食料問題シリーズ8:「大量生産、大量消費の食生活」から「人と人の繋がりのなかで充たし合う食生活」へ |
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2022年02月11日
『農業と政治』シリーズ9 農業が衰退するのになぜ農協は発展するのか
山下一仁氏が2015年に著した「日本農業は世界に勝てる」という本があるが、その中に農協の事を厳しく指摘した章があります。このシリーズで書いてきた農協の問題を重ねて指摘していますので今回はそこを紹介していきます。
「農業が衰退するのになぜ農協は発展するのか?」
農政共同体の中心にいるのは、農林水産省ではなく農協である。農業、特に米農業が衰退する一方で、米農業に基礎を置く農協は大きく発展し、その貯金業務を担うJAバンクはわが国2位を争うメガバンクとなっている。いくら高米価から得られる販売手数料で潤っていたとしても、米農業が衰退してしまえば、販売手数料も減少する。しかも、農協は農家を組合員とする協同組合である。農業が衰退するのに農協が発展するということは奇妙ではないだろうか?実はここに日本の農業の発展を阻んできた最大の原因があるのだ。
それを説明するためには農協がどのような組織なのかを説明する必要がある。日本の農協という存在は、世界の協同組合の中でも、日本の法人や協同組合の中でも特異である。欧米の農協は、農産物の販売、資材購入、農業金融などそれぞれに特化した農協である。オレンジで有名なアメリカのサンキストや、ニュージーランドの巨大乳製品事業体であるフォンテラも、農産物の販売を行う協同組合である。オランダのラババンクは金融を専門とする協同組合である。日本の農協のように、銀行、生命保険、損害保険、農産物や農業資材の販売、生活物資、サービスの供給など、ありとあらゆる事業を総合的に行う組織ではない。
つまり、わが国の農協は欧米にも日本にも他に例をみない稀有な組織なのである。それだけではない。問題は、この組織が政治活動まで行っていることだ。欧米にも、農業の利益を代弁する政治団体はある。しかし、これらの団体自体が経済活動を行っているのではない。日本の農協は、政治団体であり、かつ経済活動を行っている。このような組織に政治活動を行わせれば、農業の利益というより、自らの経営活動の利益を実現しようとすることは容易に想像がつく。その手段として使われたのが高米価政策だった。
米価を上げて生産コストの高い非効率な米の兼業農家や高齢農家を滞留させ、米農業を衰退させたことが、さらなる農協の発展につながった。零細な米の兼業農家の農業所得はきわめて低い。しかし、その農外所得(兼業所得)は他の農家と比較にならないくらい高い。しかも米は農家戸数の7割を占め、他の農業に比べると戸数も圧倒的に多い。従って、農家全体では米の兼業農家の所得が支配的な数字になぅてしまう。
2003年、農業所得の割合は1955年の67%から14%に大きく減少している一方で農業外所得、年金は大きく増加している。2003年では農業所得110万に対して農外所得は432万円で4倍、年金等は229万円で2倍である。
さらに兼業農家や高齢農家は農業からいずれ脱出しようとしている人たちなので、農地を宅地に転用したいから高く売ってくれと言われると、喜んで売ってしまう。これは銀行業務を行う農協経営には好都合だった。事業収入や年金収入だけでなく、農地を転用して得た年間数兆円に及ぶ利益も,JA農協バンクに預金してくれたからである。こうしてJAバンクの貯金残高は約94兆円にまで拡大し、みずほ銀行とわが国2位を争う規模になっている。銀行以外も農協保険事業の総資産は52兆円で最大手の日本生命の56兆円と肩を並べる。農産物や生活物資の売上でも中堅の総合商社に匹敵する。農協は多くの事業を行う巨大企業体となって発展したのである。
農協の建前は加入も脱退も自由な協同組合である。しかし、戦前の統制団体を引き継いだ設立時から農家は全戸加入。主業農家の農協離れも指摘されるが、さまざまな脱退抑止工作が行われるため、農協から脱退するのは容易ではない。農業を営むのをやめた人も今やっている人も、ほとんどが農協会員である。
農協は残りの資金をウォール街などで運用し、大きな利益を上げてきた。「脱農化」路線で発展してきた農協は、ずっと以前から農民のための互助的な金融機関としての役割は失っている。農協は自由貿易や経済界の主張を市場原理主義、新自由主義だとして批判するが、農協こそ資本主義を巧みに利用して発展した存在だと言える。農業が衰退するのに農協が発展したというよりも、農業を衰退させることによって農協は発展したと言ったほうが正確だろう。その基礎にあったのが農協制度と高米価政策だった。この2つの歯車が絶妙に噛み合った。高米価で兼業農家を維持したことが、銀行業務などありとあらゆる事業を行う権限を与えた特権的な農協制度とうまくマッチしたのである。
投稿者 tano : 2022年02月11日 TweetList
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