| メイン |

2019年10月24日

土の探求7~革命を阻む、根拠なき常識Ⅰ

土壌の健康を中心に据える。 自然と「共に」働く。

潜在思念ではその可能性を捉えていながら、革命はまだまだ道半ば。

阻んでいるのは、強大な既得権益層を中心に作り出されてきた、数々の根拠なき常識=神話。

 

以下、転載(土・牛・微生物 著:デイビット・モントゴメリー)

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

■神話の真実~化学製品は世界を養うか?
人間一人を養うのに要する土地の面積は、歴史を通じて減ってきており、世界の農業では今では一人当たり1/2エーカー(0.2ヘクタール。1エーカー=0.4ヘクタール)も必要としないところまで来ている。人間が狩猟採集生活を送っていた時代、たった一人を支えるのに約250エーカー(100ヘクタール)が必要だった。もし今も一人当たりそれだけの土地が必要だとしたら、現在の世界人口を支えるのに地球が500個いるだろう。農耕以前の食糧供給に戻ることは選択肢としてありえない。
もちろん、短期的には生産高を引き上げるが長期的には土地を荒廃させる農法も、長続きはしない。数十億人を末永く養えるように世界の文明を維持していこうとするなら、集約的農業を存続させられる農法を考え出さねばならない。問題は、どのようにして、だ。
既に土地に生命を回復させた農民の話を聞くと、現代農業の主な神話の正体がいくつかはっきりした。彼らは再三、慣行農法から離れることで土の肥沃度を増やし、農場の採算を改善したと私に語った。その体験談は、工業化され化学製品を多用する農業が今日の世界で我々のほとんどを食べさせ、より効率的であり、明日の世界を養う唯一の方法であるという思想を打ち砕くのに役立った。こうした因習的な知識を支える柱は、どれも事実ではない。一つひとつをもう少し詳しく見てみよう。

 

【神話その1】工業化され化学製品を多用する農業が今日の世界を養っている
国連食糧農業機関によれば、家族経営の農家が世界の食糧の80%を生産し、世界の全農家のほぼ3/4(72%)は1ヘクタール未満の規模だ。言い換えると、人類の多くは小規模な農場で栽培したものを食べているのだ。もちろん、大規模な工業化された農場は比較的少ない人数で、先進諸国に住む我々に食糧を供給できる。今日、アメリカで農民の割合はわずか1%ほどだ。しかし世界の農民のほとんどは、自分自身と家族を養うために耕作している。だから、工業的農業は”先進”諸国を養うが、人類を養ってはいない。それでも、私たちすべてが自分の農場で暮らし、そこで働くつもりでなければ、大規模農業は必要だ。だが農場は大きければ大きいほど効率がいいとは限らない。そこで第二の神話だ。

 

【神話その2】工業化され化学製品を多用する農業のほうが効率的である
ほとんどの産業には規模の経済があり、操業規模が大きくなるほど製造単価は下がる。しかし効率は生産単位当たりの資源使用量の観点から見ることもできる。1989年の全米研究評議会による権威ある研究は、「よく管理された代替農法はほとんど常に農薬、化学肥料、抗生物質の生産単位当たりの使用量が、慣行農法に比べて少ない」と結論している。

では、大規模な農場は単位面積当たりより多くの食糧を生産しているのだろうか?そうではない。そうした農場は特定の作物をより安く生産するかもしれないが、全体としてより多くの食糧を作っているわけではないのだ。
1970年代、当時のアメリカの農務省長官アール・バッツが農民に「大きくなれ、さもなければ去れ」と忠告したが、それは面積当たり食糧が生産できる量よりも、近代的な商品作物栽培への資本の要請にかかわっていた。大方の生産過程とは異なり農業には、総産出量という点で規模の経済が逆に働く。大規模で機械化された農場がより多くの食糧を生産するという広く行きわたった誤解は、”単一の”作物のヘクタール当たり生産高が元になっている。”多様な”作物を栽培する農場は、全体としてヘクタール当たりより多くの食糧を生産する。小規模で多様性の高い農場は、工業化された単一栽培の大規模なものより、面積当たりの生産量が多いのだ。
農業においてはこのように、大きければ効率的とは限らないことが数十年前から分かっている。1992年のアメリカ農業センサスの報告によれば、小規模な農場はエーカーあたり、大規模な農場の2倍もの生産高を上げている。世界銀行さえも、食糧安全保障が差し迫った問題となっている開発途上国で農業生産を増やす方法として、小規模農場を推奨している。

現代農業の効率についてもう一つの考え方が、私たちは食品1カロリーを栽培するのに10カロリーの化石燃料を燃やしているというものだ。このため、我々は石油を食べていると言われている。だが、天然ガスを食べていると言ったほうが正確だろう。工業的な化学肥料生産は、手に入りやすく安価なエネルギーに依存しているだけでなく、原材料として大量の天然ガスを消費するからだ。どんな生物も長期的に生きていくためには、食べることによって得られるエネルギーが、食物を手に入れるために消費するエネルギーを上回っていなければならないのは自明の理だ。現代社会がこの簡単な生存能力試験に合格しないことは、未来に関心を持つ者すべてにとって心配事であるはずだ。これが現代農業の第三の神話につながる。

 

【神話その3】集約的な農業化学製品の使用が将来の世界を養うために必要となる
近年、20世紀の後半に顕著だった収穫高の増加率が、頭打ちになり始めた。化学肥料の使用量を増やすだけでは収穫量を上げることができなくなった。すでに作物が吸収する量を大きく超えて与えているからだ。また肥料に対する植物の反応は、土壌有機物が少ない劣化した土壌で最大になる。言い換えれば、既に肥沃な土壌に化学肥料を施しても、あまり収穫高は上がらないのだ。農業化学製品の集約的な使用が世界を養うと度々言われるが、ここには見落としているものがある。土壌肥沃度を回復し、慣行農場にせよ有機農場にせよ少ない投入量で収穫を向上させる方法を採用して、生産量を増やす可能性だ。

投稿者 noublog : 2019年10月24日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.new-agriculture.com/blog/2019/10/4181.html/trackback

コメントしてください

*