【農の歴史】コラム 古代から受け継がれる焼畑農業~農業を森の生態系に組込む仕組み~ |
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2021年10月21日
農から考える自然の摂理~「土の仕組みを探る」:土壌の生態系を救ったキノコ
3億年前、植物や微生物、土を取り巻く生き物たちの変化が土を変え、大地の姿を大きく変えた。
湿地を中心に繁栄していたシダ植物が衰えた後に登場した裸子植物「グロッソプテリス」。マツやスギなど私たちに馴染み深い樹木の先祖と言われるこの植物。彼らの適応戦略が、私たちが慣れ親しむ「森」の原型をつくるとともに、土の仕組みに大きな影響を与えていく。
今回は、大地の歴史5億年の中でも大きな転換期になったといえる「3億年前の土壌」にスポットを当てたい。
主役は、キノコである。
●植物を強化した「リグニン」が土壌の生態系にもたらした危機
3億年前の大地は、植物にとっては非常に過湿。外敵となる昆虫も多い環境で生き延びるために、樹木は二つの適応を見せる。
ひとつは通気のできる根であり、もうひとつは「リグニン」と呼ばれる木質成分の生成である。
リグニンは、芳香族化合物(ベンゼン環を持つ物質の総称)が複雑に結合した物質であり、植物の主成分であるセルロース(多糖類の一種で食物繊維の代表格)とは大きく異なる。煮物料理に出てくる渋いアクの成分のひとつにポリフェノールがあるが、これが複雑に結合したものがリグニンである。
リグニンの存在によって、樹木は幹の強度を高めた。リグニンをつくるにはセルロースよりも多くのエネルギーコストがかかるが、強度を高めるためには仕方のない投資である。強度を高め、背が高くなれば、光合成をめぐる競争に勝つことができる。
裸子植物は、樹木や葉の中にリグニンを多く含むことで、雨風に対して物理的に強くなるとともに、害虫への防御力も高めた。これは、現在私たちが目にする樹木に共通する特徴であり、シダ植物などの草には少ない。
こうして地上世界での生存競争に勝つために適応した新たな植物たちの遺骸は、地下世界=土の仕組みにも大きな影響を与えていく。
樹木のリグニン構造の発達に面食らったのは土の微生物である。
リグニンを多く含む植物遺体はまずく、食べにくくなった。微生物はどのように処理していいのか分からず、食べ残しが増え、結果として、倒木や落ち葉などの有機物が分解されずにどんどん土に残された。分解(処理)が追いつかないから、泥炭(未処理業務)となってどんどん蓄積していった。
結果として3億年前、微生物の対応の遅れが、地球史上最大の石炭蓄積時代を引き起こした。代表的な地質年代は、石炭紀と呼ばれている。
落ち葉(有機物)は分解されると、微生物によって多くは二酸化炭素に変換され、大気に還る。すぐには分解されなかった落ち葉の食べ残しも徐々に分解が進み、腐葉土になり腐植になる。腐るということは、微生物による分解を受けるということだ。有機物の分解によって、栄養分(窒素、リン、カルシウムなど)が循環する。これが進まないということは、車に例えるなら交通渋滞、人間の身体なら消化不良にあたる。
3億年前に迎えた養分リサイクルの停止は、生態系にとって大ピンチだった。しかし、救世主ともいえる「ある微生物」の進化がその状況を一変させる。それがキノコである。
●酵素を武器に、キノコが果たした「土壌の奇跡」
そもそもキノコというと、「食べられる」食材としての印象が強いかもしれない。しかし、キノコとは、繁殖のためにキノコ(子実体)をつくる微生物(担子菌や子嚢菌)の総称である。その主体は、土や倒木に張り巡らされた菌糸である。有機物を「食べる」分解者というのが、生態系における本当の顔だ。特に、担子菌に属するキノコは有能な分解者であり、森の中で養分のリサイクルを担っている。
石炭が大量に蓄積した3億年前の大地では、総じて担子菌のキノコは少なく、リグニンの分解能力もなかった。ところが、今から2.5億年前、キノコの種数がどんどん増え始める。これが、有機物の分解において転換期となった。一体、キノコはどんな武器を手に入れたのか?
ブナ林の落ち葉の層をめくれば、その下には分厚い腐葉土や倒木がある。ここには、木の根っこだけでなくキノコやカビの菌糸が張り巡らされている。有機物の分解反応が起こる最前線である。キノコの菌糸は目に見えないほど微細だが、リグニンの複雑な構造内部までは入っていけない。これではリグニンの分解も無理だ。ところが、ごく一部のキノコは、菌糸からペルオキシダーゼと呼ばれる特殊な酵素を放出する。ベルオキシダーゼは水中へ強力な酸化剤を放出する基地となって、リグニンを分解する。
このキノコのグループは、木材を白く腐らせるために白色腐朽菌と呼ばれ、リグニンの分解を一手に担っている。倒木にくっついているサルノコシカケや、シイタケ・ナメコ・エノキ・マイタケの類だ。白色腐朽菌は酵素という武器を身につけ、菌糸から酵素を放出することで、複雑なリグニンを分解する能力を獲得した。
彼ら自身は他のキノコやカビ、細菌よりも競争に弱く、過酷な条件(酸性土壌、窒素欠乏)でしか競争に勝てない代わりに、まずい倒木などの食べ残しを独占するスペシャリストとして、不動の地位を確立し増加した。
こうしたキノコの進化が有機物の分解を促進し、先に挙げた地球史上最大の石炭蓄積時代(石炭紀)を終焉させたと考えられている。
ようやく、倒木や落ち葉がきちんと分解されるようになったのだ。これは、植物と土との栄養分のリサイクル、キャッチボールが成立するようになったことを意味する。
私たちが当たり前だと思っている、森の土の物質リサイクル機能は当然のものではない。キノコと樹木、各々の適応戦略(せめぎあい)の結果として、地球の物質バランスが保たれるようになったのだ。
<参考>
・大地の五億年~せめぎあう土と生き物たち(ヤマケイ新書/著:藤井一至)
・菌根の世界~菌と植物のきってもきれない関係(築地書館 著:齊藤雅典)
投稿者 negi : 2021年10月21日 TweetList
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