2021年12月02日

農から考える自然の摂理~「土の仕組みを探る」:これからの農業を考える羅針盤として

普段当たり前のように、私たちの足下に広がる「土」。その「土」に危機が迫っているという認識から始まった【土の仕組みを探る】シリーズ。

★失われつつある肥沃な土壌

シリーズ最後となる今回は、五億年とも言われる大地の歴史を改めて振り返りながら、自然の摂理に即した農業の在り方、今後の課題を見出していきたい。

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2021年11月30日

農ブログ~3つの新シリーズ紹介。「世界の食と農」「食糧問題って本当にあるの」「農と政治~農協から」

9月から11月まで約3ヶ月間かけて以下の3つのシリーズを繋げてきました。
農ブログリニューアルの最初のシリーズです。

「農の歴史」全13回

・「土のしくみを考える」全14回~これからまとめ記事

・「農業学校をつくろう」全13回~これからまとめ記事

 

全く違った3つの切り口で農の追求をしてきました。
「農の歴史」では農の発生、伝搬による影響と江戸で開花した日本人の勤勉革命を明らかにし、また「土のしくみ」では地球5億年を俯瞰して植物と根と土の関係の中で微生物や菌糸と共生してきた流れを見てきました。土は果たして再生するのか、死んでしまうのか、そこに問いを投げかけました。また「農業学校シリーズ」では巷にある農を使った教育、体験がどのようになっているかを見ていき、その可能性、限界性、さらに目指す農業学校のありようを提言しています。

これらを追求する中で農の追求とは本質的には「人はなぜ生産するか、なぜ消費するか」の追求であり、「近い未来にそれが不可能になるのでは」という危機の検証でもあります。
以上、まだ40回の記事ですが、その追求は非常に楽しいと感じています。

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この12月から新しいシリーズを3つ立ち上げます。
タイトルは変わる可能性がありますが、簡単に予告編として紹介しておきます。
今回の3つの共通する特徴は農と政治です。農業は良くも悪くも政治の道具であり、政治そのものかもしれません。しかし手をかけ生産しているのは生身の人間、そのギャップと政治支配からどう取り戻すかというのも課題です。

・「世界の食と農」

一旦視野を世界に向けてみます。今世界の農業はどうなっているのか?そういう素朴な疑問から始めます。世界の農は大きく2極化が進んでいるような予測を立ててみます。

一つは利益重視の農。多品目、大量生産、制約ギリギリでの農薬の投与、大規模農業などアメリカ型の農。もう一つは環境重視、国家保護などの政策、自給型、都市の農園化などといったヨーロッパ型、ロシア型の農。それら2極化があるのかないのか、あるとしたらその潮流はどちらに流れていくかを読み解きます。それと最も脅威な中国の農。これは単純にどうなっているかの解明。それらを踏まえて自給率が未だに低い日本の農のこれからを世界の農から提言できないか、チャレンジしていきます。

 

・「食糧危機、ほんとうにあるの」

現在世界中で叫ばれている環境問題、SDGs,食糧危機、今回はまずこれ、本当?から疑ってみます。さらに食糧危機って一体何、何のこと、これを捉えていく。

そうするためには過去の飢饉の歴史を調べる。現在ニュースになっている身近な採れない、なくなったなどの食糧問題の事象は実際どうなの?それらを作り出している勢力(金貸し、資本家)などの目的、意図などを探り、食糧危機の本質を明らかにしていきます。食糧危機は作られたものなのか、環境破壊と同時に必然として発生するのか・・いずれも可能性があり、そこを両面で明らかにしていきたいと考えています。結論の仮説としては食糧危機回避の本質は自給農業の実現にあるのではと見て最後に検証していきます。

 

・「農業と政治~農協から」

タイトルは硬いですが、いきなり政治で切り込むと手に追えないので、政治を農協に読み替えて追求していきます。農協はその前身は江戸時代にあり、戦後GHQにより作り出された。目的は農業の発展と人材育成、保護にあったようですが、ご存知の通り農協は金融機関と言われるくらい、その後、金と権力を得ていきます。

立花隆というノンフィクションライターによる1985年当時の農協の実態を書かれた書籍を中心にそれまでの農協、その後の農協をまとめていきます。現在、農協は必要悪とも言われていますが、農協に頼らない農業集団もどんんどん出てきており、同時に今でも農業は家族、小規模が多く農協の役割はまだまだ残っている。農協って何、次代の農協的なものは何を期待されているかを最後にまとめていきたい。

そういう構成でイメージして初めていきたいと思います。

 

12月から始まる新シリーズ、ご期待ください。

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2021年11月28日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-まとめ~農を核とした、人⇒集団⇒地域⇒社会の再生

本シリーズでは、現代の教育問題(子どもたちの生きる力の衰退)と、農の担い手不足を突破していくために、農を基盤とした学び場づくりの可能性を掘り下げてきました。
農を取り巻く学び場づくりは、いろんな位相にわたります。そこで最終回では、これまでの気づきを踏まえ、農を核として「人づくり⇒集団づくり⇒地域づくり⇒社会づくり」をどう実現していくか、今後の展望を示したいと思います。
 ★【人づくり 】子どもたちの活力再生 ⇒ 援農・自然体験(週末)
 ★【集団づくり】社会で活きる人間力×追求力 ⇒ 農村留学(1年)
 ★【地域づくり】地域の担い手育成 ⇒ 就農定住(2年)
 ★【社会づくり】国家の生産・教育・地域基盤の再生 ⇒ 制度改革(将来)
人から集団へ、そして、地域から社会へと、対象世界が広がるほど実現可性も広がっていきます。

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2021年11月26日

植物は「種としてどのように外圧に適応するか」を第一に考え、世代を超えてその記憶をDNAに刻印している

植物は皆さんもご存じのように脳を持ちません。しかし彼らは種にある胚が、外圧状況を把握しながら、発芽のタイミングを見計らっているというのは、前回のブログでお伝えしました。

では一方で、植物はこれまでの経験を「記憶」することはできるのでしょうか?実はこれにも種が大きな役割を担っているのです。

 

実は植物の種は外圧を敏感にキャッチし、その記憶を次の世代に伝えていく役割を担っているのです。

確かに植物は農業における「品種改良」のように割とスピーディーにDNAを組み替えることが可能です。これは植物自身が動けないが故に、外圧を受け止め、自身を変えていくことで適応する戦略をとっているからです。

 

植物の記憶に大きな役割を担っているのが「ヒストン修飾」という機能です。

 

では「ヒストン修飾」とはどのような機能なのでしょうか?

 

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2021年11月25日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-13~農の場は人材育成・能力形成の場として最適!

前回、前々回の記事で、農村学校に求められるのは、農・地域の担い手育成であること。そして、その担い手に求められる能力についてまとめてきました。

今回の記事では、 “農村学校には、農業を通じて、農村の担い手を作っていく実現基盤がある“という可能性を示してみたいともいます。

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2021年11月23日

「農の歴史」シリーズまとめ~歴史に学ぶ農の可能性と危険性

(最初に立てたテーマの構成)

1.農業の起源
2.林業・漁業の起源
3.日本への農業の輸入
4.村落共同体の起源
5.江戸時代、農民は百姓と呼ばれた。

※6.戦後大きく変わった農業生産と共同体。その変遷と現在を見ていく。併せて林業、漁業の現状にも触れて、次の世代の可能性を考えていく。(このテーマは次回)

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この間、11の記事で「農の歴史」を追求してきました。様々な疑問にチャレンジしてきました。
・そもそもなぜ農業は始まったのか?なぜ縄文時代には農が普及しなかったのか?
・それがなぜ、どうやって日本に定着したのか?
・農の中でも中心的な稲、麦とは何か?
・農によって日本人はどのように移り変わったのか?
・稲作を中心とした日本人の気質はいつどのように作られたのか。
・江戸時代に拡大した農業の実態とは何か?

以上から見えてくるのは急速な寒冷化と人口圧といった気候変動と集団の関係の中で農業は登場し、常に戦争や搾取の圧力と集団をどう作るかという課題の中で存続していきました。日本の農業が成功したのかどうかは歴史を見るだけでは結論は出ませんが、一時(とき)江戸時代の農業と自然、集団のありようは農の一つの成功事例であり、今後の農を考える可能性の緒かもしれません。たった11の記事で農の歴史が紐解けたとはとてもいえませんが、農を考えるきっかけをいくつか提供できたかと思います。農に限らず、いかなる追求もまず歴史構造からという意味でこの最初のシリーズを終了させていただきます。

※下記に全記事をダイジェストで紹介します。詳しく読みたい方はぜひタイトルをクリックして読んでみてください。

[農の歴史]第1回 人類はいつ、なぜ農耕を始めたのか

人類が農耕を始めたのは、1万5000年程前(人類史でいう、「後期旧石器時代」)から始まる「ヤンガー・ドリアス寒冷期」がきっかけとされています。しかし、寒冷期と人口圧の増加は、周囲の環境を一変させ、深刻な食糧不足に人類を追い込んでいきました。そこでやむを得ず始めたのが「農耕」というわけです。
土地を読み、天候を読み、時間を管理する「農耕」は凄まじい追求力と観念体系を人類にもたらしたでしょう。しかし人類にとって農耕はいいことばかりではなかったようです。
農耕は、「備蓄」や「保存」を可能にしました。そして年代が進むと、人類はついに牧畜を行うようになります。そこで初めて生まれた意識が「私有意識」だったのではないでしょうか。「私有意識」はやがて集団同士に亀裂を生んでいきます。もし農耕が戦争を引き起こすと知っていたら…「労働」制度が生まれ、余暇が失わ農耕は人類にとって進んでやりたいことではなかったのかもしれません。

【農の歴史】第2回 漁業と漁労、何が異なり、何が同じか?

農業、林業と比べて漁労の歴史は格段に古い。その意味では漁労とは農業や林業とは全く異なる歴史を辿って来たと言える。
漁労とは狩猟、採取、漁労という3つの枠に入る人類で最も古い生産様式の一つを引き継いでいる。ところが漁業となると農業が1万年前に比べるとかなり歴史は浅く、せいぜい1000年前、つまり市場の歴史が漁業の歴史でもある。しかし、一方で漁業やそれに従事する漁師がその後に発生した工業や商業と比べて本源性を維持し、漁業という集団を自治し、海や川という境界のない世界で互いにルールを決めて自制していた事は特筆に値する。市場に巻き込まれながらも近年においてさえその制限を守り、海に入るときには古くから入会という独占を制限する習慣を有していた。
地球上のあらゆる産業が際限なく発展し、自然を破壊し、自らの生きる場を改悪したのに対し、海で生きる漁師はそれに抗い、自然の摂理の中で生きることを知っていた。

【農の歴史】第3回 麦作文化と稲作文化

一般的に小麦は乾燥地帯にも適応できる強い作物。稲は十分な水を要する作物とされています。それが民族ごとの労働観に繋がっているという指摘があります。小麦は水が少なく、傾斜した地でも育てることが可能です。そのため、どれだけ耕地面積を増やせるかが生産性に直結します。一方稲は、多量の水が必要で、平らな場所でないと育ちません。日本の原風景である美しい棚田も、傾斜な土地を平らにして水を張っていますね。
簡単に言ってしまえば、稲の方が手間が掛かるのです。個人で土地を平らにして、水を引くのは至難の業で、周りの人との協力が欠かせません。また、定期的な水の入れ替えや苗代づくりや雑草刈りなど…生産意欲がなければ、とてもやっていけません。

これらのことから、小麦作の地域では「個人主義」や「奴隷制度、機械化」が定着していくのに対して、稲作の地域は「相互依存性、集団意識」や「勤勉」が重要な規範となったという分析があります。

【農の歴史】第4回 林業の歴史=植林の歴史

江戸時代の始まりは日本中の山々は殆ど禿山でした。樹木を得るために既に本州には木がなく北海道まで遠征した。結果北海道の山まで殆ど禿山になった、現在の日本の風景とは全く異なる日本があったそうです。
禿山と林業、大いに関係があるようです。つまり林業とは木を切って売る業ではなく木を植える植林がはじまりでありその本質のようです。
植林の始まりは室町からと言われていますが、実はもっと昔、奈良、平安時代から植林は進められており、676年森林伐採を制限した法制ができた辺りからかと思われます。自然の資源は限界があり、取りすぎない、循環の中で恵みを得るという発想は元々縄文時代から我々日本人のDNAに組み込まれており、江戸時代になぜ国家事業として成し得たのかは、徳川の力というより、縄文体質を持った徳川が日本人の本来持っていた価値観に訴える事ができたからではないかと私は思います

【農の歴史】第5回 縄文人は農耕をなかなか受け入れなかった?

狩猟採集民は自然に対して常に「何が起こるか分からない、未知の存在」として認識しています。時には恵みを与えてくれる感謝の対象であり、時には災害をもたらす畏れの対象です。人々はそうして常に変わり続ける外圧に「今」「どうする?」をひたすら考えているのです。あくなき自然への同化追求=一体化追求が意識の根底にあるとも言えます。
それに対して、農耕民族にとっての自然は、(未知は未知なのですが)ある意味「こうあるべき(こうあってほしい)」という「正解」を探る対象です。ここで言う未知とは、「あるべき理想との差」のことであり、追求とは「あるべき正解に正す」行為と言えるかもしれません。
余談ですが、農耕牧畜は私権意識⇒略奪戦争の起源という説がありますが、この、「自然を人間のために“正す”」という意識は、自然を支配し、破壊する近代科学につながっている可能性もありますね。

【農の歴史】第6回 日本農業の歴史~、農業は渡来人支配の歴史でもあり、共同体温存の歴史でもある。

農業の始まりから拡大まで~
稲作を中心とする農業とは渡来人の縄文人支配の為の道具であり、それを受け入れた縄文人もまた舶来思考、受入体質故に、そのやりかたに巻き込まれていった。そこに巧みに神社を使い稲を神格化していったという歴史がある。つまり稲作の歴史とは支配から始まっている。しかし、一方で大衆側(縄文人)は決して搾取という意識では捉えておらず、ありがたい恵みとして稲を迎え入れていく。その後 縄文人集落は農業によって惣村という形で共同体として温存されていき、農業は支配の歴史の裏返しとして日本人の共同体温存の歴史でもある。

【農の歴史】第7回 惣村の歴史は農村の歴史~日本独自の村落共同体の原型

鎌倉後期から自生した惣村は後に江戸時代まで続き、さらに明治以降も農村自治はこの惣村の延長によって続いていきます。

惣村の原理とは・・・
・「一致団結」
・自衛集団から自治集団へ
・リーダーによって構成される宮座という祭祀集団に依る運営
・寄合が最終決定で全員参加が原則
・全てのルールを自ら決めていった
・目的は戦乱や犯罪から村人の命や財産を守る
・団結を守るために村内の掟である惣掟を定め掟を破ったものは厳しく処罰された。

惣村そのものが、政治の三権を全て担って自らの生きる場を自ら作っていった、まさに縄文時代の共同体が農と中世の危機によって復活していったのです。このような事例は世界でもおそらく日本だけです。農業にその力があったのか日本人の本来持つ縄文体質(協働性)にその力があったのか、議論が分かれるところですが、水田稲作というのは麦作文化と違って奴隷根性や労働管理された中では生産性は向上しないということの現れだと思います。後に江戸時代に惣村の最小単位が家族単位まで分割された小規模農業は最大の効率と品質を上げていきます。

 

【農の歴史】第8回 江戸の農~”いつから・なぜ”農民は百姓になったのか

百姓は百の業なだけでなく、百の作物であり、そのためには徹底した自然への同化、追求、知恵に長けて、ゼロから有を作り出していく存在といったところでろうか。いずれにしても専門分化した現在の職業人とは全く別のベクトルを求められた万能人だったのだと思う。それが江戸時代、小農制の中で生み出された新しい農のありようだったのではないか。

総じて江戸の農業化は小農化⇒勤勉化⇒多職能化⇒高度化。

それを支えたのは農業全書や地域の農業を中心とした人の繋がりであったと思われる。これは市場化に刺激を受け日本人の勤勉、惣村を中心とした地域連携等様々な集大成が江戸で完成したと見られる。
その中でおそらく農が日本で初めて、そして最後に商売になった。江戸の農業がどうやって市場経済に載せたか、現在とはまったく異なる視点がありそうな気がする。江戸の農とは大衆の能力革命を起こしたのではないか?=それが最初に提起した「百姓」という言葉に象徴されているように思う。

 

【農の歴史】第9回 江戸の生産革命を支えた組織体制「五人組」とは

江戸の農は小農化→勤勉化により、生産性を大幅に伸ばしたことが分かってきました。これを「勤勉革命」と言いますが、この言葉は西洋の「産業革命」と比較して、経済学者の速水融氏によって提唱された言葉です。
江戸の農家は小農化に進みました。その中で生まれた「五人組」という制度について、最近の研究で明らかになりつつある内容を紹介します。
・「五人組」は教科書に書かれているような「お上から”相互見張り”のため強制的に組まされたが、ほとんど機能しなかった」組織ではなく、百姓自らが自主的に組み立てていった制度である
また、その中身は、〝見張り”というより、“共済”の色合いが強かった。“共済関係”から外れるような行為や態度に対しては厳しい処罰(村八分など)が設けられ、そうなれば農業を営むことができなくなる
これらのことから、五人組とは一言で、「助合」の精神を基礎とした、自我を許さない強固な自治組織だったと言えるのではないでしょうか。

【農の歴史】コラム 古代から受け継がれる焼畑農業~農業を森の生態系に組込む仕組み~

【農の歴史】コラム 共同体持続の鍵となった水田稲作~自然と人に“開かれた”自給システム~

農ブログは近日中にまた新しいシリーズを3つ立ち上げます。ご期待ください。

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2021年11月18日

【農の歴史】第9回 江戸の生産革命を支えた組織体制「五人組」とは

前回の記事「江戸の農」より、江戸の農は小農化→勤勉化により、生産性を大幅に伸ばしたことが分かってきました。
これを「勤勉革命」と言いますが、この言葉は西洋の「産業革命」と比較して、経済学者の速水融氏によって提唱された言葉です。

こちらの記事に言葉の意味が紹介されています。

***
・産業革命のお膝元イギリスなどの場合、技術発展の方向は、資本を絶対的にも相対的にも増加させ、逆に労働の占める比率を低下させるという方向ですすんだ、つまり、一単位当り投入される資本/労働の比率を高める性格のものであったが、日本は逆に、資本ではなく、より多くの労働力を投入して長時間激しく働く方向に進んだという。速水は、この日本式の「より多くの労力を投入して生産量を増大させた」方式を、道具による改革である産業革命になぞらえて、「勤勉革命」と名付けた。

「勤勉革命」の特徴は、なによりも、その労働が強制されたものではなく、農民たちの自発的な意志によって進められたところにあるとしています。つまり、年貢などの負担が大きいためではなく、農民がより多くの収穫を目指して自発的に勤勉になっていったというわけです。

この結果として、農民は隷属的な身分から解放され、農業経営に対して自身が責任をもつシステムになり、農業経営はもっぱら勤労によって維持・発展されてきた「このような経験は工業化に際して大きな利益として作用した」と述べ、「一国の国民が勤労的であるか否かということは歴史の所産であり、日本について言うなら、それは17世紀以降、現在に至る僅々数百年の特徴なのである」(同)とまとめています。
***

では、江戸の農民はどのように勤勉革命の要となる「自発性」を高めていったのでしょうか。それを支えた要因の1つとして「組織体制」があります。
江戸の農家は小農化に進みました。その中で生まれた「五人組」という制度について、最近の研究で明らかになりつつある内容を紹介します。

画像はこちらよりお借りしました。

五人組の実態についてこちらのページで詳しくまとめてあります。

***
・深谷自身は、「しかし近世では、卓越した富裕 者の富の社会還元のほかにもう一つ、「民間」の世界が持つ自己救済力としての居村の内の 相互「助合」をあげなくてはならない」とし、近世日本の「百姓成立」は被支配者相互の共済によって支えられていたことも重要視している。

要するに、村や家は「共済組織」であると 深谷は言いきっているのである。こうした村の共済を支えていた制度の一つが、4~8軒の家から構成される五人組である。五人組は 日々の生活扶助や労働交換や村に対して年貢の納入責任を負い、また組の構成員の寄合の 出欠にも責任を負った。教科書では幕府によって相互監視のため農民に押し付けられたとされる五人組であるが、実は農家にとって生活を営む上で必要不可欠な存在であった。五人組は公権力によって強制された形式的なものにすぎないという従来の通説に対し、最近の研究では五人組の評価は大きく変わっている。

渡邊忠司は近畿の村で耕作用の牛を共同保有する「牛組」が中世から近世にかけて存在し、またその牛組が五人組とオーバー ラップする場合が多かったということを指摘している。つまり、5戸程度の農家による相互扶助のための組織は地域社会にもともとあったシステムであり、政策によってトッ プ・ダウン方式に農家が組織されたと側面だけを強調する従来の研究史の認識には無理があると言っていいだろう。五人組はトップ・ ダウンの運動によって作られたものではなく、地域社会に中世から存在したボトム・アップの運動の成果を公権力が巧みに利用したと解釈する方が妥当なのではないだろうか。

本稿の読者であれば、誰しも「村八分」という単語を一度は耳にしたことがあるだろう。村落共同体による、村のルール(「村掟」 「議定」)を破った個々の農家への制裁のことである。通説では、「村八分」は家族ぐるみ公私にわたる一切の交際を絶たれ、葬式や火災に際しても村人の助力を得られない状態を指す。煎本増夫は「五人組を除かれると農業経営が不可能になるほど、五人組が村落生活に欠くべかざる存在になっている」とし、五人組が相互扶助組織として機能していたことを主張している。要するに、五人組は農家が経営の安定を計る上で、村よりも直接的に必要不可欠な組織であるというのである。煎本は相模国足柄下郡堀之内村(現在の小田原 市大字堀之内)の寛文二年(1662)の「五人組定書」の条文に「五人組の入申さず候者、 郷中に置き申すまじく候事」とあるのを紹介し、日本近世においては、その「村八分」は「組はずし」、つまり五人組からの除名と同義であったとする。「組はずし」が制裁になりうるためには、五人組が実際に機能し、相互扶助や安全保障の組織として農家経営の安定化に寄与していなければならない。古い通説のように「五人組制度が頗る形式的なものに過ぎず」、「五人組の編成も殆ど帳簿上のことだけであり、実際問題としては、ほとんど意義をなさなかった」のであれば、「組はずし」は制裁になり得ない。
***

まとめると、

・「五人組」は教科書に書かれているような「お上から”相互見張り”のため強制的に組まされたが、ほとんど機能しなかった」組織ではなく、百姓自らが自主的に組み立てていった制度である

・また、その中身は、〝見張り”というより、“共済”の色合いが強かった

・“共済関係”から外れるような行為や態度に対しては厳しい処罰(村八分など)が設けられ、そうなれば農業を営むことができなくなる

 

これらのことから、五人組とは一言で、「助合」の精神を基礎とした、自我を許さない強固な自治組織だったと言えるのではないでしょうか。
そして「農業全書」のようなハウツー本も初めて流通し、技術力も格段に向上しました。

江戸時代とは、資本によって産業革命を果たした西洋と並び、五人組のような自治組織が社会を支えた、高度な生産力を持つ時代だったのです。

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2021年11月17日

農から考える自然の摂理~「土の仕組みを探る」:大地5億年の歴史が100年足らずで破壊されていく

これまで見てきたように、自然界では、土が酸性になる現象はあるものの、生態系全体としては養分が失われにくい仕組みを絶妙なバランスの下で成立させてきた。
【「土の仕組みを探る」:瀕死の微生物たちが森の生態系を守る】

農業も、初期は焼畑農業をはじめ自然界の仕組みに寄り添いながら生産力を少しずつ高めていく手法が試行錯誤されてきた。
【古代から受け継がれる焼畑農業~農業を森の生態系に組込む仕組み~】

しかし人口増加の圧力を背景に、20世紀初頭に登場した「世紀の大発明」は、後の爆発的な人口増加と引き替えに、5億年かけて築かれてきた土壌の生態系を、わずか100年足らずで破壊していくことになる。

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2021年11月16日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-12~人をつなぐ力×理論をつくる力を育て、地域を活性化

前回までの投稿で、農村学校の成長の基盤となるのは、「いかに農の担い手である当事者度を高めるかが重要」だということを見てきました。農業技術も当然のことながら重要ですが、その根っこには、「みんなにおいしい野菜を届けたい」⇒「地域を活性化したい」⇒「日本の農業を救いたい」という志が不可欠であるということです。

学びの本質は、農業に挑戦したい若者たちが、自分から仲間、そして、地域・日本へと対象世界を広げ、その当事者として成長する場をつくること。今回の投稿では、そのように「人をつなぐ×理論をつくる」の場づくりを具体的に実践している2つの先進事例を紹介します。

画僧は、こちらからお借りしました。

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2021年11月12日

『農村学校をつくろう!』シリーズ-11~現実の課題の中で、自らが主体となって動く中でしか人は育たない

前回の記事では、人間本来の潜在能力を開放する自然の力について書きました。シリーズ5で、農業の場が、人の気持ちを前向きにし、人間本来の追求心を開放したり、人と関わること、役に立つことによる充足を感じる力を解放するのと似ていますね。どちらも、自然を相手にしたとき、”しんどい””めんどくさい””嫌われたらどうしよう”などの余計なこと(観念)を考えている暇がなくなり、目の前の課題や対象(自然・人)に意識が没頭するのがポイントなのでしょう。

 

今回は、これまでシリーズでお届けしてきた記事の中間総括を行いながら、これからの社会に求められる農村学校とは?を改めて整理し、ポイントを抽出してみたいともいます。

 

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