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2022年11月23日

映画「百姓の百の声」を観て②

11月20日大阪の十三の第7芸術劇場というミニシアターで100人少々を集めての映画「百姓の百の声」を見てきました。今回の記事は記憶の新しいうちにその感想とそこで語られた現役百姓の生の声をレポートしたいと思います。

映画「百姓の百の声」を観て – 新しい「農」のかたち (new-agriculture.com)

こちらの記事でも一度まとめていますが、別の視点から考察したことを書きたいと思います。

私は、普段、農産物直売所で、農家さんの営業の担当をしています。この仕事を始めて8年になり、通算1000人ほどの農家さんとお話をさせていただいたり、お付き合いを頂いております。

この映画の冒頭で、農家さんが畑で話をしている映像が流れ、字幕までつけてくれているのですが、「私たちは、日本人という民族のベースである農家の言葉がわからなくなってしまっているのです」というような主旨のナレーションが入ります。詳しく覚えていませんが「アルバリン」などの農薬や肥料の名前や「亜主枝」などの専門用語が多用されたり、意味が分からないのです。

この映画は、私たちが普段食べている農産物を作っている農家の声に、を傾けてみるとおもしろいよ聞いてみようという思いから作られた映画でした。

これは私個人としては非常に実感のある所で、8年前にこの仕事を始めたとき、農家さんのところに行っても、何を言っているか全くわからないのです。

でも、農家さんの多くは、そういった作物の生育の話や、育て方の話をしているときが一番楽しそう、ということも多々あり、そこに食らいついて、ひとつひとつ説明してもらってようやくわかるようになってきた。というのが実感で、8年たった今でも、まだわからないことがたくさんあります。

農家人口が減りすぎたこと、我々非農家が農家への関心が薄すぎること、また逆に、農家が農家だけの狭い世界の中で生活してしまっていることなど、原因は双方に様々だと思いますが、やはり「食」を支えている人たちとの距離感ができてしまっているところは何とかしたいところです。

 

■農家さんの喜び、醍醐味とは?

映画に出てくる農家さんの言葉で、印象に残っているのは、

トマト農家の清友さんが、「今まで見えてなかったものが見えるようになってきた。このことがすごく楽しく、農家の醍醐味だ」とおっしゃっていたこと。

またそのほかの農家さんも、自身が農業の実践を通して追求して見出した、農法、植物の特性や自然界の摂理、組織論などを生き生きと楽しそうに語っていたのが非常に印象的でした。またそのひとつひとつの追求内容も、非常におもしろく、気づきが多かった。

私は普段の仕事の中で接触する農家さんと話していても思うのですが、それぞれが毎年何かしらの成功と失敗を重ねながら追求しています。それの失敗や成功や気づきを、分かり合える仲間がほしい、ということを非常に強く感じていると思います。また、それをわかって売ってくれる販売者、わかって食べてくれる消費者とのつながりに、非常に充足感や安心感を感じているように思います。そこに、多少の売り上げの違いがあっても、わかってくれる人に育てた野菜を売ってほしい、食べてほしいという思いを非常に感じます。

 

■「共存共栄」「永く続くには?」を常に念頭に置く精神

また、映画の終盤で焦点が当てられていたのは、農家さんたちが常に念頭に置いている「共存共栄」の精神。たとえば、自分が開発したり発見した技術や、代々大切に紡いできた種などは、独占するのではなく“共有していくべき”という考えが、農家共通の価値観としてあります。

これは私も年配の農家さんから、何度も何度も教えていただいたことです。誰か一人が利益や技術を独占しても、その関係は永くは続かない。大きな儲け話も、永く続かない。売る人、作る人、買う人、3者が、みんなが利益を分け合って、永く続く関係を作るべき。実際農家さんは、ポッと出のもうけ話よりも、長く堅実に付き合ってくれる取引先との仁義を大事にします。

この精神は、農業を通じて、自然と向き合う中で自ずと肉体に染み付いた、摂理みたいなものなのかなと映画を見ながら感じました。

 

■若手農家が増えない、定着しないのはなんで?

最後のトークショーで会場から「若手農家が増えないのはなんでだと思いますか?」という質問が投げかけられました。なかなか難しい問題ですが、映画を見ながら2つのことを考えていました。

一つは、新規就農者かが、上述したような“農業の醍醐味”を感じ、共有することができる仲間(農家・消費者・販売者)を作れるか、ということ。新規就農者が陥りがちなのは、農作業に手いっぱいになって、消費者や販売者とのコミュニケーションが少なくなってしまうというパターン。一日中、ひとりで作業して、気づいたら1週間くらい誰とも話してなかった、なんてこともあると、新規就農の農家さんから聞きました。それくらい農作業はたくさんあり、こなさなければ食べられない。

今、農業を志す若い就農者には、「自営業で一旗揚げたい」「儲けたい」というような意識が強い人は本当に少ないと感じています。それよりも、おいしものを作りたい、自分の納得いくものを作って食べてもらいたい、消費者とのコミュニケーションを大事にしたい。そんな想いが強いと思います。だからこそ、独りぼっちは堪えるんだろうと思うのです。

もう一つは、その一方で実際十分食べていけるだけ稼げるのか、ということ。農作業で手いっぱいになってしまうのは、それくらい作付けしないと食べられるだけ稼げないから、という理由が大きいと思います。若い農家ほど、子供が小さかったりで、経営圧力が大きい時期ということもあるでしょう。

 

■我々のなすべきこと~都市型直売所事業の仕事としてのおもしろさ

そういう風に考えると、消費者の立場からできることは、映画の主題でもあるように、まず農家の声を聴くことなのかもしれないと思いました。

食糧自給率や、農薬・安全性の問題、また昨今では不安定な国際交易で本当に食糧の価格が不安定な状況が続いています。問題はたくさんあるけど、それを議論するより、まず食糧を作っている農家の生の声を聴くことから、食への主体意識が生まれるような気がします。

 

ここまで書いて、直売所事業って我ながら面白い仕事だなと思います。

直売所事業は、農家さんの話をよく聞いて、考えていることをお客さんに伝えて、農家さんにもお客さんにも喜んでもらえる仕事です。映画の冒頭にあったような専門用語だらけの会話を、非農家がわかるようにして伝えるのは結構難しいけど、それが面白いところでもある。

私は、直売所事業に携わりながら、いろいろな農家さんから元気を頂き、生活しています。そんな農家さんの活力を作れる仕事をしたいと常々思っているし、やりようによってはそれが本当にできるポジションです。

また、実際に「商売」なので、きれいごとだけじゃなくて、お互い食っていくためにどうするか?という生々しい付き合いができます。

 

何が言いたい記事なのかまとまらないですが、これからも農家さんと永くお付き合いしていけるような仕事をしていきたいなと思いました。

 

投稿者 o-yasu : 2022年11月23日 List   

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