2019年6月18日

2019年06月18日

農業は環境破壊?それとも自然にやさしい?

前回は、まさに自然と調和した生き方を実践している自然農の川口由一さんのお話でした。川口さんの生き方は「自然との調和」を実現していく哲学そのものでした。さて今回は、京都で活躍しているNPO団体スモールファーマーズからの転載です。

そもそも農業は、環境を破壊する生業か?という根本的なお話です。西洋文明と私達日本人の農業に対する考え方の違いもはっきりするかもしれません。

では、転載開始【リンク

日本では「農業」というと、田んぼの美しい景観のイメージもあり、悪いイメージは少ないように思います。
しかし、歴史上農業は環境破壊の主要因でした。

◆農業が環境を破壊してきた歴史
農地を作るには森林を切り開き、生態系を破壊することから始まります。森林が何千年も培ってきた豊かな土をあっという間に使い果たします。
文明が発達すると灌漑(乾燥地に水をひく)が始まり、無理な灌漑による塩害を引き起こしました。それでも人間の数が少ないうちは地球に与える影響はわずかでしたが、「農業」の技術が発達すると人口が増え、さらに農業生産量が増え環境破壊もすすんでいくのです。
農業は文明を作り出しましたが、その農業が文明を危機にさらし続けてきました。古くはメソポタミア文明の衰退原因となり、20世紀に入ってからはアラル海の縮小問題と、人類は文明と共に、農業による環境破壊に直面し続けています。

文明の歴史=農業の歴史=環境破壊の歴史

これは事実です。

しかし少し見方を変えると農業の別の意味が見えてきます。それは人間と作物の「共生」です。

◆農業が共生してきた歴史
作物は「おいしい」や「多収量」という人間にとって都合の良い性質を残すことで、外敵から人間に守られています。人間は守り育てることで、作物から恵みを頂きます。農耕開始から1万年を経てお互いになくてはならない存在となりました。 まさしく「共生」です。

文明の歴史=農業の歴史=作物と人間との共生の歴史

これも事実です。

◆農業の矛盾を乗り越える
一見正反対の「環境破壊」と「共生」…人間が生きていく、つまり農業をすることはこの二つを行うことに他なりません。
大事なことは「破壊」と「共生」のバランスをとることです。日本には中庸(ちゅうよう)という良い言葉があります。
近年ではバランスをとるだけでなく、積極的な共生の模索が各地で行われています。それは周りの環境を破壊しない農法と生き方の模索です。作物と人間の共生だけでなく、

「作物」と「人間」と「周りの環境」の3者間の共生です。

 

1970年代から少しずつ世界的に有機農業が行われ、日本では里山の見直し、海外ではアグロフォレストリー、パーマカルチャーといった周辺環境と調和した農法の研究実践が進んでいます。
また、そもそも東アジア中心の水田稲作は土壌流出は最小限で、連作障害も無い農法で里山文化とあわせると3者間の共生が成り立っていたとも言えます。これも大学を中心に研究が進んでいます(私がお世話になった大学教授のメインテーマでした)。

◆私たちスモールファーマーズが目指すところ
時代は積極的にバランスをとり、様々なレベルで共生をしていくという流れにあります。 取らないと人類の未来はありませんし、個々人の未来もありません。
生き方でもそうですが、農業においてもバランスは意識しないとすぐにくずれてしまいます。「環境破壊」と「共生」、「科学的」と「感覚的」、農をするうえでバランスを意識しないといけないことはいくつもあります。
私たちスモールファーマーズは「バランスを意識しながら農にたずさわる人」の集う場所でありたいと考えています。

以上転載終了

◆まとめ
今回は、農業そのものをどう位置付けていくか?ということを考えさせられる内容でした。今日学んだのは、農業は
文明の歴史=農業の歴史=環境破壊の歴史
文明の歴史=農業の歴史=作物と人間との共生の歴史
という二つの側面を持つということです。そもそも、農業は人類が生き延びるために(言いかたを変えれば、進化し適応していくために、)不可欠な活動でした。
しかし、方向を誤ると最終的に自信を取り巻く環境を破壊し、自らが生きられなくなる(存続できなくなる)という側面もあるということです。
では、人類は今後、農業のどこに照準を定めて日々の活動を行っていくか?

その答えは言わなくてもお分かりになるでしょう。 少なくとも「自然を拷問にかけて白状させる」という認識では決してありません。

それでは次回もお楽しみに!

投稿者 noublog : 2019年06月18日