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2019年07月18日

農をめぐる、世界の闘い5~フランスの農相が挑む認識闘争

【モンサントの不自然な食べもの】(2008年)という、フランスの映画があります。

同国が遺伝子組み換え食品に対して厳しい政策を取り始める契機となったこの映画。

この事象に象徴されるようにフランスは、”農”を取り巻く「常識」の背後にある欺瞞を暴き、新たな認識に基づく農産業モデルの実現に向けて動き出しています。

今回は、その認識闘争の最前線で奮闘する、とある農相の活動を通じて、農をめぐる認識闘争の実情をお伝えしていきます。

 

以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)

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2014年は国連の「国際家族農業年」で、この一環として同年九月にFAOは第一回目の「アグロエコロジー国際シンポジウム」を開催するが、カリフォルニア大学バークレー校のアグロエコロジーの専門家、クララ・ノコラーズ教授によれば、これもフランスの動きが牽引したという。

2012年12月に【ステファヌ・ル・フォル元農相】は「私はフランスを、ヨーロッパにおけるアグロエコロジーのリーダーにしたい。農業生産モデルを転換し始めていただきたい」と述べ、フランスをアグロエコロジーの世界のリーダーとすることを目指して「アグロエコロジー・プロジェクト」を打ち出す。2014年10月には「未来農業・食料・森林法」も可決され、同法は党派を超えて圧倒的大差で支持される。それにしてもなぜ、ル・フォル元農相はアグロエコロジーにいち早く着目したのだろうか。

 

■”飢餓問題”に潜む、欺瞞の構造
まずは国連が家族農業やアグロエコロジーを評価した理由から整理しておこう。FAOのホセ・グラシアノ・ダ・シルバ事務局長によれば、それは、決定的な二つの事実を公式に認めることから始まった。

第一は、家族農業が地元市場に食糧を供給して農村で雇用や収入を生み出している一方で、深刻化する食料危機が物語るようにグローバル市場では食料安全保障が到底達成できないことが明らかになったことだ。意外に知られていないが、世界の食料需要は、現在の生産水準でも十分に満たされている。事実、1960年代から世界の穀物生産量は三倍になったが人口は二倍にしか増えていない。今、世界各地で目にされているのは、食料があふれる中で飢餓が増え続けているという奇妙な現象なのだ。
遺伝子組み換え技術は、さしあたって高収量技術だとされている。「第二の緑の革命(遺伝子組み換え食品)」による食料増産によってのみ増え続ける人類の食料需要を満たすことができるという主張もそこからなされている。けれども、飢餓問題が「量」ではなく「配分」の問題であるとすれば、増産が必要だという主張そのものが論理的に破綻していることがわかる。この矛盾を克服するには、現在の生産、流通、消費システムを根底から改革するしかない。

第二は、食料危機には、環境、エネルギー、気候変動、社会構造と複雑な因子が絡み合い、単純な市場の論理だけでは到底歯が立たないこともわかったことだ。課題別の個別対応策では対処できない以上、コミュニティという地元レベルで、エコロジー的にも経済的にも健全な対策をトータルに講じていくしか術はない。そして、アグロエコロジーに取り組む地域は栄養失調や飢餓問題の根絶で着実に成果をあげている。皮肉なことだが、2008年の食料価格危機が家族農業やアグロエコロジーが欠かせないとのコンセンサスにつながったのだ。

 

■静かに広まる「再百姓化」~家族農業の方が力強い経営体である理由
とはいえ、小規模な家族農業よりも大規模な企業型農業の方が競争力があるというのが常識的な見解ではあるまいか。競争が苛烈になればなるほど小規模農業では生き残れず脱落していく。「農業をビジネス化せよ」「利益が上がる魅力的な産業へと転換させよ」と盛んに推奨されているのもそのためだ。若者たちを農業に引き留めるにもそれしかないというわけだ。けれども、オランダのワーヘニンゲン大学の農村社会学者、ヤン・ダウ・ファン・デル・プローグ教授は、現在の農業経済学はマクロ経済とミクロ経済との複雑な関係性を捉えきれない致命的な欠陥があると批判する。例えば、一口に「農業生産性」といっても、労働生産性もあれば、土地生産性や投入資源当たりの生産性もある。農業経済学はこれらをきちんと整理せず、ただ「労働生産性」のアップだけを重視する。労働生産性だけをみればたしかに小規模農業のそれは低い。けれども、面積や家畜当たりの生産性でみれば、小規模農業の方が概して高いし、収量も多い。したがって、企業型農業が離農した家族農業を吸収して規模拡大していくと、小規模農業によって達成されていた高い土地生産性が下がる。ミクロ単位でみれば企業型農業が成功しているのに、成功例が増えれば増えるほど、農業セクター全体の産出量は低下してしまう。こうした皮肉な現象がここ数十年、ヨーロッパでは現実に進行している。

今は政府からの補助金や支援政策があるために大規模農業ほど有利になっている。けれども、それは人工的に作られたものだし、グローバルな食料市場には常に不安定さがつきまとう。規制が緩和されればされるほど、グローバル市場は不安定化していく。したがって、大規模企業型農業といえども決してその経営は安定しない。

ここに企業型農業と家族農業との決定的な違いがある。企業型農場が生産しているのは「農産物」ではなく「商品」であって、金を稼ぐビジネスとして農業が操業されなければならないとみなす。だから、利潤があがらなければ経営が破綻する。けれども、こうした状況であっても家族農業者たちは農業を止めない。ある程度のマネーを稼がなければならないことは同じだとしても、自分が所有・管理する自然や社会資源に立脚しているから、市場にさほど依存していなくても生産できるし、価格変動に対してもより柔軟に対処できる。リスクが高くなればなるほどより力強く対応できるのは家族農業の方なのだ。

 

■就任早々の苦い経験から始まった、仏農相の挑戦
この再百姓化の概念を頭に入れていただいたうえでフランスに話を戻そう。ル・フォル元農相は、農業経済学を教える大学の研究者から政界に転じたのだが、2012年5月に就任した早々に直面した苦い経験とアグロエコロジー・プロジェクト発足とは無関係ではない。

フランスには「シャルル・ドゥ」という大規模養鶏ビジネスがあり、系列工場が飼料を供給し、目的のサイズまで飼育し、アウトソーシング化された輸送業者が加工処理場に運んで凍らせ、オーブンに入れるだけで食べられる鶏としてEU域外にも輸出するというビジネス・モデルを展開していた。ドゥ・グループは単独でヨーロッパ共通農業政策から最大額の補助金も受領しており、こうした大規模アグリビジネスこそが最も力強い経営体だと専門家たちは主張していた。
けれども、ル・フォル元農相が就任直後に、ドゥ・グループは三億ユーロ以上の負債を抱えて破産し、養鶏農家はもちろん、輸送業者にも賃金が支払われず、ブルターニュ地方の経済基盤は大混乱に陥る。延々と繰り返される会議と未払い請求書の山。結果として、ドゥ・グループは何百もの仕事をリストラすることで危機を乗り切るのだが、大規模アグリビジネス・モデルは、何かあれば機能不全に陥ること。そして、それが地方経済に何を意味するのかをル・フォル元農相は痛いほど実体験したのだった。
まさにプローグ教授の理論を地でいくような実例ではないか。このエピソードは従来の常識に疑問符をつけるのに十分役立ち、リスクを抱えた既存農政を転換することへの説得力をもたせたのだった。

 

■枠を越えた認識闘争に挑む、野心的な政策の推進
アグロエコロジー・プロジェクトは、経済・環境・社会という三分野を統合することで従来の農業モデルの転換を目指す。農業だけでなく、まったく同じ課題に、経済や環境、社会も直面し、バラバラに政策を打っていては対処できないからだ。とはいえ、アグロエコロジーは抽象的な机上概念ではない。現場での実践経験から成果をあげられることも明らかだった。ただ、惜しむらくはそれは数少ない草分け的な先駆者のものでしかなかった。そこで、プロジェクトでは2025年までに大多数の農業者が転換することを目標に掲げた。
同時に、アグロエコロジーは現在の経済成長モデルを見直し、別のやり方で生産・消費をすることを目指す。それは社会全体の思考法を変えることも意味する。そこで、ル・フォル元農相は、農業省や農業協同組合はもちろん、研究機関や農業教育機関、環境保護NGO、食品加工会社等も巻き込み、人々の意識転換のためにあらゆる関連分野をカバーする多様なプロジェクトを構築した。生産方法が変われば、マーケティングの内容や流通も変わる。食品加工業者や消費者を含めた川下側のすべての関係者に影響は及ぶ。プロジェクトは、あらゆるパートナーをこのセクターに巻き込む野心的な公共政策なのである。

2014年法では、2025年までに20万の農業従事者がアグロエコロジーを実践するとの具体的な目標値が掲げられた。フランスの農業従事者は60万だから、一見すると大胆な政策目標に思える。けれども、ル・フォル元農相は既存の数値を読み抜いたうえで、若者たちにはアグロエコロジーを実践できる能力もスキルもあるという、ゆるぎなき確信の下、「別のやり方で生産しよう」をキャッチフレーズに、次世代の農民たちに期待を寄せてこう呼びかけた。
「…いま我々が経験している危機から、若者たちのために雇用を創出すべく、多くの努力を農業教育に注ぐことが求められている。農業者の40%が引退する年齢に近づく中、我がフランスは、企業型農業によって長年苦しめられてきた農村景観を元に戻すことを約束する新たな農民たちの一大集団を必要としている」

投稿者 noublog : 2019年07月18日 List   

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