【「新しい農のかたち」の実現に向けた政策提言】(3)日本の農業に可能性あり!~生産効率は飛躍的に向上している~ |
メイン
2010年01月05日
多様な地場産業の結節点「木次乳業」
こんにちわちわわです。
今回は自然な農法や地域連携に取り組む「木次乳業」の活躍を紹介します。
島根県雲南市木次町の木次乳業。奥出雲地域の地場産業の結節点である。資本金1000万円、年商約15億円。奥出雲地域の酪農家35戸中33戸から集乳し、地域の酪農の要である。
消費者グループとの提携をベースに、島根県内や関西・関東のスーパー・百貨店などの一般流通にも、無理な規模拡大をしない範囲で出荷している。販売比率は、県外6割・県内4割だ。
加えて、低農薬ブドウ栽培や平飼い養鶏などに取り組む農家の経営を支援し、低農薬ブドウのワイン、平飼い有精卵、卵油など、新しい地場産業を作り出してきた。
木次乳業は、拡大の一途をたどる営利優先企業とは一線を画する。それは、日本列島がバブル景気のあだ花に酔いしれる1989年を「地域自給元年」と位置づけ、50aの畑を社員が耕し、社員食堂の食料を自給する「手がわり村」制度を創設したころからも推し量れる。
もっと知りたい方↓↓ぽちっと!
■自分の足で立つ、家族で立つ、地域で立つ、最後に国で立つ
その根底には、創業者で現在相談役の佐藤忠吉さんの揺るぎない自給の考え方が流れている。
「まず、自分の足で立つ。それから家族で立つ。次に地域で立つ。最後に国で立つ。一人じゃない、仲間といっしょに。手近な地域にある全てのものを活かし、自己の生活を自給することから、本当のいのちを養うに足るものの生産が始まり、さらに自給の密度が高くなるにしたがい、個々の力の小ささ、限界に気づき、域内共同の必要を生じるだろう。そこから域内交換に発展し、域内自給が芽生えるだろう。」
■酪農家の共同体
1953年木次町の有志6名で酪農を始め、進取の気性に富んだ彼らは近代農業の尖兵よろしく、農薬、化学肥料に依存した農業に転換していったが、60年代に入ると牛乳に硝酸塩中毒や、乳房炎などが続出。以後山野草主体のエサに切り替えたところ、牛はやがて健康を取り戻した。
そして、62年、学校給食に生乳を納品する関係で、有限会社として「木次乳業」を設立。20頭の小規模な酪農と併せて、米や野菜や味噌や木炭などの生産をしていたが、集乳の際、生乳だけでなく、鶏卵や豚肉、野菜などの集荷や配送も引き受ける。単なる乳業会社にとどまらず、生産者と消費者が提携する拠点としての役割を当初から担ってきた。
72年には、木次有機農業研究会が発足。北欧の酪農思想を取り入れ、5年の歳月をかけて、低温殺菌牛乳の開発に着手し78年に販売開始。
木次乳業の食に対する真摯な姿勢に共鳴した松江市の「たべものの会」が、まず共同購入を開始し、以後、京阪神をはじめ、まっとうな食べ物を求める各地の消費者団体や生協へと広がってゆく。
■行政や流域との連携
木次有機農業研究会の活動は忠吉さんの凛々とした人柄も手伝ってか、斐伊川流域に広がってゆき、85年には、出雲市と松江市の有機農業研究会とともに、「斐伊川を結ぶ会」を結成。会の目的は、斐伊川の上・中・下流域がたがいに交流を深め土に根ざした21世紀出雲流域文化を創造しようというもの。
それを実現したのが、昔ながらの手法で作った自然酒「斐伊川おろち」だ。上流でその水を使って酒米を作り、中流でその伏流水を使って酒を作り、下流の人々が飲むというものである。
89年に就任した町長は「健康農業」を提案し、農薬の空中散布を中止。さらに、90年、30haの山林を借り、日登牧場を開設し、輸入穀物飼料にたよらない、山地酪農の実践を始めた。これは、高齢者・女性・障害者にも取り組みやすい酪農のあり方として、一つのモデルとなっている。
■食にかかわる企業で作った風土プラン
91年には、奥出雲地域で食にかかわる企業10社が出資した株式会社風土プランを創設した。
昔ながらの伝統圧搾法にこだわった醤油会社、無農薬栽培の製茶所などの小さな企業の商品の流通や技術開発について情報を交換しあう、サロンのような場が風土プランである。同時に、各社の製品や有機農産物を全国に宅配し、自然食品店への卸売りも行っている。
■遊びをもちつつ、多様な連携
農園を見渡せる二つの丘の上には、町内でダム建設に伴い水没する運命にあった茅葺き民家と瓦葺き民家が1軒づつ移築された。それぞれ、研修・交流と宿泊施設に生まれ変わっている。ここには老若男女が、それぞれの熱い思いや夢や問題意識を胸に全国から集まってくる。地域に小さな産業がたくさん存在し、互いに連携し合う豊かさを、若い世代は理屈抜きで感覚的に知っているのかもしれない。
忠吉さんは木次乳業の仕事を通じて、多様な連携パターンを必要に応じて使い分けてきた。木次町、奥出雲地域、斐伊川流域には、同心円や、楕円の軌道を描くように、ゆるやかな連携の輪がいくつも描かれている。その中心には、常に木次乳業がある。
投稿者 tiwawa : 2010年01月05日 TweetList
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.new-agriculture.com/blog/2010/01/1047.html/trackback
コメント
投稿者 red hermes bags : 2014年2月2日 07:46
hermes paketshop freiburg herdern 新しい「農」のかたち | 乳酸菌で放射能汚染された土壌を改善できるか?【2週目 結果報告】
投稿者 replica designer bags in dubai : 2014年2月6日 22:50
新しい「農」のかたち | 乳酸菌で放射能汚染された土壌を改善できるか?【2週目 結果報告】
投稿者 wholesale bags : 2014年2月10日 04:40
hermes bags berkman detailing 新しい「農」のかたち | 乳酸菌で放射能汚染された土壌を改善できるか?【2週目 結果報告】
投稿者 replica hermes online : 2014年2月18日 09:22
hermes bags buy games 新しい「農」のかたち | 乳酸菌で放射能汚染された土壌を改善できるか?【2週目 結果報告】
投稿者 hermes bag price list : 2014年2月20日 19:01
ebay hermes luggage 新しい「農」のかたち | 乳酸菌で放射能汚染された土壌を改善できるか?【2週目 結果報告】
投稿者 hellenic hermes : 2014年2月21日 15:56
hermes uk germany 新しい「農」のかたち | 乳酸菌で放射能汚染された土壌を改善できるか?【2週目 結果報告】