「社会変革を事業化しよう」~農村を活性化させるために |
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2009年12月10日
自然農法から教わるものは?
<画像はコチラより引用させてもらいました>
現在、食糧危機問題どうする?を仲間と一緒に追求しているのですが、この間、仲間の一人 から、 「そもそもどういう農法だったら、食糧問題を突破できるのだろう?」という疑問が出されました
そこで、最近、農法に着目してみることにしました
とはいっても、仲間のメンバーも含めて農法にはどれくらい種類があるのかも良く分かりません・・・ 😥
まずは、どのような農法があるかのピックアップを行うところからスタートしてみました
そこでのまとめは、いずれ発表させていただきますが、今回は、農法の中でも有名な『自然農法』について、るいネットから紹介させていただきます
その前にいつものヤツをお願いします 🙄
ありがとうございます
それでは、さっそくいってみましょう
<『わら一本の革命』 ①科学技術の完全否定と誰でもやれる自然農法 井上宏氏
リンクより引用>
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この本を読んでみて、現代の仕組みが農業のみならず科学技術への信仰にもとづいてつくられていること、それが様々な弊害を生みさらに目先の技術を使って解決しとうと悪循環に陥っていくこと、それに対して自然の摂理に徹底的に同化して発想をかえていくことで、突破口が見えてくること・・・それらを確信し実線を重ねてきた先人がいる。
『わら一本の革命』 福岡正信 より抜粋引用
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・人間の知恵を使わない自然農法というものが、科学農法に太刀打ちできるものかどうか、ということをずっと問題にしつづけていたのです。(P19)
・あれもしなくてよいんじゃないか、これもしなくてよいんじゃないか
それより前から、いろいろ考えていた、米つくりの考え方を根本的に変えた自然農法を実践してみたんです。よりよくするための“技術”の寄せ集めは一切やめてしまって、逆の方向をとった。あれもしなくてよいんじゃないか、これもしなくてよいんじゃないか、ということを追求して、それらをみんなやめていった。
だから自分の米作り麦作りは極めて簡単なものになってしまって、もうこれ以上手を抜くこところはないようになってしまった。種を播いてわらを振るだけですから。だが米麦ともに反当たり十表以上をとるようになるまでには20年も30年もかかってきたというわけです。しかし、これは、自然農法で成功するには、長年かかるという意味ではありません。(P47)
・自然農法の四大原則(P48)
・第一は不耕起(無耕転あるいは無中耕)
・第二は無肥料
・第三は無農薬
・第四は無除草
・わらは地力を培い、土を肥やす。
30年間鋤いてなくて、その間に土がどう変化してきたか。普通の耕耘機で鋤いた土より深くなって、しかも腐食に富んだ黒い土になってきている。
それがどういうところから来ているかといえば、土で栽培されたものを全量、土に返す稲わら・麦わらの全量を、籾がらも全部土壌に還元する。・・・・こういうことを続けているから、肥沃な腐植土が出来るということなんです。(P64)
・技術がどうして発生したか?
稲作には田圃を鋤かねばならない、深耕するほど米がよくできる、こういう技術がどうして発生したか。それは鋤かなければならないような状態に田圃をしてしまった、ということの結果なんです。土を鋤いて水を入れて練って、壁土を練るようにして空気を追い出してしまい、バクテリアも殺してしまうようにした。土を死滅状態にして、そこへもってきて、肥料を入れると米はよくできる、という結論になった。
自然の土というのは、放っておいたら自然に肥えてきて肥料なんか入れなくってもいいようになっているんです。それを人間がいためつけて、力をなくしてしまっておいて、そこを出発点とするから肥料の効果が出ているように思われるにすぎないのです。軟弱徒長の水稲を作るから、農薬散布したら効果が上がった、というにすぎない。(P84 )
・とにかく私は、従来の農業技術を根本的に否定するところから出発しております。これは私が、科学技術というものを完全に否定しているということです。この科学技術の否定というのはどこからきているかというと、今日の科学を支える西洋の哲学の否定にもとづいているわけです。(P90)
(引用以上)
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一見、自然農法とは、何もしない放任農法のように考えがちですが、どうやら、『自然農法』とは、自然をとことん対象化し、自然の摂理に基いた農法と捉えることができそうです 🙂
対して、近代農法は、そもそも、化学肥料や農薬をつかうことで、本来もっている農への追求心=自然の摂理への同化をも放棄したと捉えることができます。
単純に、自然の一員である人類が、エゴ(利便性・快美性)を押し通そうとすれば、当然、他の生態系や自然に対して多大な影響を与えるという構造になっているのだと思います。
つまり、近代以降、
利便性・効率性△
↓↓
化学肥料・農薬の多投入→土壌汚染・環境悪化⇒化学肥料・農薬の多投入⇒・・・
という負のスパイラルに陥ることになったとは必然だといえそうです 🙁
自然農法は、 『自然の摂理』に学ぶことの必要性を提起しています。
この視点は、環境問題を如何に捉え解決に向けてどう対処すべきかの可能性をも示しうるのではないでしょうか
農法を整理していく上で、自然の摂理に基いた農法かどうかも重要な判断軸になりそうです。
『農法』 、もう少し、深く突っ込んで追求していきたくなってきました。
今回はここまでとします
以上 やっさんがお送りしました
投稿者 marlboro : 2009年12月10日 TweetList
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コメント
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