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2014年08月22日

農を身近に★あぐり通信vol.30:ゆずの可能性を徹底追求 馬路村の挑戦

馬路村アクセス
現在、過疎に悩む各地の自治体で、地場の作物を自分たちで製品化し、販路を開拓して地域を活性化しようとする動きが広がっています。こうした生産(1次産業)・加工(2次産業)・販売(3次産業)を一体で事業化していくことを「6次産業化」と呼びます。

この「6次産業化」に成功し、今では年間34億円を売り上げるJA馬路村の事例を紹介します。

高知県・馬路村は、面積の96%を森林が占め、人口1000人に満たない村です。かつての村の産業だった林業の衰退に直面した1970年代から、昔から村で作られていた柚子を新たな産業にするべく取り組んできました。

しかし、馬路村の柚子はごつごつして見栄えが悪くて市場での競争力が弱い、果汁を売り出しても、高知県内では売り先がない等の逆境からのスタートでした。

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以下、引用は日本農業新聞e農netより

高知市内から車で約2時間。四国東部、徳島県との県境に位置する馬路村は、ユズの6次産業化で年間34億円を売り上げる。人口942人(平成26年6月30日現在)の約1割に当たる86人をJA馬路村が雇用し、ユズは村に欠かせない産業に成長した。直販を中心に展開し、消費者を飽きさせないようにいくつもの工夫を凝らし、全国にファンをつくってきた。安定した販路の獲得は、農家の生産意欲向上にもつながっている。

馬路村は中山間地域で農地が少なく、兼業農家がほとんど。青果で出荷するには年間7、8回の防除や肥培管理が必要だが、その時間がない。馬路村のユズは表面がごつごつして見栄えが悪く、青果出荷では競争力が弱かった。75年には本格的にユズ果汁の販売に乗り出したが、県内では飽和状態。売り先がなく安値で取引された。

こんなことでは農家の期待に応えられない――。危機感を持ったJAは80年ごろから独自販売に乗り出す。先頭で引っ張ってきたのは、当時JA職員だった東谷望史組合長だ。「県内で販売してもマーケットの拡大はない。早く大都市に流通をつくった方が生き残れる」と先を見据え、販売戦略を立てた。

車に商品を詰めて夜通し走らせ、大消費地の東京や大阪などの物産展で売り歩く日々を10年以上も続けた。張り切って積み込んだ商品が売れ残り、大半を持って帰る日もあった。

光明が見えたのは、大手デパートの「101村物産展」で、ポン酢しょうゆ「ゆずの村」が大賞を受賞した時だ(1988年)。大きな追い風になった。

「ゆずの村」はじめ、ユズ果汁と蜂蜜で作った清涼飲料水「ごっくん馬路村」など数多くのヒット商品を生み出した今も、毎年新商品を発売する。「新しい物がなければ、パンフレットの商品の位置が違うだけ。お客さんは物足りないし、飽きるし離れていく」(東谷組合長)からだ。商品は60~70種類に増え、売り上げは80年に3千万円→88年に1億円、93年に10億円、98年に20億円、2005年に30億円を突破した。

■販売戦略

ここまでJA馬路村が成功したのは、地道な活動で大消費地での販路開拓をし、多様なヒット商品を開発してきたことの他にも、商品の素材となる柚子を安全・安心なものにするため、無化学肥料・無農薬を徹底し、柚子と村全体のイメージをリンクさせてブランド化する販売戦略が挙げられます。

高知県馬路村を訪れると、村公認飲料「ごっくん馬路村」のイメージキャラクター“ごっくん坊や”が、案内板や馬路温泉など至る所で出迎えてくれる。年間900万本を製造する「ごっくん馬路村」のヒットが、「村丸ごとユズ」のイメージを根付かせ、馬路村ブランドの構築に成功した。

村の少年が登場するテレビコマーシャルを高知県内と中国四国地方で放映し、認知度向上にも取り組んだ。その数は約50本。今では商品をきっかけに県内外から馬路村に訪れる観光客が増え、年間6万人に上る

ユズは全て無化学肥料・無農薬で栽培し、素材の安全・安心にも徹底してこだわっている。商品をブランド化するための販売戦略の一つだった。

有機JAS認証を取るには研修を受けるなど手間が掛かる。そのため、認証を取るかは個人の自由に任せたが、(1)化学肥料・農薬・除草剤は使用しない(2)ユズの栽培に関する化学肥料・農薬をJAは取り扱わない、販売しない(3)山の落ち葉を入れて自然の力でユズを育てる――などの行動指針を策定。ユズ部会195人全員が指針通りに栽培し、11人の農家が有機JAS認証を取得した。

初めは反対もあったが、「お客さんが喜ぶユズ栽培をみんなでやらんかい」。農家のこの一言で方向が決まった。JAは有機JAS認証の検査料の8割程度や有機肥料の半額、もしくは3分の1を補助して後押しする。

ユズは皮から実、果汁、種まで丸ごと使い切るほとんど利用されず廃棄していた種も、高知大学と共同で種子油の機能性を研究し化粧品を開発。2011年3月に販売を始めた。使い切れない部分は15年ほど前からJAが堆肥にし、農家に無料で配布して循環型農業を実施。

無駄なく利用することで付加価値を高め、消費者へのPR、農家への利益還元につなげている

ユズは全量JAが買い取り、年間700~800トンを集荷する。キロ単価は150~170円。有機JAS認証農家からは、10円高く買い取る。剰余金は出資配当と特別配当にする。

■情報発信

栽培を担う農家を組織化するとともに、お客さんへの情報発信⇒ファン作りの徹底ぶりが際立ちます。
それを、商品だけでなく馬路村自体のファン作りへも繋げています。

商品を注文すると、高知県馬路村の今を伝える「ゆずの風新聞」が同封されて届く。新聞は毎月発行し、農業以外にも村民の生活風景を紹介する。直販で重要なのは、情報発信だ。「ゆずの風新聞」もその一つのツールで、商品だけでなく村のファンづくりに役立ち、リピーターの確保につながっている。

季節ごとに送付するダイレクトメール(DM)は、「ごっくん坊や」の生みの親でデザイナーの田上泰昭さんと広報担当者が会議を重ね、1カ月ほどかけて制作する。デザインは毎回異なる。「DMはお客さまへのあいさつも兼ねて、読んでわくわくするようなものを作るよう心掛けている」と、JA馬路村営農販売課広報係の本澤侑季さん(25)。

実際に、DMを送った後は注文が増加する。同JAの東谷望史組合長は「(前に送ったDMが面白ければ)期待をして封筒から出してみようとなる。意外性がなければ、また来たかと封を開けずにごみ箱に直行だ」と内容の重要性を強調する。DMを初めて発送したのは1980年。1、2人に手書きの注文書を送るところから、今は15万人に年間約5回送付するまでになった。

馬路村ゆず加工場

 

2006年には加工・梱包(こんぽう)設備、研究開発室などを備えた「ゆずの森加工場」を15億円掛けて整備した。馬路村が誇る杉や、外壁にしっくいを使ったこだわりの建築だ。加工や梱包の様子を見学することができ、年間約300団体が視察に来る他、中・高生が修学旅行で訪れるなど多数の観光客が来る。工場は「客を呼んで見て楽しませる」ことを意識して造った。これもファンづくりの一環だ。

■馬路村の志

JA馬路村の東谷組合長は、現状の成果に留まらず、事業を更に拡大していく目標を設定しています。それは、自分たちの働く場を創り、人口減少を何とか食い止めて村を存続させたい、という強い想いがあるからなのです!

課題もある。その一つが生産の安定だ。ユズが全国的に不作で原料を切らし、得意先を失って売り上げが減少したこともあった。そのため、08年から3年ほどかけてJAが1.5ヘクタールのユズ畑を造成した。「朝日出山」と名付けて組合員に貸し出し、生産拡大に取り組んでいる。ただ、中山間地域の馬路村での生産には限度がある。そこで、県内産地との連携にも乗り出し、他産地から無化学肥料・無農薬で栽培したユズを購入している。

今後の目標は、売り上げの1割弱を占める化粧品事業を50億円まで拡大させることだ。国産原料を使った化粧品はまだ少なく、需要が見込める。「女性が美しくなりたいという気持ちを後押しするのは夢があるだろう」と、笑顔で語る東谷組合長。

JA馬路村ホームページより

――今後の課題は何ですか。

村にとっての大きな課題は人口減少だ。ただ、若者が結婚して子どもを育て、その子どもが村外に出ても成長して帰ってくる、あるいは違う地域から人が入ってくるという人の循環ができれば、村を維持することは可能だと思う。

そのために一番重要なことは、働く場があるかだ。村は1次産業だけで暮らしが成り立たない。土地がないし、林業が全く駄目。特に中山間地域は女性の働く場が少ない。女性がいなければ男性も帰ってこない。JAでは、オペレーターや荷造り係など女性の働く場をつくった。雇用の場を確保するためにも、さらに事業を発展させていきたい

ゆずの可能性を追求することで、農家の生活を守り、村を存続させる。全国のお客さんに喜んでもらうために、常にお客さんの視点を大事にする。
組合長をはじめとする、 JA馬路村の「志」=「本気度」が、成功の原動力なのではないでしょうか。

投稿者 noublog : 2014年08月22日 List   

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