| メイン |

2020年01月30日

農と全人教育5~「食料としての価値」からの脱却

明治以来、日本が突き進んできた近代化の歴史は、農業の価値がとことん矮小化されてきた歴史ともいえる。

そして現在、農の多面的価値を追求する、という意識潮流の高まり。
行き過ぎた近代化への危機感を背景に、100年越しの”揺り戻し”が起きている。

 

以下、転載(農本主義が再発見されたワケ 著:宇根 豊)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

■「食料としての価値」からの脱却
農業がさまざまな価値を持つということはこれまで述べたとおりですが、かつての農本主義者が結果的に間違えたのは、戦略として、農業の価値を「食料」で表現しようとしたところだったと思います。それ以前の歴史を振り返ってみると、農業の価値は食料のみで測られるものではありませんでした。食料としての価値というのは、近年になって出てきたもので、とにかく明治以前の農業は、なによりもそこで生きていく生業でした。同時に年貢(税金)という価値を産み出すものでした。だから、百姓は農業で食料も生産しながら、蚕を飼い、綿を生産し、紡いで織って着物も生産していました。家も、材木や屋根に葺く茅も生産していました。水も土も生産していました。食料だけを生産していたわけではなかったのです。

それが明治になると、年貢から土地への課税に変わります。地租改正で農地に対する税金が一挙に増えていくわけです。そうすると、小作人に転落する百姓が多くなり、江戸時代よりもはるかに地主の土地が増え、全農地の半分以上にもなりました。明治のはじめは、百姓が支払う地租が国家を支えていたのです。固定資産税を工業や商業にかけるわけにはいかないから農地にかけて、これが国税の7割ぐらいを占めていたわけですから、この時代の農業は、税金の対象としての価値が非常に大きかった。これは言ってみれば、国富です。今で言うなら、国益の大半は百姓が稼いでいたのです。
でも、だんだんと工業が台頭してくると同時に農民運動も盛んになってきて、これ以上、百姓だけに重税を課すのはまずいということになった。そうして徐々に工業も所得を増やして法人税を払うようになってくると、税金のうち、農業が支える部分が相対的に小さくなるから、当然、農業が税金によって国を支えているというのも説得力が薄くなっていきます。そして、とうとう大正の末期に工業生産高が農業生産高を上回り、逆転するのです。そうなると、税金以外になにか別の価値を持ち出さないと、農業の評価が下がってくる。ということで農本主義者たちは「食料」を持ち出したのです。
食料だけは工業はぜったいに生産できない。明治以降、人口はどんどん増えて食料がだんだんと足りなくなっていくということもあって、食料を価値として持ち出すのは、その当時は効果的だった。ようやく「農業は食料を生産する産業なんだ」という位置づけが国民に浸透していきました。したがって「農業の価値は食料生産だ」という考え方は、少なくとも明治末期から大正ぐらいに出始めた、新しい思想だということです。

それが現代になって、今度は食料を外国から安く大量に買ってこられるようになると、食料としての価値だけで押し通すのも難しくなってきました。その食料の大半は、外国の見も知らない農地から生産されたものになったわけですから。そこで、農業には多面的機能があるなどという話になってきた。つまり、また元に戻ろうとしているわけです。

農業の価値を食料だけに特化しすぎたのは、とくに食料不足を経験した戦後農政と農学の誤りだったとは思いますが、それはやむを得なかった。それならば、また改めて元に戻ればいいのです。農という営みは、地域にとって、あるいは天地自然・山河にとっても大事なものです。人間がほんとうに人間らしく生きていくためには、そういう人間と自然のとのつきあいが大事なのです。ところが、そういうものは悉く経済価値がないものばかりです。国民はこれまでもそれをタダで享受してきたのです。百姓から見ると、そういうカネにならないものも、食料と同時に生産してきたのです。

これらのカネにならないものを支えるためには、農業の半分を資本主義の市場経済から外すしかありません。それが、今の時代の新しい農業の位置づけでしょう。たしかに昭和の初期の農本主義者たちは、こういう認識には到達できませんでした。天地自然に対して、地域の存続に対して、そこまでの危機感がなかったからです。当時は百姓が国民の半分を占めていましたが、現在ではたった2%です。百姓がこれだけ少なくなってしまうと、今のほうがもっと事態は深刻だと思います。

こういう話は、私の村に来てもらって、村の景色を見てもらいながら聞いてもらうのが一番よいのです。全国各地でこうした景色がなくなったらどうなりますか、と。実際、どこに行っても荒れた風景が目立つようになりました。百姓の目から見るととくに、休耕田は目立つ、耕作放棄された畑は竹林に変わっていく、山も荒れている。さらに、道路のわきは草が伸び放題、線路の辺りは除草剤をふって風景は台なし。生きものの種類も数も減ってしまい、姿を見かけなくなったものもいっぱいあります。ほんとうに情けない国土になっているのに、なぜ放置するしか能がないのでしょうか。

投稿者 noublog : 2020年01月30日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.new-agriculture.com/blog/2020/01/4339.html/trackback

コメントしてください

*