2021年09月21日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-4~生産と集団の力をバネにして、劇的に変化した子どもたち~

前回の投稿では、長野県阿智村の「なみあい育遊会」の農村留学を事例にして、子どもたちがどのような生活を送っているのか、そして、どのようか可能性・課題があるのかについて押さえました。
今回の投稿では、農業生産の現場にて、数か月間働くことを決意した子どもたちが、集団の中での仕事を通じて、活力も、働きっぷりも大きく転換している事例をご紹介したいと思います。

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2021年09月16日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-3~農や自然を生かした「農村留学」の事例から、これからの農村学校のかたちを考える~

前回の記事では、私たちが現段階で考えている農村学校のイメージを簡単にまとめ、現代の子育てや集団づくりにおける社会課題と、農村学校の可能性について書きました。

今回の記事では、農村や農業の可能性にスポットを当てた、教育や地方創生の事例を探りながら、その可能性ポイントや課題をあぶりだし、これから本当に求められる農村学校のイメージを深めていきたいと思います。

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2021年09月16日

【農の歴史】第2回 漁業と漁労、何が異なり、何が同じか?

前回は農業の起源を扱いましたが、今回は漁業です。

農業、林業と比べて漁業の歴史は格段に古い。その意味では漁業とは農業や林業とは全く異なる歴史を辿って来たと言える。
漁業とは狩猟、採取、漁労という3つの枠に入る人類で最も古い生産様式の一つを引き継いでいる。最古の網の遺跡は韓国で2万5千年前、世界最古の釣針遺跡は3万年前に沖縄で、最古の舟は1万年前にオランダで発見されている。但し筏レベルになれば遺跡はないが、3万年以上前に遡る事は明らかだ。

その歴史はおそらく弓矢発明のさらに前に遡る。人類が住んでいたとされる洞窟が海浜地域に多く、比較的安全に食材を手に入れ定住できたこと。また火山の噴火や海水位の上昇など何らかの理由によってその地を追われて移動した人類は、海岸伝いに移動し、貝や海藻を取りながら、やがてすばしっこい魚を捕る釣りやはえ縄の技術を身につけてきた。

Egyptian_fishery3壁画にあった漁労の図

そういう意味では漁労技術の進化は人類の移動、定住と併せて進化してきたと思われる。
縄文時代はそうやって大陸から移動してきた海洋民が多く沿岸部に住み着き、また暖流と寒流が合わさる日本海、太平洋沿岸は世界でも有数の漁場となっていた。さらに日本列島は急峻な河川と豊かな降雨があり、既に縄文時代からサケ・マス漁がさかんに行われていた。そういう意味で古代人類は漁労が中心にあり、それを引き継いだ縄文人もまた漁労の民であった。

漁労はとにかく古いが漁業となると農業の発生と比べればずいぶん後の時代になる。また、漁労と漁業の違いはなにか?漁労は自らの食べるものだけを捕獲する目的で漁労民は水産資源以外にも狩猟や採集も行っていた。海の幸、山の幸のバランスの中で漁労に携わった。ところが漁業となると漁獲専任になる。これが一番の違いで、なおかつ漁業によって収入を得て生計を立てていった。

日本では鎌倉、室町時代に漁業が初めて行われる。
>鎌倉・室町時代に入ると魚の流通ルートができて、海の魚や貝を食べる地域が拡大され、それに伴って漁業生産も盛んになってきました。カツオはその頃も人気がありました。乾燥させれば、保存・輸送に適していたからです。鎌倉時代には、房総半島や和歌山、鹿児島の島地域では漁場が出来、マグロ、タイ、スズキ、タラ、ブリ、サバなどその数も多くなりました。日本の沿岸漁業はこのころに始まったといえるでしょう。室町時代には竹に魚の肉のすり身を塗って焼く「かまぼこ」が開発されました。
江戸時代には江戸が消費都市として拡大するのにともない漁業が盛んになりました。江戸に近い(伊豆・相模・房総)地域での漁業が急速に活発化し、全国的にも各地の特徴を生かした漁業が発展しました。今ある漁法は、ほとんど江戸時代に形作られました。
ココからお借りしました。

世界に目を向けるとさらに時期は遅い。
>魚獲りは人類の発生とともに行われてきたが、世界で産業と呼べる規模の漁業が行われ始めたのは、16世紀のオランダによる北海ニシン船団が初めてと言われる。ニシン船団は80-100トンのビュスと呼ばれる帆船で構成され、17世紀には2000隻のビュスが活動していた。流し網でニシンを獲り、船上で内臓を取り塩漬け保存され、船倉が一杯になるまで続けられた。 オランダのニシン輸出量は1614年の1年だけで15万トンに及び、17世紀には総人口の5分の1がニシン関連の仕事に就いていた。ニシン漁はその後スコットランド、ノルウェー、アイスランド、ドイツなどで産業化した。

ココからお借りしました。

こうして見ると漁業は市場経済の発生、成長と歩を併せており、保存技術、加工技術が発達するに連れて労から業へ移行していった。
農業が1万年前に比べるとかなり歴史は浅く、せいぜい1000年前、つまり市場の歴史が漁業の歴史でもある。しかし、一方で漁業やそれに従事する漁師がその後に発生した工業や商業と比べて本源性を維持し、漁業という集団を自治し、海や川という境界のない世界で互いにルールを決めて自制していた事は特筆に値する。

市場に巻き込まれながらも近年においてさえその制限を守り、海に入るときには古くから入会という独占を制限する習慣を有していた。
地球上のあらゆる産業が際限なく発展し、自然を破壊し、自らの生きる場を改悪したのに対し、海で生きる漁師はそれに抗い、自然の摂理の中で生きることを知っていた。
現在も日本では15万人が漁業に従事している。彼らの価値観は学ぶべきことが多く、自然資源を人間はどのように頂いていくのか、守っていくのか、その片鱗が残っているはずだ。漁業を深く知ることで当ブログではそこに焦点を当てていきたい。

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2021年09月09日

農から考える自然の摂理~「土の仕組みを探る」~肥沃な土とは「生きている土」~

良く農業に適した土地のことを「肥沃な土地」と言います。世界で一番はじめに農業が行われたといわれるレバント地方は、「肥沃な三日月地帯」と呼ばれています。

 

画像はhttps://awable.org/agriculture/8からお借りしました。

 

ではこの「肥沃な土地」とはどのような土地のことを呼ぶのでしょうか?

 

今回は「農から考える自然の摂理」の「土シリーズ」第1弾!ということで、そもそもこの「肥沃な土地」って何?というあたりを追求したいと思います。

では、続きを読む前に応援クリックよろしくお願いします!

 

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2021年09月07日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-2~子育ての課題⇒農村学校の可能性とは?~

今回の投稿では、私たちが、農村学校に可能性があると感じている課題意識と可能性について書きたいと思います。農村学校には、日本の子どもたちを救う実現基盤があるというのが一番の可能性だと考えています。

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 画像は、こちらからお借りしました。

 

■農村学校のイメージは?
まず、私たちが考えている農村学校は、幼児から小学校・中学校~高校生くらいまでの子どもたちが、農村部に1~3年間程度の中長期間住む(共同生活)を過ごす場であること。農業という生産課題を通じて、生きる力を身につけていけるような仕組みです。

この学校では、子どもたちは家庭から離れ、その地域に住む地元の方や、一緒に働く生産者の方、そして、同じように学ぶ子どもたち仲間と寝食を共にする。家族や友達に限らない、幅広い関係世界の人たちとともに農作物を生産し、たくましく成長していくことができる場です。

それでは、なぜこのような農村学校が必要だと考えたのか?についてですが、これからの子育て・集団づくりを考えていく上で、4つの社会課題と、農村学校の可能性が非常に重要だと考えています。

 

■世の中の課題と、農村学校の可能性は?

①人間本来の力を開放する場(右脳の開放)
これが一番重要な課題です。現代の子どもたちの生活は、授業、習い事、SNSやテレビ、文字や情報の「左脳だけを使う」生活です。
今の時代に求められている力は、周りの期待や状況に「一体化」⇒期待に応えたいという意欲・追求力で、誰かに教えてもらうものではありません。

大自然を通じての万物への感謝感、刻々と変化する自然の注視、共に働く仲間と呼吸を合わせての一体感や期待応合。まさに右脳を全開する格好の環境です。

 ②自然の摂理を、身体でつかむ
農村は、都会の生活では感じにくい、自然に包まれた生活。その中で、太陽が昇る時間に起きて、光や風を感じて身体を覚醒させ、そして、虫の音とともに生活する。自分のすぐ隣に自然があり、農作業や日常生活を通じて、自然を注視して、その世界(摂理)を身体でつかむことができます。

 ③生産課題を通じた本物の学び
学校で過ごす子供たちは、小学校高学年になると大人と同じように的確に判断・行動できるようになりますが、さらに10年大学まで消費者として過ごすことが常識となっています。
農業では、子どもたちが「生産課題」を担うことで、相手の期待に応えることの充足を真正面から感じることができます。さらに、小学校の低学年の子どもたちも同じように仕事の役割を担うことができる、年齢問わない大きな学びの基盤です。

④集団意識を再生する(新しい集団づくり)
農村部には、生産課題や村の運営課題を自分たちで話し合って、みんなで認め合って運営していく「共認原理」に根ざした寄合や組合・会合などが(かろうじて)残っています。ここに、若い子どもたちの力で、近代制度の狭い集団(核家族etc)を超え出た、次代の共同体基盤を創っていくことにつながるのではないでしょうか。

 

上で書いたように、現代の子どもたちは、都会のコンクリートの中で、核家族の狭い関係の中で生活し、さらには、学校では社会とつながらない学びを詰め込まれる生活になってしまっています。
私たちは、農村という日本の最大の子育て・学びの基盤を活かし、子どもたちの生きる力を育む場を創っていきたい。そのような想いを込めて、これから追求していきますので、ぜひ楽しみにしていてください!

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2021年09月07日

[農の歴史]第1回 人類はいつ、なぜ農耕を始めたのか

人類が農耕を始めたのは、1万5000年程前(人類史でいう、「後期旧石器時代」)から始まる「ヤンガー・ドリアス寒冷期」がきっかけとされています。
発足地は「肥沃な三日月地帯」のレバント地方。現在で言うと、ペルシア湾からチグリス川・ユーフラテス川を遡り、シリアを経てパレスチナ、エジプトへ至る半円形の地域、その西半分です。The_Levant_3
この地域の代表的な初期農耕遺跡から、多くの栽培種(ムギ類、マメ類、果物、、)が出土されていることが証拠とされています。

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ただ、これが人類史上初の農耕かは実ははっきりしていません。ヤンガー・ドリアス以前にも寒冷期は何度かあり、もっと昔から人類は農耕の術を知っていたという説もあります。
ここでは一旦「“寒冷期”に農耕をはじめた」という事実をもって、原始人類に同化していこうと思います。

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2021年09月02日

農から考える自然の摂理~「土の仕組みを探る」シリーズ、始めます!

みなさん、こんにちは。

リニューアルされた農ブログでは、数あるテーマの一つとして、

農業を支える天然資源や自然環境が今どんな状況にあるのか?
再生させながら豊かな農業を続けていくためにどうしていけば良いか?

これらについて、「自然の摂理を羅針盤にしながら」追求していきます。

 

まず最初は、農業をするために不可欠な、「土」の追求から始めます。

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2021年09月02日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-1~農業は子育て・教育再生の切り札になるか!?

こんにちは!

新体制になり、新たなシリーズ「農村学校をつくろう!」を始めます。このシリーズでは、農を通した子育てや、教育・人材育成の可能性を追求していきます!



当社の農園事業部は、奈良と三重に農園があるのですが、「農園の力になりたい!」という他部所社員の有志が、週末に農場に出向いて一緒に農作業を行っています。
 その「援農」の場で、単純に農作業を進めるだけではなく、実は農作業は人材育成の場として有効では?という可能性がいろいろと発掘されています。

 一方で、子育てや教育に困っているお母さんや、人材育成に悩んでいる方も多いのではないかと思います。実際、昨今のニュースでも、いじめ、子供の自殺、育児放棄や虐待、学力低下などの問題が取りざたされていて、現在の子育て環境や学校制度には、限界を感じざるを得ません。

このチームでは、援農のなかで発掘された、農業の持つ教育の可能性を構造化して、現代の学校制度に代わる、「全寮制の農村教育」の実現基盤を発掘していきたいと思います!

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2021年08月31日

農ブログがリニューアル 「新たな6人のメンバーで追求を始めます!」

「農」の魅力って何?「農」の可能性って何?新しい「農」のかたちを、みんなで追求していきましょう。
~これが当ブログ【新しい「農」のかたち】のサブタイトルです。

今回のリニューアルでさらにこれを深めていきたいと思います。
まず追求対象ですが、農業に加えて今回から林業、漁業も扱っていきます。
自然を対象にして生産していく、それらは人類史において最も歴史があり、農業は1万年、漁業は2万年、林業に至っては一体いつから始まったのかもよくわかっていません。狩猟、採集を人類の最初の生産としたら2番目の生産が農業であり、林業、漁業に至っては狩猟の延長にあり今日まで至っています。

今日この6名で集まったのですが、出てきたのが「農」を追求するということは全てのジャンルに通じるすごく広いテーマを与えられたのではないかというワクワク感で一杯です。環境、自然科学、歴史、食、医療、共同体、教育、国際社会、金融、市場、全てに広く繋がっており、農を知るというのはそれら多方面から追求を重ねていくことになり、生活、経済、さらに自然の摂理に繋がっていきます。

 

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2021年08月26日

炭素の循環のなかで生きる「小農の世界」

戦後、農業の近代化という掛け声の元、作物を大量に生産することを是として掲げ、植物の三大栄養素である 窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)を含む化学肥料を大量に与え続け、更に農薬を散布し続けた結果、作物が育たない土が出来上がってしまった。これが1970年代まで続いた。
今回紹介する記事は、五年前のものであるが、1980年代から始まった施肥改善の時代から始まり、肥料や農薬への過度の依存からどう脱却してきたかに焦点を当てている。
更には、窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)ではなく、炭素(C)の活用。モミガラは、土着菌を活性化させ、2000年以降新たな土壌の改良の成功例も増加している。今回は「施肥・土つくり」に焦点をあてる。
では・・・・リンク 

転載開始
1970年代、機械化や野菜の産地化、畜産の規模拡大など農業の近代化のなかで、化学肥料や農薬の使用量が大幅に増え、農薬による農家の健康被害の不安も高まった。「土が病み、作物が病み、人間も病む」……肥料や農薬への過度の依存からどう脱却するかが大きな課題になるなかで、1977年(昭和52年)の「実用 土つくり特集号」から、「施肥・土つくり」特集号がスタートした。
それから40年。この間、農家は持ち前の自給力を発揮して、施肥の工夫や身近な地域資源を活用した肥料づくり、土づくりの工夫を重ね、『現代農業』もまた、農家に学び、現場課題と試験研究機関を結びながら、「施肥・土つくり」特集号を精力的に編集してきた。
40年も続いてきたのは、農家の工夫がとどまることを知らないからである。

◆「施肥・土つくり」特集号の4つのうねり
「施肥・土つくり」特集号の40年の歩みを振り返ると、4つの大きなうねりがあった。
・1980年代:過剰施肥から抜け出す施肥改善の時代
・1990年代前半:微生物への注目とボカシ肥の広がり
・1990年代後半:米ヌカや土着菌を活かして、農家が肥料をつくる時代へ
・2000年代:不耕起・半不耕起など耕し方を見直し、土ごと発酵、堆肥栽培へ
この40年の歩みは、土壌肥料学の知見も借りながら、農家が経験的に体得していた土の働きを筋道だって整理し、それを力に農家が自給力を高めていく過程であった。

①1980年代の施肥改善運動
1980年代に大きなうねりになった施肥改善運動。この時は、「土壌溶液」という言葉をキーワードにして過剰施肥による土の機能低下の実態を整理した。
肥料は作物にやるのではなく(肥料は作物のエサではなく)、根―土壌溶液―土という関係を通して効果が現れる。根が土壌溶液から養分を吸収すると、それを補うように土が保持していた養分が土壌溶液中に溶け出す。この、土壌溶液を場とする根と土の養分のやりとりがとどこおりなく行なわれれば、作物は健全に育つ。施肥も土壌改良も、本来はこのやりとりをスムーズにし強めることであったが、その土をよくするはずの施肥が土を悪くしている。カリや石灰などが過剰にある状態では土の養分保持力が低下し、施肥されたチッソは土壌溶液にあふれて根が傷み、根の活力を低下させ、一方ではリン酸や石灰などが化合物となり、効かない形でたまっていく。収量が伸び悩む一方、品質が悪い、日持ちが悪い、障害が出る……当時広く見られた現象を、土が本来もっている働きをもとにときほぐしていく。
施肥改善運動は、単なるムダ減らしではなく、肥料面に限定されてはいるものの、土の総体(関係性)を認識し、土の機能を回復する取り組みであった。

②1990年代前半 微生物への注目とボカシ肥の広がり
施肥改善は大きく進んだが、土壌病害は依然として収まらず、微生物資材が数多く出回るなかで土の微生物、土の生物性への関心が高まった。このとき注目したのが、「根圏微生物」である。根―根圏微生物―土の微生物相という関係を通して土の生物性をみる。根の表面近くは根からの分泌物や脱落部など有機物が豊富で、独自な根圏微生物相がつくられる。根粒菌やVA菌根菌などにみられる根と微生物の共生的な関係から、土壌病害にみられる寄生的な関係まで、根圏微生物のありようが生育を左右し、そしてチッソを過剰に吸収した作物の根では分泌物が異常に増え、それが根圏微生物相をおかしくするなど、施肥や有機物利用がこれを左右することが指摘された。
そういうなかで急速に見直されたのが農家の伝統技術ともいうべき「ボカシ肥」である。
ボカシ肥は、油粕、魚粕などの有機質肥料を発酵させてつくる肥料。その限りでは有機発酵肥料だが、山土や粘土、ゼオライトなどを混ぜ、根のまわりに施用するなどの工夫がみられる。有機物を分解させることで初期のチッソを効きやすくし、土を混ぜることでアンモニアなどの肥料分を保持するようになるので肥効が長持ちする。微生物がつくるアミノ酸やビタミンなども豊富。これを根のまわりに施すことで、根圏微生物相を豊かにし土壌病害を抑える効果も期待できる。土の化学性、生物性をよくする総合的な肥料としてボカシ肥の工夫はどんどん広がっていった。

③1990年代後半 米ヌカや土着菌を活かして、農家が肥料をつくる時代へ
良質のボカシ肥をつくるにはそれなりの素材、技術と手間が必要だが、これを簡単に誰でもできるようにしたのが、1990年代後半に広がった米ヌカと土着菌の利用である。こうして、「農家がつくる肥料」の時代が大きく花開いていった。
山林や竹林、田んぼなどからいくらでも採取できる土着菌をボカシ肥や青草液肥つくりに活かしたり、畜産では、家畜の発酵飼料に使って糞尿のニオイをなくしたり糞出しを減らしたりする工夫が広がった。
そして、ボカシ肥や土着菌利用の大きな味方になったのが米ヌカである。その背景には「平成の大冷害」を契機に一気に拡大した米産直がある。農家や産地で精米する機会が急増し、米ヌカが農家の手元に大量に残る時代になったことだ。
米ヌカは、水を加えるだけでも発酵してボカシができる。竹林などから採取した土着菌を入れれば、その地域の有用微生物が豊富な「米ヌカ土着菌ボカシ」ができ、これをタネ菌にすれば、さまざまな地域資源を良質のボカシ肥にすることができる。
一方、田んぼでは「米ヌカ除草法」が大きな反響を呼び、その効果的なやり方に多くの農家が知恵をしぼった。この米ヌカ除草では、米ヌカを表層に混ぜるぐらいに耕す半不耕起や不耕起が原則になる。土つくり・耕耘というと、「土を深く耕して有機物を多く施用することがいい」というのが長い間の常識だったが、これを見直すキーワードは作物の根がつくる「根穴」「根穴構造」である。兵庫県の農家・井原豊さんも、こう本誌で発言していた。
「無耕起栽培はやってみると案外好成績があがる。耕起しなければ空気が土に入らないだろうと思いがちだが、無耕起は案外通気がよいのである。それは、前作の根の腐り跡がパイプの役目を果たし、雨水の通路となったり、空気のパイプとなったりするからである。雨水の通ったあと空気が追いかけるのである。ところが、耕起するとこのパイプをぶっつぶす。ていねいに細かく耕すほどパイプがなくなる」

④2000年代 不耕起・半不耕起など耕し方を見直し、土ごと発酵、堆肥栽培へ
根穴を活かすために耕耘は浅くし、有機物も表面、表層施用する。こうしてたどりついた方式が「土ごと発酵」であり「有機物マルチ」である。
2001年10月号の土・肥料特集号では、「簡単なのにスゴイ! 広がる土ごと発酵」を大特集。この土ごと発酵は、従来の土つくりのやり方とは違い、田畑を発酵の場にし、通路や冬の空いた田畑を有効に使える、小力的な方法だ。通路に米ヌカをふれば、そこが強力な発酵の場になる。
そして土ごと発酵は、有機物の価値をそこなわない効率的な方法である。土の表層で発酵させるから発酵はゆっくり進む。低温発酵なので有機物の消耗は少なく、土つくり効果は大きく、かつ持続的だ。
そのうえ「土ごと発酵」は、ミネラルが豊富な土を生かした方法である。堆肥の素材に比べて田畑の土壌のほうがミネラル(元素)の種類も量も多く、微生物はこれを食べて(溶解・吸収して)繁殖する。土は微生物の生活の場であると同時にエサでもあるのだ。土がエサになり土そのものが発酵する。有機物と土をエサにして繁殖する微生物は各種の有機成分をつくりだし、やがてエサが不足してくると自ら分解して、体内に蓄積したアミノ酸、脂肪酸、糖分、ミネラル、ビタミンなどを大量に放出する。こうして土壌は急速に肥沃化し、畑では土の団粒化が進む。水田ではその団粒が水分を吸収してトロトロ層ができる。
そして2009年には「堆肥栽培」の提案。前年2008年に化学肥料が高騰し、「もう、こんな高い肥料買ってまで農業できない!」と思った農家がこぞって、地元になにか肥料として使える資源がないかを探し回った。家畜糞尿を筆頭に土手の刈り草、食品工場からでる廃棄物、ライスセンターから出るモミガラ、生ゴミ……。「堆肥栽培」は、身近な地域の有機物資源を本気で肥料として位置づけるやり方だ。その効き方を計算に入れて不足する分を化学肥料で補いバランスをとるのが、農家の工夫のしどころなのだ。
堆肥の使い方も、完熟した堆肥を土に入れるという常識にはこだわらない。生の、あるいは未熟な有機物をマルチしたり土ごと発酵させたり、光合成細菌などの微生物を使ってうまく発酵させたりと、多様な使い方がある。こうして、肥料の節約という大義名分をこえて、農家は自給力を発揮していった。

◆いざ、畑をモミガラ天国に
施肥・土つくりをめぐる農家の自給力はとどまることを知らない。おかげで、今月号の「施肥・土つくり」特集も、ヒントにあふれる農家の工夫を満載することができた。
今月号では「炭素」の多い素材の活用法に力を入れた。
巻頭特集は「いざ、畑をモミガラ天国に」。これに続いて「粗大有機物を使いこなす」を特集。モミガラも、せん定枝や刈り草や廃菌床などの粗大有機物もC/N比が高い自給的な資材だ。炭素が多くチッソ分は少ない。しかしこれを施用し続けると無肥料栽培への道も見えてくるようだ。
アスパラをつくる長野県栄村の滝沢総一郎さん。滝沢さんの畑は乾けばカチカチ、降ればドロドロの赤土。以前は牛糞堆肥とゼオライト、化成肥料で栽培していたが、改植を機にモミガラ利用を開始。表層に施用して土ごと発酵させるやり方だが、生モミガラの量を年々増やし今では反当1.5~2t。
思い切って、化成肥料も牛糞堆肥もやめた。当初は立茎時の伸びが悪く、草丈も短くなり、3割程度の減収が4年間続いたが、その後、畑全体に菌が回ったのか、昨年あたりから急に白い菌が目立ってきた。生育、収量も回復した。収穫したアスパラは色がきれいで甘味があり、日持ちもよいと、直売所で好評だ。
群馬県明和町でナシ5反、モモ1反、米2反を栽培する日比野久さん。会社をやめ果樹に力を入れ始めた時、『現代農業』のモミガラ特集を読み、「植物はほとんどが水分と炭素でできている。だからチッソより炭素を供給することだ」という記事に目をとめた。そうか、チッソではなく炭素か、炭素といえばモミガラだ。近くのカントリーで聞いてみると、いくらでも持っていっていいよ、と言われた。
最初は家の周りのナシ畑3.5反に反当たり850kgほどのモミガラを、土が硬くしまったSSのタイヤ跡を中心に表面にまいた。それから6年、いまでは6反全部でモミガラ1.6tを、表面に5cm敷き詰めるようなつもりでまいている。それまで入れていた豚糞1t、米ヌカ1.5tなど、チッソ源になりそうなものはいっさいやめた。
緑肥のヘアリーベッチとライ麦の効果も手伝ってか、土はフワフワになり、年によって不安定だった果実の太りが安定してきた。葉がコンパクトになり厚みやテリが出てきた。
表面に置いただけのマルチ状のモミガラは、水分吸収力も水分保持力もすごい。「雨を受け止め、時間をかけて徐々に水分が地下に浸透するので、微生物にとっても住みやい環境になっていると思います」と、日比野さん。ナシの日持ちもよくなり、常温で1週間はもつので、宅配のお客さんからのクレームが一切なくなった。

◆土着菌が活躍するモミガラ利用
滝沢さんも日比野さんも、大量の生モミガラを土の表面・表層に施用するやり方だが、堆肥や発酵モミガラにして利用する工夫も進んでいる。
島根県ではいま、発酵モミガラがブームになっているという。微生物の活動を活発にする各種ミネラルを組み合わせてつくった発酵促進液を利用して短期間に発酵させる方法で、少ない量でも大きな効果をあげている。材料はモミガラ、米ヌカ、水と発酵促進液のみ。これらを混ぜ合わせ、「モミガラについている土着の菌を殖やしてやる」のだ。
つくるのが簡単で費用が安いのもいい。評判が評判を呼び、島根や広島の集落営農法人などで使うところが増えている。
モミガラの分解力が強い土着菌を利用する方法も紹介した。「朽ち竹の土着菌」も興味深いし、「土耕菌ナルナル」という偶然採取した土着菌資材もある。
そして炭素が多い素材はモミガラ以外にも身近にある。今月号では、バークやバガス、草木、竹、木質チップ、カヤの魅力と利用法を紹介した。

◆作物を健康に育てながら効果的に炭素を循環させる
農文協のDVD『土つくり・肥料の基礎と基本技術』は、いわば40年間の「土・肥料」特集号を総結集した大作である。このDVDを見た土壌肥料学の重鎮・熊澤喜久雄さん(東京大学名誉教授・元土壌肥料学会会長)は、こう述べている。
「有機物マルチや土ごと発酵も農家ならではの工夫だ。世界的に土壌の有機物含量が減ってきている。炭素の循環を高め、土壌の生産力を維持することが食料の面でも環境の面でも大きな課題。そんななかで日本の農家は、作物を健康に育てながら効果的に炭素を循環させる工夫を編み出している。農家の現場では、作物を育てることと、肥料をつくることと、土をつくることが一体的に行なわれていることに感銘を受けた」
『現代農業』でおなじみの「小農」たちもモミガラを上手に活用し、炭素の循環を高めている。
「チマチマ百姓」の福島県いわき市の東山広幸さんは、手作りのモミガラ堆肥を万能の資材として愛用している。
ベストセラーになっている『小さい農業で稼ぐコツ』(農文協刊)を書いた石川県の西田栄喜さんは、地元産大豆のオカラ、クズ大豆、近所の農家から分けてもらう米ヌカとモミガラでボカシ肥をつくる。「この品質は、どんなにお金を出しても買えないのではないか」と西田さん。材料はほとんどタダ。「小回りの利く小さい農業だと、良質なものをほぼ無償で入手できるのです。ここにも小さい農業の面白さがあります」
「直売所名人」の三重県の青木恒男さんも、ガチガチの重粘土の転換畑をモミガラでよくしてきた。この3人の農家に大きな影響を与えた井原豊さんも、モミガラは「地上最高の土壌改良資材」だといっていた。
昨年は国連・食糧農業機関(FAO)が定めた「国際土壌年」だった。世界的には温暖化による気候変動、異常気象が、土壌を劣化させ作物生産を不安定にし、これがさらに土壌の炭素蓄積を減らし、温暖化を助長することが大きな問題になっている。そして一昨年の「国際家族農業年」では、家族農業こそ、生産力が高く、環境負荷の少ない持続的な農業の担い手だとし、FAOは家族農業の維持・発展の施策を進めるよう各国に要請している。一部の「育成すべき経営」に政策や予算を集中させるのではなく、広く小規模家族経営全体の生産基盤や生産条件を改善することが、国際社会の政策課題になっているのである。
家族農業を軽視し、「小農の世界」を縮小させる「TPP的世界」は、こうした食料、環境の持続性、安定性を求める国際的潮流に逆行する。身近な有機物を利用し、地域における炭素の循環のなかで土を維持し農業を営むこともまた「小農の使命」なのだと思う。 (農文協論説委員会)

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posted by noublog at : 2021年08月26日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List