『農村学校をつくろう!』シリーズ-12~人をつなぐ力×理論をつくる力を育て、地域を活性化 |
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2021年11月17日
農から考える自然の摂理~「土の仕組みを探る」:大地5億年の歴史が100年足らずで破壊されていく
これまで見てきたように、自然界では、土が酸性になる現象はあるものの、生態系全体としては養分が失われにくい仕組みを絶妙なバランスの下で成立させてきた。
【「土の仕組みを探る」:瀕死の微生物たちが森の生態系を守る】
農業も、初期は焼畑農業をはじめ自然界の仕組みに寄り添いながら生産力を少しずつ高めていく手法が試行錯誤されてきた。
【古代から受け継がれる焼畑農業~農業を森の生態系に組込む仕組み~】
しかし人口増加の圧力を背景に、20世紀初頭に登場した「世紀の大発明」は、後の爆発的な人口増加と引き替えに、5億年かけて築かれてきた土壌の生態系を、わずか100年足らずで破壊していくことになる。
●ハーバー・ボッシュ法
農業文明の発達以降、世界人口は農地拡大と栽培技術の発達によって少しずつ増加した。それでも、植物の光合成に必要な元素である「窒素」には限りがあった。大気中には大量にあるのだが、土の窒素は、動物のフン尿や、自然の窒素固定プロセス(マメ科植物など)に供給を依存しており、人口は土の窒素量によって制限されていた。
そんな中、1906年、ドイツの化学者フリッツ・ハーバーが、大気中の窒素ガスからアンモニアを合成する方法を開発した。水素と窒素からアンモニアができる。これを世界最大の化学メーカーBASF社のカール・ボッシュが実用化したことで、窒素肥料(特に硫酸アンモニウム)の大量生産が可能になった。
ハーバー・ボッシュ法の発明は、「水と石炭と空気からパンをつくる方法」として爆発的な人口増加につながった。世界の農地への窒素投入量は、20世紀初頭まではマメ科植物の窒素固定などによる1億2000万トンであったが、人工の窒素肥料がさらに1億トンを上乗せした。これによって、100年の間に世界人口は70億人まで急増した。現在の世界人口の3分の2、50億人が、合成窒素なしに生存できないといわれている。
●後戻りできない麻薬
ただし、窒素肥料は「麻薬」のようなところがある。一度依存した以上、それによる人口増加を養うためにはさらなる窒素肥料が必要になるのだ。
フン尿などの有機質肥料は弱アルカリ性のものが多く、酸性土壌の中和に働く。一方、ハーバー・ボッシュ法によって合成された硫酸アンモニウムは、土を酸性にする性質から、酸性肥料の異名を持つ。自然循環で生まれる慢性的な土壌酸性化の問題とは異なり、桁違いに速いスピードで畑地土壌の酸性化が進行した。
焼畑やフン尿、里山資源は自然のサイクルを利用したものだが、窒素肥料の製造には、石炭や石油などのエネルギーを大量に必要とする。エネルギーはタダではない。窒素肥料を畑にまくためにはお金が必要になる。お金を手に入れるためには、都市に向けた商品作物(自給目的ではない農作物)をつくる必要がある。もはや後戻りできない資本主義の原理が強く働いていく。
例えば少数民族が暮らすタイ北部の焼畑の村にも、資本主義の波は押し寄せた。世界的コーヒーチェーン店のコーヒー苗が届き、キャベツやトウモロコシを都市へ運ぶトラックが行き交うようになった。移動耕作をする陸稲の景観は、連続耕作のトウモロコシ畑やキャベツ畑に変化した。窒素肥料がまかれるようになり、やはり土壌酸性化が急速に進行した。
伝統的な陸稲栽培では穴を空けて播種するだけなので、土壌浸食は小さい。ところが、トウモロコシやキャベツの栽培は、土の耕起を伴う。これによって、雨や太陽にさらされる地表面積が大きくなると、微生物による有機物分解が促進され、また土壌浸食によって失われる表土も増える。これまで酸性化を緩和してきた土壌の有機物が失われやすくなったのだ。
●窒素肥料の功罪
そして現在、窒素肥料の生産量は自然の窒素固定量をはるかに超えている。
ハーバー・ボッシュ法の窒素肥料は、爆発的な人口増加を実現させた一方で、極限下の動植物たちが5億年かけて築き上げてきた土壌の生態系を破壊してきた。ここに至るまで、わずか100年の話である。
さらに言えば、投入される窒素肥料の実質的な利用効率は、数十パーセントにすぎない。環境中に放出された窒素肥料の大部分は大気に還るが、一部は環境に残留し、土の酸性化や水質汚染などの環境問題を引き起こす元凶となっている。農地における窒素の過剰負荷は、窒素の形態変化を通じて土の酸性化を加速し、これまでにない速度で土壌劣化を進めることになる。
<参考>
・大地の五億年~せめぎあう土と生き物たち(ヤマケイ新書/著:藤井一至)
投稿者 negi : 2021年11月17日 TweetList
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