| メイン |

2021年05月28日

AIもいいが、伝統技術の再評価こそ希望のよりどころ

この間、新しい「農」のかたちでは、農業の6次産業化や農を中心とした地方の時代の再生が近未来の核になっていく可能性があるという事で、様々な切り口で、可能性の取り組みを紹介してきた。

今回は、その中でも、地域の持つ伝統技術に着目。茅葺きや石積みなどの特殊技術が、実はその地域を存続させる希望のよりどころになっていくという主張である。

加えて、先人たちが受け継いできた郷土に存在する料理も、伝え継ぐ日本の家庭料理として、同じ立ち位置にあるという内容である。

どちらも、見事に生活に密着。伝承されてきた技術をみんなで見直すことで、いろんな繋がりが生まれていくのだ。

農としっかり結びついた「人と環境(自然)と仕事と生活」が見事に結実されていく世界。AIには、けっしてできない伝統技術の再評価が今こそ これからの世界の幹のなっていくのではないでしょうか?

では・・・・リンク

転載開始

先日、農文協の職員も数名参加して第58回全出版人大会(一社・日本出版クラブ主催)が開かれた。「出版不況」が言われて久しいが、記念講演をした作家の柚木麻子さんの演題は「再評価がヒットの要」。この言葉に妙に感じ入ってしまった。

農文協はこのところ、伝統的な技術を再評価する本を相次いで発行している。最新刊は「茅葺き」に関する本。少し前には「石積み」「塗り壁」「伝統建築」をテーマした単行本を発行し、藍や綿などの「生活工芸双書」(全9巻10分冊)も刊行中だ。ワラ工芸についての本も版を重ね、昨年は続編の『つくって楽しむ わら工芸2』も発行できた。

いずれも地域資源を生かす自給的・循環的な技術であり、身体で感じながら会得し伝承される身体的技術であり、そして人々のかかわりに支えられる共同的な技術である。そんな技術を見直す動きが活発になってきた。

 

◆「プロでもない村人」の共同が「素晴らしい」

日本だけではなく、海外でも再評価されている技術の一つに「茅葺き」がある。今年5月には「国際茅葺き会議2019日本大会」が6日間に渡って開催され、岐阜県白川村でのフォーラム、住民と世界の茅葺き職人らによる屋根葺きワークショップ、檜皮葺きの修理工事現場や茅葺き集落の見学などが行なわれた。大会は日本、英国、オランダ、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、南アフリカでつくる国際茅葺き協会(ITS)が2年に1度、各国持ち回りで開くもので、今回で6回目。初の日本開催で、世界6カ国から茅葺き職人ら約130人が来日した。国内参加者約250人、各開催地参加者約300人で総勢700人、延べ人数は数千人におよんだ。主催はITSと、一社・日本茅葺き文化協会(茅文協)、岐阜県白川村の3者。

岐阜県白川郷での住民と職人による屋根葺きワークショップについて、(株)屋根葺きぶんな(南丹市美山町)の金谷史男さんはウェブサイトの「日記」でこう述べている。

「日本が世界に誇る茅葺き世界遺産、白川郷。結いと呼ばれる伝統的な形式にのっとっての屋根の葺き替えを、海外の職人たちが行なった。歴史的な瞬間に立ち会っているな……という興奮があった。

語弊を恐れずに言えば、白川郷の結いによる屋根葺きを海外のプロの職人たちに見てもらうことは、やや複雑な気持ちもあった。結いとは相互扶助のことであり、村人同士が資材や労力を提供し合い、プロの職人の監督のもと、いわば素人の人海戦術で屋根を葺き上げる方法である。恐るべき速さで完成することになるが、“職人技”といった表現が出来るものではない。海外の友人との立ち話の中で、思わず本音が出てしまった。このやり方はある意味特殊だよ、not professional な方法の再現だよ、と。

しかし海外の方の返答は、逆に嬉しいものだった。

I know (知っている)。だけど、それが素晴らしい。プロでもない村人が屋根を葺いていた。伝統的な手法が継承されているのだから……」

農文協がこの大会に合わせて発行した『日本茅葺き紀行 Exploring Japanese Thatch』(茅文協編、安藤邦廣ほか著、日本語英語併記)では白川郷の茅葺きについて、大勢が屋根に上った圧巻の写真とともにこう述べられている。

「白川郷の屋根の葺き替えはユイと呼ばれる集落の相互扶助で行われる(中略)。白川郷では巨大な合掌屋根の片面を集落総出の大人数で1日で葺き上げる。

そのユイでは、各家が互いに屋根葺きの労働の貸し借りを平等に行うしくみが厳格に守られる。また、それに必要な茅は、各家で毎年刈りとった茅を持ち寄り、茅の貸し借りを行う頼母子講によって大量の茅を集めることが可能であった。毎年春雪が溶ける頃に行われる、この壮大な屋根葺きの行事は、集落総出のお祭りのような性格を持ち、山深い豪雪地帯で暮らす人々の絆を強く結ぶ役割もあったのである」

「80棟余りの合掌造りの民家が残されている白川郷の荻町では、屋根葺きは全戸から男性1人、まかないや下作業として女性1人が参加し、共同で行われる。朝早くからの手伝いに対して昼食と、午前と午後それぞれ1回ずつの休憩に、当家からのご馳走がふるまわれて労がねぎらわれる。葺き上がった夕方には直会(なおらい)が設けられ、酒と踊りで皆が喜びを分かち合う」

海外からの大会参加者は、こうし伝統的な茅葺きが「プロでもない村人」の結いによる共同によって継承されていることを「素晴らしい」と語ったのである。

 

◆茅葺き技術を伝承する若者たち

茅葺き技術に魅せられる若者も増えている。国際フォーラムで「若手茅葺き職人の語る未来」というテーマでスピーチした女性職人の松木礼さんは1980年東京都生まれ。大学の建築学科を卒業して4年間の工務店勤務の後、茨城県かすみがうら市の茅匠のもとで茅葺き職人になった。松木さんは4月に農文協が発行した『聞き書き 伝統建築の家』(原田紀子著)でこう語っている。

「茅葺きは全部手作業じゃないですか。寸法とかが決まっているわけでもないし、それを自然のものを使って、人間の手でこういうふうに形にしていくっていうことが、面白いっていうか、人間の感覚だけで屋根ができていくっていうのは、ほかにはないと思うんです。そういうところがやっぱり、いいなあ、仕事として面白いなあと思いました」

このIT、AIの時代に「人間の手と感覚だけで屋根ができていく」面白さに魅せられた松木さんは、現在、茨城県つくば市で「茅葺き屋根工事 茅松」として独立、新築民家や寺社、文化財建築の葺き替え、変わったところでは茅葺き犬小屋などの仕事を手がけている。

本誌の姉妹誌『季刊地域』で、この春号から新連載「茅葺き屋根の引力」を開始した「茅葺屋」(京都府南丹市)代表の塩澤実さんは1972年生まれ。大学では建築を学びたいという気持ちもあったが、「耐久消費財のように使い捨てられる住宅を風景の中に挿入してゆくことが、とても罪深いことのように感じられてならず」、単体の建物ではなく修景(自然景観を破壊しないよう景観整備すること)を扱う学科を選び、そこで茅葺きと出会う。そして茅葺きを学ぶうち、自分が茅葺きの風景に心惹かれるのは「滅びゆくものへの郷愁」ではないことに気づく。

「茅葺き屋根は毎年生えてくる草が材料。建物としては優れた遮熱性能と通気性を併せ持ち、やがて葺き替えられる際には堆肥となり土に還ります。持続可能で廃棄物を生じない技術は、現代建築の抱える課題をすでに解決してしまっているといえます」

面白いのは塩澤さんが、後で紹介する「石積み学校」に似た方法で自分が住む集落の地蔵堂の葺き替えを行なったことだ。むらうちでの「葺き替えのためのカヤ刈りが大変、トタンを被せようか」という話に対し、塩澤さんは「大変なら手伝いを頼めばいいのでは」と、晩秋にカヤを刈るイベント、翌年に茅葺きのイベントを企画した。

「ただし、ボランティアの手伝いを募るのではなく、逆に参加費をいただく。茅葺きの際はマイ地下足袋の購入・持参まで求めて、茅葺き職人の指導のもと、がっつり作業するという内容のイベントとしました。学びに貪欲な意欲のある参加者が集い、参加者どうしも、指導する側の若手職人にとっても、共に汗を流し交流する村の人たちにとっても、刺激的な集いとなりました。好評のうちに会を重ね、のべ5年をかけてお堂の屋根は葺き替えられました」

塩澤さんは今、職人の仕事のかたわら、カヤ刈り・茅葺きの有料の体験イベントを年に4、5回開催している。

 

石積み技術をだれでもできるように

石積みへの関心も高い。農文協が昨年12月に発行した『図解 誰でもできる石積み入門』(真田純子著)は、発売されるや話題を呼び、すでに3回の増刷を重ねている。

棚田や段畑の法面、高台の屋敷回りなど、むらには石積みで成り立っているところが少なくない。農地の石積みではコンクリートやモルタルを使わない「空石積み」という技術が用いられる。城や庭の石積みと違って、隙間があいても見映えが多少悪くても気にしない。しかし、容易に崩れないように積むには技術が必要だ。

空石積みはとくに中山間地では必須の「農業技術」であったが、その技術が引き継がれないと崩れた場所はそのままになってしまう。たとえ直したとしてもコンクリートブロックか、見た目は石積みでも石と石の間をコンクリートやモルタルで固めた「石積みのようなもの」に置き換わる。

石積みは地元から出る石を使い、崩れたらその石を積み直すことで何度でも再生してきた。地域資源を循環させる持続可能な技術なのだが、ひとたび途絶えてしまえば、その技術は永遠に失なわれてしまう。

この技術をきちんと記録し、広く伝えようと考えたのが、本書の著者、気鋭の景観学者である真田純子さん(現・東工大准教授)である。徳島大学工学部の教員(助教)をしていた真田さんは吉野川市美郷地区でのソバ播き体験に参加した際、石積みの畑に出会い、石積みの技術を学びたいと地元の石工の高開文雄さんのもとに通い始めた。最初はなかなか高開さんのいう意味がつかめかった真田さんだが、そこは工学部の先生らしく、イラストで石積みの技を写し取り、だんだん原理をつかんでいった。補修する部分の石の崩し方、石を積むために土の壁と溝を掘る方法、石の積み方のコツと禁じ手、積み石の背後でそれを固定したり水の通り道となる「ぐり石」と呼ばれる細かい石の詰め方など、誰でもわかるようにまとめていった。

 

◆「石積み学校」 伝承の仕組みと人気の背景

石積みの技術を伝える仕組みもおもしろい。真田さんによれば、地域によって積む石の形や種類が異なるものの、石積みの基本的な技術は共通だという。そこで、真田さんは「石積み学校」を考えた。その仕組みは「直したい人」「習いたい人」「技術をもつ人」をマッチングさせるというもの。「ここの石積みを直したい」という人が全国どこでも手を挙げて、真田さんたちが講師となる「石積み学校」を主催する。主催者は参加者一人当たり5000円程度の受講料を徴収し、講師の旅費・講師料や運営費をまかなう。参加者は1泊2日で、修復が必要な箇所の石積みを崩すところから、仕上げまで一連の技術を実地で習う。結果として、主催者は石積みを補修することができる。「石積み学校」は2018年には全国で24回開催された。

こうして石積みが注目される背景には、農産物や観光地としての価値を高めることにつながることもあるだろう。農家レストランや農家民宿から見える棚田や段畑の美しい風景は、訪れる人にとっても魅力的だ。現にイタリアなどでは石積みの段畑で栽培されたブドウでつくったワインが高く売れたり、石積みのある町並みや畑を訪ねるツアーが行なわれるなど「景観の価値化」の動きが活発になっている。さらに、都会の人に棚田や段畑の石積みに参加してもらい、その土地の産物を味わってもらえば、その土地への愛着が生まれリピーターになっていくにちがいない。石積みは「交流人口」を「関係人口」に高めるのにも役立つ。

石積みはまたコミュニケーション・ツールとしても注目されている。崩した石を「ぐり石」と「積み石」に分類する人、その石を運ぶ人、石を積む人が分担し、協力しあって進めていく。こうしてみんなで石を積み上げたあとの達成感はひとしおだ。「石積み学校」事務局の金子玲大さん(徳島県上勝町地域おこし協力隊)は企業の新人研修のプログラムとして「石積み学校」を組み込むことを売り込み、すでに何社かで実現しているという。

 

◆「人間の知恵」を感じるから料理も土木も面白い

この真田さんとつながりが深い土木・設計デザイン事務所(株)EAUの崎谷浩一郎さんは、シリーズ『伝え継ぐ 日本の家庭料理』(「別冊うかたま」として刊行中)の愛読者でもある。「“人間の知恵”を感じるから料理も土木も面白い」と崎谷さんは、『うかたま』の最新号(55号)のインタビュー記事でこう述べている。

「この本をつくる過程、現地に行って料理を撮影して聞き書きしてレシピをまとめているという話を聞いたとき、その取り組みそのものに感動したんです。ここに載っている料理の写真、レシピは誰かが残そうと思わないと残せない。でも、ただ、残せばいいわけじゃない。おばあちゃんのつくり方をそのまま載せるのではなく、ちゃんとレシピにする。チョイスしてデザインして本の形にして初めて残る。その取り組みがすごいと思いました」

「この一つひとつの料理の後ろにつくった人がいて、その料理のできた土地があり、家庭ごとにバリエーションがある。(中略)すごい情報量がこの料理の後ろにある」

「土木は、橋や道路など未来の風景をつくる仕事です。10年、20年たって初めて結果が出てくる。だから、まず町や集落の歴史を振り返る必要があります。実際に地元の方と一緒に歩いてお話をうかがう。集落にある石垣や水路も見ただけではわからないけれど、話を聞くとそこに深い工夫がある。その場所にしかない知恵があるんです。

この本に出てくる料理もそうですね。その土地にあるものでいかに加工して料理して生きてきたか、一つひとつの料理にそういう知恵がギュッと詰まっています。でも、これってAIは残せますか。人間だから残せるんです。石積みの風景やこういう料理を見ると、人間ってすごいって改めて思います」

崎谷さんは「料理も土木も」と述べているが、『季刊地域』最新号(夏号)には、「アートと農と食で『住んでよかった』と誇れる町へ」と題する熊本県津奈木町町長・山田豊隆さんの「町村長インタビュー」が掲載されている。

津奈木町は3年前から、足元の暮らし、歴史、風土、文化を食を通して見直す「つなぎ型スローフード」に取り組んでいる。県が認定する「くまもとふるさと食の名人」の女性3人を中心に郷土料理の伝承教室を昨年は3回、今年は9月までに6回行なうという。山田町長はこう語る。

「子育て世代の30~40代の女性の方の『教わりたい』という要望が強かったのですが、じつは50~60代の方も、『私たちも聞いてない』『いまさら聞けないと思っていた』と言うんです。一方でその技を持っている食の名人の方は、じつは教えたくてうずうずしていた。名人の一人は、自分がJAの直売所に出している煮しめや巻きずしのレシピを惜しげもなく教えてくださる。伝承教室は、そういう『教えたい教わりたい』が交わる場になっています」

そんな教えたい教わりたい料理を結集し、次代に残そうと『伝え継ぐ 日本の家庭料理』は企画され、現地での聞き取りと撮影を丁寧に進めながら編集・発行を進めている。

食に限らず、伝承されてきた技術をみんなで見直すことで、いろんなつながりが生まれる。「再評価が希望のよりどころ」なのだと思う。(農文協論説委員会)

以上転載終了

投稿者 noublog : 2021年05月28日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.new-agriculture.com/blog/2021/05/4859.html/trackback

コメントしてください