2022年7月5日
2022年07月05日
『有機農業をまるっと見る!!』シリーズ2 :欧米で有機農業が盛んな3つの理由
前回は、日本と世界の有機農業の現状をみてみました。
農地面積に占める有機栽培の割合を比較してみると、日本で有機JASを取得している農地は全体の0.2%。JASの認証は取得していないけれど農薬も化学肥料も使っていない、という農地を合わせても、わずか0.5%です。それに対して、EU全体では農地面積の8.5%、イタリアで15.2%、オーストリアに至っては25.3%に上ります。
一人当たりの年間有機食品購入額(2018年)で比較してみても、日本人の購入額約1,408円に対して、アメリカ人はその11.3倍、フランス人は12.4倍、スイス人は28.4倍も購入しています。
日本と欧米、なぜこれ程の差があるのでしょうか?
【その1】世界で有機農業が取り組まれている土地の3分の2以上が牧草地
写真はこちらかお借りしました。
世界で有機農業が取り組まれている土地の3分の2以上に当たる4,820万haは、実は牧草地として利用されています。牧草地での有機農業の取り組みが盛んだということなのですが、牧草地は、葉物野菜などの栽培に比べて手間もかからず、化学肥料や除草剤を使用することがもともと少ないので、有機栽培がやりやすい品目です。
日本でも牧草を生産しているにはしていますが、EUやアメリカなどの諸外国とは比較にならないくらい小さい面積です。
農地面積で日本が不利であることはわかりましたが、一人あたりの年間有機食品購入額が軒並み10倍以上の開きがあることの理由にはなりません。人間が直接食べない牧草は、有機食品購入額に含まれていませんから。。。
【その2】有機農業を推進するための政策や法律の後押し
例えばフランスでは、学校給食や病院給食、刑務所の食事も含めた公共調達のすべてに、オーガニックの食材を調達価格の20%まで入れることを義務化しています。自治体によっては100%有機になっていますし、高齢者への配食も公共事業としてオーガニック食材を利用しているところが増えていて、店舗も施設も有機の生産者を求めているような状況です。
日本では「有機食品を購入するのは、比較的裕福な意識高い系の人」というイメージがありますが、アメリカでは、いわゆる高級住宅街にあるスーパーマーケットはもちろん、貧困世帯が多く暮らしているエリアにも、日本よりも充実したオーガニックコーナーが設けてあり、どちらも同じ価格で売られています。つまり、貧富の差にかかわらずオーガニック商品が人々に選ばれているということです。
なぜ低所得層がオーガニックを購入しているかというと、政府による補助的栄養支援制度(SNAP、旧フードスタンプ制度)が機能しており、政府が配布している食料用クーポンを使っているからなのです。
日本にも前回紹介した「みどりの食糧システム戦略」や平成18年に策定された「有機農業推進法」、有機JAS認証制度がありますが、有機農法を指導する人材が不足していることや、有機農業をおこなっている生産者に補助金が出る訳でもなく、逆にJAS認証を取得するまで過程が複雑で負担が大きい、JAS認証に関する費用(講習会や登録費用)が高く、JAS認証で作物の売値が上がる保証がないことから、生産者が二の足を踏んでいるのが実態です。
【その3】有機を求める世論がひろく形成されている
欧米で有機が広がっている背景には、それを促進する法律や制度があるのですが、日本では政治的な側面でもかなり後れをとっています。
欧米ではオーガニックを推進する政策を公約に掲げた候補者を、選挙で当選させるという市民の力が働いているから法制度も整っていきます、前述した「公共調達の食材の中に有機食材を20%入れる」という法律も、フランスのマクロン大統領が選挙時に公約として挙げていたものですし、2020年に行われた地方選でも、「フリーオーガニック」と呼ばれる給食の有機化と無償化を公約に挙げた高補者が軒並み当選していきました。
社会の中で広く有機を求める世論が形成されてきたその源流には、いくつかのターニングポイントがあります。1990年代に大きな問題として報じられたBSE(牛海綿状脳症)や、90年代後半から2000年代に報道されたダイオキシンによる食品汚染のスキャンダルなどが、それにあたります。食の安全を揺るがすような事件を契機に、工業的で効率を優先する農業や食料システムの在り方に対する問題意識が高まりました。
もちろん、BSEやダイオキシンの問題は日本でも報じられましたし、魚介類のPCB汚染の報道があったときも、一時は魚離れしていましたが、その後どうなったのかもわからないまま、何となく元のとおりに戻ってしまいました。
欧米では、こうした出来事を機に、農業研究や大学、農業高校で人材を育てるところを含めた変革のチャンスにして、さまざまなことを変えていきました。欧米では、農業の被害や健康の害についてかなり報道されていますが、出版や新聞各社にはメーカーから訴えられるリスクに備え、あらかじめ資金をプールしておくという風土があり、ジャーナリストも日本よりは自由に巨大企業や権力に対してペンを振るうことができます。残念ながら、日本では情報統制や、それに伴う各社の自主規制が働いて、食品や農業の危険性などを自由に書いたり報道したりということがなかなかできません。
食の安全性、時に危険性が報じられているからこそ、欧州では危機感が広がり、オーガニックは嗜好品ではなく必需品として選択されてきました。その緊張感の中で市場が広がり、政治も動いてきました。アメリカでは、遺伝子組み換えに反対する人たちがオーガニックを選び推し進めてきました。遺伝子組み換えの食品表示が長年認められなかったから、これを避けるためにはオーガニックを選ばなければ、という消費動向がオーガニックを広げる一因になったのです。
■ところで、欧米では「有機農業は安全で良いもの」という大前提のもと、世論が形成され制度や法律に反映されていますが、プロローグでも課題として挙げた「有機農産物は安全と言えるのか?使用可能な農薬の中身は?危険は農薬だけなのか?そもそも健康的で安全な食べ物とは?」という追求次第では、欧米の方向性が必ずしも正しいとは言えません。
そのあたりについて、次回以降に追求していきたいと思います。
投稿者 matusige : 2022年07月05日 Tweet