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2021年10月21日
『農村学校をつくろう!』シリーズ-8~江戸から学ぶ:子どもたち自身が集団をつくり、地域をつくる重要な役割を担っていた
前回の投稿に引き続き、中世・近世における日本の学び・子育てについて見ていきたいと思います。
前回の投稿では、中世・近世の子どもたちは、大人と常に一緒にいて、農業や生産活動も「真似る」ことで、社会で必要な力を身に付けたことを押さえました。また大人たちも、子どもたちを干渉することなく、のびのびと成長したのです。
今回の投稿では、江戸時代の子どもたち自身が集団をつくり、そして、地域をつくる役割を担うことで、一人前の大人に成長する基盤について見ていきたいと思います。
■子どもたちの自治集団「子供組」
近世の子どもたちは、7歳を過ぎると概ね15歳までの間は「子供組」という集団に入り、ここで多くの時間を過ごしました。遊びや村の行事に参加しながら、年少者は年長者からさまざまなことを習い学んでいきました。
この子供組は、一番年上の子どもが、大将・親玉として仕切り、年長の子どもたちが、下の年齢の子どもたちの面倒を見ていました。子供組では、子どもたち一人ひとりが、集団づくりの立派な成員でした。
この集団で担っていた課題は「地域の行事」で、正月15日の小正月の他、3月、5月の節句、盆行事、11月の亥の子行事などを、子どもたち自身が作り上げていました。
特に、小正月は「子どもの正月」とも言われ、鳥追い、かまくら、もぐらうち、カセドリ、サギチョウ、ドンド、など地方によって多彩な行事が子ども等の手によって行われていました。子どもたちが、自主的に、木や藁、あるいは正月の飾りなどを集め、小屋や円錐型の建物を建て、雪でかまくらを作り、子どもたちがその中で共同生活するのが特徴でした。
画像はこちらからお借りしました。
これを見ると、子ども達の団結力の高さに驚きますよね。事実、子供組における子どもたちの姿は、まるで大人と同じように、年長の子どもたちが全体を取り仕切り、皆でしっかり話し合い、息を合わせて行動していたようです。
このような、異年齢での集団が、子どもたちの関係力を鍛え、そして、地域行事という現実課題が、子どもたちの追求力を高める大きな基盤となっていました。
■村を支える「若者組」
そして、子どもが15歳になると、次に「若者組」という組織に入ります。ここは、15歳から最大35歳まで、結婚するまでの男性が中心に自治していました。
男たちは、寝宿での共同生活が基本となり、ここでの生活を通じて、一人前の村人として成長していきました。彼らの役割、火事・地震・津波・風水害・海難事故・急病人の発生等非常事態には真っ先に駆け付け、力仕事を買って出ることで、共同体を守る無くてはならない存在でした。
画像はこちらからお借りしました。
重要な役割だけに、子どもたち同士の中でも非常に高い圧力をかけ合い、非常時になれば、即座に全員が阿吽の呼吸で行動できるくらいまで鍛錬していたようです。そして、約2年を経て、一人前の男(若者)として認められるように成長しました。
また、結婚相手についても、親(家族)よりも若者組の意見が尊重されたようで、村を支える非常に重要な組織だったことがうかがえます。
ここまで成長すると、村の構成員としての当事者意識や役割意識は、非常に高かったことは間違いないでしょう。個人や家族のためだけでなく、何十人・何百人の村人のために働くことを通じて、一人前の大人としての力を身に付けていったのです。
ここで見てきたように、近世の子どもたちの自治組織から学ぶべきことは、以下の4点が挙げられます。
①子どもたちに、村(集団)を支え・守るなど、現実課題を担う役割を期待すること。
②大人は干渉せず、子どもたち自身で自治(話し合い・行動)する集団をつくること。
③異年齢で構成し、互いに教え合う・育て合う関係をつくること。
④大人たちの集団も組織化されている必要があり、外圧・評価を集団内に貫徹させること。
現代の中で、すぐに組成することは難しいかもしれませんが、農村部では、現在も農作業や祭りでの共同活動が行われています。ここに、子どもたちを子ども扱いせず、集団を運営する役割を期待していくことはできるようにも思います。それを受け止めるのが、「農村学校」の重要な役割にもなってくるのだと思います。
投稿者 hasi-hir : 2021年10月21日 TweetList
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