村は日本史上、もっとも子育てしやすい環境だったというが「勉強しなさい!」と活を入れる教育ママはいたのだろうか? 子育ての歴史研究者が意外な事実を明かしていきましょう。

太田素子:和光大学 現代人間学部 心理教育学科 教授  1948年、東京都生まれ。75年お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。湘北短期大学、埼玉県立大学教授などを歴任し、現職。2008年『子宝と子返し-近世農村の家族生活と子育て』で第6回角川財団学芸賞受賞。

転載開始

 

◆子供を「大人4人」が教育し世話をした

「教育ママ」を定義するのは難しいですが、1つには「近代化の産物」といえるでしょう。身分制度が揺らいで流動性が高まり、多くの人が、社会的な地位を上げることが可能になった。競争社会に参入する人が増え、勉強すれば勉強するほど、カネや権力を手に入れられると考えることのできる時代が来たのが近代という時代です。

さらに、働き方という観点もあります。明治時代になると、人々が都市に集住し、父親が企業や役所に働きに出るかたわら、母親が専業主婦として家事・子育てを一手に引き受けるようになった。そうして「ワンオペ母親」が誕生し、子供を厳しく教育し、躾を行う「教育ママ」が広まっていったといえるのです。

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それでは、江戸時代の人々は、近代以降に比べて教育を疎かにしていたのでしょうか。また「教育ママ」はいなかったのでしょうか。そうではありません。教育そのものの目的が違っていたというのが正しいでしょう。

周知の通り、江戸時代は身分・階級が固定化されていました。ただ、一定の幅の中では能力のあるものが出世し、下級士官がより高い地位の官吏になったり、学者として取り立てられたりすることもありました。ですので、武士の家では、わが子の成功を願って、論語だったり剣術だったりの教育に熱心になる親がいましたし、「教育ママ」もいたかもしれません。

しかし、基本的には、特に農村では「親の家業を継ぐ」ことが当たり前であり、そのための教育がされていたのです。

平和が長く続いた江戸時代の農村は、日本の歴史上でも例外的といってもいいくらい、子育てがしやすい環境にありました。どこの家庭も子供は1~2人で、息子が結婚して嫁を迎え、家に残る直系家族が多かった。娘はよその家へ嫁に行く。家族の形態としては、(長寿に恵まれた家では)祖母と祖父、父と母、子供が2人、という形が一般的になります。つまり、5~6人の家族だと、子供を見るための大人たちが4人いることになります。教育の手綱の引き具合に余裕があったんです。

さらに、当時は村落という共同体が一体になって、子供を育てていた。もちろん、村落の中で監視されるような息苦しさもあったでしょう。しかし、子供をしっかり育てないと、という規制力が働くという利点もありました。

 

◆村に逗留した儒学者や算法法師、修験者に教えを請うた

では、農村の教育で、「教育ママ」はいたのか。はっきりいうと難しかったでしょう。理由としては、女性の結婚・初産の年齢の平均が、20~23歳前後だったことが挙げられます。対して、夫のほうは30歳前後から30代半ばが平均。現在の年齢の感覚と比べることは難しいとはいえ、20歳のいわば少女である未成熟な母親が口を出すことは難しかったでしょう。

ですので、より主体的に教育にかかわったと考えられるのは、直系家族でいう祖母のほう。自分自身の子育てが終わり分別もついた、教育ママならぬ「教育ババ」が誕生していた、と考えることができます。「教育ババ」といっても、50歳くらいの年。現在の感覚だと十分子育て世代です。

さて、農村で行われる「教育」とはどのようなものだったのか。江戸初期では、基本的には家業についての教育です。農家であれば田植えの仕方や畑の耕し方、山に入って薪を集める仕事を教える。漁村であれば、船の扱いや釣りの仕方、波の読み方を教えるということが主でした。農村の仕事は重労働ですので、中心を担うのは男で、男親から息子への教育が基本。女性は、田畑で働く男たちに弁当を持っていくなど、支える側の仕事が多かったと考えられます。

この時代の教育は競争に勝つというよりは、1つの家内で行われる伝承が中心だったのです。

とはいえ、外からの知識を手に入れる教育の機会もありました。代表的なものは、寺院です。和尚が、教訓話や生活の知恵などを教えていた。また、武士や商人ほど頻繁ではありませんが、寺子屋や手習い塾に通う子供もいました。

ほかにも、儒学者や、和算を教える算法法師、修験者などの知識人が移動中に村に逗留することがあり、彼らを宿泊させる代わりに、教えを請うこともありました。

江戸時代には本屋が各地を回って本の商いを行っていました。

 

◆明治時代以降になると「教育ママ」が誕生

江戸中期になると、農村でも教育熱は高まります。農業について記された「農書」が広く出回るようになります。効率的な農法を勉強すれば、収穫も増える。蚕や煙草など商品作物を育てれば現金収入が得られる。努力による格差が生まれはじめました。

また、農村でも積極的に商取引が行われるようになり、なかには高利貸しを行ったりするような、豪農と呼ばれる農家が増えていった。すると近辺の農家とのネットワークが生まれたのです。村落の豪農の間で婚姻が交わされるようになり、通婚圏が広がりました。富裕な階層では子供も増えていくので、婿や嫁の面倒も多くなります。「あの豪農の家に婿に行くなら」「嫁に行くなら」最低限の知識は必要だ――と、教育熱は高まった。主に文化・文政期以降(1800年代前半)の話です。当然、豪農になれば取引のため数字に強くないといけませんし、書物を読む教養も必要になりました。

ただ、上昇志向に支えられた、競争社会はまだごく一部の人のものです。

しかし、明治に入り、都市化が進むと、ホワイトカラーから都市の新興住宅に暮らすようになり、核家族化が進みました。前述したように、夫が外に働きに行くようになり、子供の教育の担い手は専業主婦となった母親1人に集中しました。また、勉強すれば出世できる社会になるとともに、良き妻・母たれという「良妻賢母」教育が広まり、都市に女学校や高等女学校が開校しました。こうして、エリートを育てる「教育ママ」が生まれたのです。

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しかしながら、現在、この30年ほどで、日本に大きな変化が起こっています。共働き世帯が当たり前になり、90年代初頭には専業主婦世帯の数を超えました。少子化が進み、性別役割分業をする必要性も減ってきました。もはや女性だけが子育て・教育にかかわる時代ではありません。さらに、経済が発展したことで、エリートを目指さなくても食べていける社会となりました。「教育ママ」が滅びたわけではありませんが、多様な生き方を選ぶことが可能な社会になったといえるでしょう。

以上転載終了

 

◆まとめ

「江戸時代の農村は、日本の歴史上でも例外的といってもいいくらい、子育てがしやすい環境である」という中身は、この時代の流れを見るとあきらかでしょう。

江戸時代の農村では、村落共同体と仕事と教育が一体となった環境を形成していました。それも教育の中味は、将来自分が生きていくための実践。そこで子供は、生きていく術を生き生きと学んでいったと言えるでしょう。

そして、その学びから農業技術の追求への結果が効率的な農法の獲得や蚕・煙草など商品作物の開発などに繋がっていきました。

※こうしてみると「教育ママ」は、時代が生み出した鬼っ子のような存在なのかもしれません。

いずれにしても、村落共同体と仕事と教育が一体となった環境は子供たちにとって活力が生まれる土台になっていたといえるでしょう。では次回もお楽しみに。

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2019年08月14日

農をめぐる、世界の闘い9~盟主ロシアの決意Ⅳ.食の独立は種子から始まる

穀物輸出高において、米国を凌ぐまでの農業生産力を身に付けたロシア。

次に彼らが目指すのは、種子の自給。

なぜならば、「食の独立は、種子から始まる」。

そしてこれは、脱石油時代におけるロシアの新たな国家戦略であり、底流に流れるのは、”民族自決”の精神。

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年08月08日

農をめぐる、世界の闘い8~盟主ロシアの決意Ⅲ.農業大国への「再挑戦」

世界有数の肥沃な大地を持ちながら、大規模農業に失敗し、輸入食品に依存し続けてきた過去を持つロシア。

【GMO徹底排除】は、国家戦略として世界的な農業大国への変貌を成し遂げるための、重要な布石です。

西側諸国からの経済制裁すら、推進力へと変えていく。

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年08月01日

農をめぐる、世界の闘い7~盟主ロシアの決意Ⅱ.情報戦を制す

遺伝子組み換え食品を国内から徹底的に締め出したロシア政府ですが、最初からそうしようとしたわけではありません。

国内外で繰り広げられてきた認識闘争・事実追求の渦中に、自らも身を投じた中で為されたもの。

そして事実追求を阻むのは、バイオ化学企業、マスコミ、学者たち。

 

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年07月25日

「美味しい」を越える食材とは【本当に求めている食材 学士会館 取締役総料理長 大坂 勝】

今日は、少し視点を変えて、食材を調理し命を吹き込むプロの料理人を紹介します。
当時、評判があまりよくなかった学士会館のレストランに料理長として呼ばれた大阪さん。今では、その評判を押し上げた立役者になっています。どうして評価が上昇したのか?

彼の仕事に対する志は? 照準力は? 仕事で何を日々追求しているのか?そして、求める食材とは何か? 次代の若い人たちへの期待  と 真の料理人の姿が垣間見られるインタビューになっています。

マイナビ農業からの転載です。 では、転載開始【リンク

 

理想の料理を作るために、日々食材を探す一流の料理人やバイヤーたち。そんな一流の目を持った人が求めている食材とは何でしょうか。日本の「食」を牽引する人々に、いま欲しいものやこれから作って欲しい食材を取材する連載。3回目は、昭和3年開業の「学士会館」総料理長 大坂 勝氏。館内全ての料理を取り仕切り、次世代の料理人の育成にも力を入れている大坂氏に、料理人の在るべき姿、そして求めている食材について話を聞きました。

 

◆レストランの評判を上げた食材選び
——学士会館に料理長として呼ばれた当時、味の評判はあまり良くなかったとか。
知人に「学士会館に移ったので食べに来て下さいよ!」と声をかけると「嫌だよ、だってあそこ美味しくないじゃん」と何回も言われましたね。

ホテルのような大きな規模だと、役割が分かれていて互いが口出し出来ないケースが多いのですが、学士会館は料理人同士のコミュニケーションが取れる距離感があります。
良くない評判の原因がどこにあるのか、仕入れから全て見直すところから始めました。
——最初に変えていった点はどこですか?
料理長を含めて調理に携わる全員がお客様を見て仕事をする。ということです。
食材の仕入れ一つとっても、効率や条件を優先せず、お客様に満足してもらうことを基準に選ぶ。
すると、自ずと誰がどこで作った食材なのかを気にするようになるし、生産者の顔が見えてくると、どう調理したら食材が生きるかを考えるようになります。
今でも料理人達には「時間があれば調理場を出てお客様と話せ」と口酸っぱく言っていますよ。
——お客様目線の食材選びとは?
まず、その年に初めて仕入れる食材については、網焼きからボイル、ロティ、ソテー、ピューレ等、一通り調理をします。
調理場みんなを集めて食べさせて、「この野菜は魚にあうね」とか「焼いたら鴨に合うね」など意見を出し合って、仕入れや食材の調理方法を決めるんです。
野菜に限らず、肉でも魚でも同じように決めていますよ。
——もの凄く地道な仕事ですね…!
仕入れを決めた後も地道ですよ。
例えば、大根やカブが、葉が切られた状態で納品された際は、生産者に「葉をつけた状態で送ってきて欲しい」とリクエストしました。
料理のアクセントやガルニチュール(付け合わせ)に出来ないか……色んな可能性を考えるためです。
何より、生産者が一生懸命作っている食材は、全部使うのが料理人の使命だと思っていますから、勿体ないと考えるのは当然ですね。
——大坂さんが生産者と真剣に関わる姿が、職場の雰囲気を変え、意識や行動も変わっていったんですね

 
◆「美味しい料理」を越えるために
——そんな“本気の仕事人”大坂さんが求める食材とは何ですか?
夢を持って生産されていることがはっきり分かる食材がいいですよね。
作り手の想いは食材に命を吹き込みますし、伝わってくるんですよ、その息吹が。
——味や形ではないんですか?
それよりも先に、「こう食べて欲しい」という気持ちを持って欲しいですね。
私たちは料理人ですから、食材がどうやったら美味しくなるかをある程度は知っています。
だからこそ、渡された食材で美味しい料理を作るのではなく、良い素材から「これをどう生かそうか」と考えて料理したいんです。
——お客様と料理人の関係性に通じるものがありますね。
一緒なんですよ。
生産者は、料理人やお客様のことを考えて良いものを作る。
その想いを料理人が受け取って、最高の料理にする。
それをお客様が食べて反応する。その反応を料理人が受け止め、生産者に伝える——。
この循環が大切だと思っています。

 
◆お客様にも、良い食材を知ってもらいたい
——生産者の想いが詰まった食材に出会ってきて、最近注目している食材はありますか?
島根県出雲で作られる食用バラの「さ姫」ですね。
食用のために作られた品種で、独特の香りや甘い味わい、肉厚な花びらが特徴的です。
取引き先の農家さんは、無農薬有機栽培をしており、敷き藁をするために米を栽培するなど随所に強いこだわりを感じます。
北海道「中村農場」のビーツも美味しいですね。土臭さやえぐみが少なく、通常のビーツと比べて糖度も高いです。
中村さんは、「自分の目で本場のビーツを見たい」とヨーロッパ視察に行ったり、ビーツの消費が多いロシアのユーラシア協会の活動に参加をするなど、ビーツを愛して止みません。そんな中村さんご自身も魅力的ですね。
他にも注目している食材はたくさんありますよ!
——学士会館「ラタン」では、月に1度、野菜をテーマにした食事会が開催されているそうですね。生産者と食材への敬意が伺えます。
料理人自身が、「生産者のこだわり野菜をもっと知りたい」「もっと美味しく食べたい」という気持ちと、「お客様にも美味しい野菜を知ってもらいたい」という気持ちで、9年前から継続しています。 
毎回ひとつクローズアップしたテーマ野菜でコースを仕立てる形式で、その食材の色んな顔を見てもらっています。
——2019年1月で100回目を迎えた「野菜の会」記念パーティには、大坂さんの想いに共感するお客様、生産者が参加されていましたね!
記念パーティということで、食材を1つに絞らず、お世話になっている生産者さんの色々な野菜を料理して紹介しました。
参加者の方々も野菜に詳しいので、「今日は北海道のビーツはあるの?どんな風に出てくるの?」「月光(百合根の品種)はいつ出てくるの?」と大坂さんへの質問や切り込みも凄かったです(笑)。
——101回目以降の「野菜の会」も楽しみですね。
「野菜の会」は、美味しい野菜を楽しく食べる会ですが、それで未来の子どもたちに良い環境を残せたらいいなと思っています。
お客様がこだわり野菜を知ることで、買って食べるようになり、野菜が売れます。バイヤーからの注目も上がり、注文も増えるでしょう。
生産者の収入が増えると、耕作地が広がり、人を雇えるようになり、地域が盛り上がります。
若い継承者が地域にとどまり、あるいは戻ってきて、そこに家庭を築いてくれたら、昔の里山風景をとり戻せるかもしれません。
未来に向けた志ある人々が集う食事会として、これからも続けていきたいと思っています。

 
◆まとめ
大阪さんの志は、「料理長を含めて調理に携わる全員がお客様を見て仕事をする。」
「食材の仕入れ一つとっても、効率や条件を優先せず、お客様に満足してもらうことを基準に選ぶ。」 と最後に食するお客が、満足・充足できる仕事の仕方をまずは、目標としています。
そして、その先に、農家と料理人と料理を食するお客とが期待と評価で繋がっていける。また、それぞれが、未来に向けて更に活力が上昇できるようなそして、楽しく集える食事会の開催を実現しています。
単なる生産と消費というつながりのない関係ではなく、その間に料理人が入って、彼らの心をつなぎ、更に切磋琢磨していく有り様は、新しい「農」のかたち とは言えないでしょうか?では次回もお楽しみに

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2019年07月25日

農をめぐる、世界の闘い6~盟主ロシアの決意Ⅰ.GMO徹底排除

今やアメリカに代わって世界の盟主となったロシア。

農をめぐる世界的な認識闘争の局面においても、同国の存在感は他を圧倒します。

遺伝子組み換え食品(GMO)の徹底排除。
ロシア全土に広がる肥沃な大地を活かした自国農業の再生。
…その先に見据えるのは、”農”の枠を越えた国家戦略。

「自国民の胃袋は、決して他者に握らせない」

底流に流れる民族自決の精神が、この断固たる決意と実行力を支えているように思います。

 

まずは、”GMO徹底排除”の実情からお伝えしていきます。

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年07月18日

農をめぐる、世界の闘い5~フランスの農相が挑む認識闘争

【モンサントの不自然な食べもの】(2008年)という、フランスの映画があります。

同国が遺伝子組み換え食品に対して厳しい政策を取り始める契機となったこの映画。

この事象に象徴されるようにフランスは、”農”を取り巻く「常識」の背後にある欺瞞を暴き、新たな認識に基づく農産業モデルの実現に向けて動き出しています。

今回は、その認識闘争の最前線で奮闘する、とある農相の活動を通じて、農をめぐる認識闘争の実情をお伝えしていきます。

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年07月11日

農をめぐる、世界の闘い4~子どもを守ろうとする母親たちの闘い

今アメリカでは、”オーガニック食品”が一大ムーブメントを巻き起こしています。

その背景にあるのは、子どもを守ろうとする母親たちが立ち上げた、反遺伝子組み換え食品ネットワークの拡大。

農をめぐる認識闘争は、足下からも確実に広がってきています。

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年07月04日

農をめぐる、世界の闘い3~せめぎあう二つのパラダイム

特定の企業連合体が「独占」しようとする”農”。

対して世界は、”農”は誰しもが贈与で分かち合うものとして、各地で激しい認識闘争を挑んでいます。

ロシアを筆頭に、フランス、ブラジル、足下のアメリカでも。

まずこの事実を、私たち日本人は知る必要がある。

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2019年07月02日

21世紀育ちが創る「むかし未来」 日本と世界を変える里山農業プロジェクトの芽吹き

今日は、現高校生のお話です。彼の名は、愛知県岡崎市在住の野田崇達君。彼は中学生の頃、すごいスピードで自分の生活している原風景が失われた様子を見て、アイデンティティの一部を奪われたに等しいショックを受けました。
彼はその後、自らの手で自然を守らなくてはと思い、地域のボランティア活動などにも積極的に参加するようになり、高校生になった現在、「里山農業プロジェクト」を企画。コストが削減でき、かつ全国を対象にビジネスが展開できるインターネットをツールに、事業をスタートさせました。

では早速紹介します。マイナビ農業からの転載です。【リンク】転載開始

科学技術・資本主義経済・工業的生産システムが劇的に発達した20世紀。そこで謳われた「人類の進歩」は、地球のあらゆる生命の運命を変えました。
豊かで便利な生活と引き換えに何を失ったのか、社会に問いかける人が増える中、愛知県の田園地帯の一画で「里山農業プロジェクト」が胎動しています。
日本全国にその土地独自の「里山」をよみがえらせ、農作物や伝統工芸品などを生産・供給することで人間の暮らしと自然環境との共存を図る。その大事業のリーダーは、生まれも育ちも21世紀の若者です。

◆日本の原風景をよみがえらせるビッグプロジェクト
〇世界中の人たちがシェアする日本の原風景「里山」
美しい山並み。緑の木立から吹き抜ける風。川のせせらぎと鳥のさえずりの和音。大切な食糧とともに多様な命を育む田畑。
日本人が胸に抱く原風景・里山は、自分たちが本来生きるべき故郷の姿と重なっています。
人と共生する自然として、また、持続可能な社会の実現に必要なコンテンツとして、今、Satoyamaは日本人のみならず、世界中の人たちがシェアする言葉・概念に成長。環境問題をテーマにした国連の会議などでもしばしば用いられています。
〇里山と伝統的生活文化
ごくシンプルに定義づければ、里山とは、人間が暮らし、生活のために手を入れ、管理する自然の野原や林を含む地域のことです。昔からそこでは村落が作られ、土や水、木などの資源を活用した各種産業が営まれ、食をはじめとする生活文化が培われました。それが名産品、伝統工芸、伝統芸能、祭りなどの形で残されている場合もあります。
〇里山のブランド化
里山農業プロジェクトは、そうした古来の里山のありかたを、その地域に合った形でブランド化します。つまり地域ごとに違った農作物、工芸品などを生産し、それぞれが個性豊かで特色のある里山として復活させようというビッグプロジェクトなのです。

◆2002年生まれの里山プロデューサー
〇田園の生き物研究にハマった少年
このプロジェクトを考案し、実際に活動を推進しているのは、愛知県岡崎市在住の野田崇達(のだそうたつ)さんです。野田さんは2002年生まれ。本記事取材時は弱冠16歳の高校1年生。
同市内の田園地帯で育った彼は幼い頃から自然に親しみ、特にそこに生息する昆虫などの生物に深い興味を示しました。
自由研究での成果は、毎年、市の研究作品展に出展され、岡崎市小中学校理科作品展で「木村資生科学賞」(岡崎市出身の生物学者で、集団遺伝学によりアジアで唯一ダーウィン賞を受けた木村資生博士にちなんで創設)、「未来の科学者賞」などを受賞。将来はファーブルのような昆虫学者になるのを夢見ていたと言います。
〇伝統野菜を開発した寺院に生まれ育つ
また、彼の家は寺院で、室町時代に住職が地域の伝統野菜「法性寺(ほっしょうじ)ネギ」を開発したという言い伝えがあります。そうした所縁もあって自然に付近の農家と親しくなり、農業に関する体験・知識も豊富に得られたそうです。もちろん自身でも伝統野菜に関する研究を行っています。
〇失われた原風景
そんな彼に衝撃を与えたのが中学受験直後の出来事でした。1年弱、外での遊びを控えた末に合格を果たし、晴れていつも虫を採っていた田んぼに出かけたところ、そこにはもう何もありませんでした。その農家が高齢のために農地の維持を諦め、手放してしまったからです。 利便性を追って用水路も地中に埋められていました。
永遠に失われた原風景。アイデンティティの一部を奪われたに等しいショックを受けた野田さんはその後、自らの手で自然を守らなくてはと思い、地域のボランティア活動などにも積極的に参加するようになりました。

◆巨大コンテンツとしての里山
〇中学生時代から専門の学者を取材して勉強
その経験から知ったのが、私有地問題、財源の不足、人手の不足など、農業を取り巻く多くの問題です。
一方でそれらの解決策を模索する過程で「里山」という概念に遭遇。その詳しい内容について猛勉強し、農学や環境問題を専門とする東大や京大などの教授・学者などに中学生時代からコンタクトを取り、取材をして回りました。
〇インターネットを使って起業
そしてそこから里山を一つの魅力的な巨大コンテンツと見なしたらどうか、と発想しました。経済効果も十分見込める事業にすることによって、環境の修復・保全にもつながると考え、この里山農業プロジェクトを企画。コストが削減でき、かつ全国を対象にビジネスが展開できるインターネットをツールに、事業をスタートさせました。
〇着実にブランド化
野田さんがウェブサイトを開設すると、共感を示した同世代の仲間が続々と協力を申し出てプロジェクトに参入。家族・友人もサポートし、学校も彼の活動に賛同しています。
そんな中、まずネット上でプロジェクトの存在と内容を訴求することが当面の最重要課題とし、仲間のアシストやアドバイスを受けてサイトの充実を図るとともに、2018年には初めてクラウドファンディングにも挑戦。目標額には届かなかったものの、複数の農家からの問い合わせや、環境問題の活動家からの協働の申し出が来るなど、広報活動として十分成果があったとし、着実にブランド化を進めています。

◆古き良き世界への回帰にテクノロジーをフル活用
資本主義経済・工業的生産システムが十分に機能していた20世紀。しかし、そのシステムに陰りが見え、人々は将来に不安を抱くようになってきています。
そんな中、20世紀をリアルタイムで経験していない若者たちは、上の世代がいまだに囚われている過去の常識から自由になった新しい世代と言えるでしょう。
近代化以前にあった、人間と自然環境とのバランスが取れた里山の世界へ回帰するために、インターネットの技術を活かして進行する里山農業プロジェクト。そこから立ち現れる「むかし未来」に大きな関心を抱かずにはいられません。

◆まとめ
このように17歳の彼は、この4年間で、学校の勉強を超えた追求を行い、自分の通う高校からも賛同をもらうほどの成果を上げ、協働してくれる仲間を増やし、社会としっかり繋がっていこうとしています。
まだ、始まったばかりですが、地に足がつきながらも、過去にとらわれない発想で「里山農業プロジェクト」を立ち上げ、実践しようとしています。
若者のエネルギーは、廻りを動かし、仲間を動かし、そして社会を変えていく力をもっています。今後も彼の活動に注目していきたいですね。では、次回もお楽しみに。

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