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2021年02月25日
農業の6次産業化の理論と実践の課題
今回取り上げる寄稿文は、前回紹介した、農業の6次産業化を構築し、これまでの農のあり様を根本的に改革しようと、農村各地を飛び回り、活力を植え付けてきた故今村奈良臣氏の理論と実践の報告レポートである。
このレポートは、2012年、東日本大震災の翌年に寄稿したものであるが、当時の農家の変革の可能性が感じられるものになっている。
農村女性起業家の台頭。農産物直売所の増加と農業の6次産業化をめざす経営体が、地域農業の活性化とその改革に取り組んでいる姿を見ることができる。
一方、現在、コロナ禍にあって、農を取り巻く環境は、再び変革の兆しを見せており、このレポートから8年たった今日でも、更に農業の6次産業化は、確固たる形になっていく様相を秘めている。
今村氏は今回のレポートで、こう締めくくる。
「多様性のなかにこそ、真に強靭な活力は育まれる。画一化のなかからは、弱体性しか生まれてこない。多様性を真に生かすのが生命力に富むネットワークである」
では・・・・ リンク
転載開始
1. 農業の6次産業化をなぜ考えたか
今から18年前、大分県の中山間地域に立地する大分大山町農協の設立間もない農産物直売所「木の花(このはな)ガルテン」を中心に、そこへ出荷している農民、組合員の生産・加工・販売に情熱を燃やしていた皆さん、そしてこの直売所に農産物などを買いに来る消費者の皆さんの活動や行動を、約1週間にわたって農家に泊めてもらい、つぶさに調査するなかで、「農業の6次産業化」という理論が生み出され、私の頭の中で定着していった。
当時、私は東京大学で研究活動を行うとともに学生たちを教えていたが、その傍ら、財団法人21世紀村づくり塾(現在は財団法人都市農山漁村交流活性化機構に改組)の副塾長として全国各地の農民塾、村づくり塾の塾生の指導にも熱意を燃やしていた。そうした活動のなかで、この「農業の6次産業化」を運動として進めようと全国の農村にわたって情熱を傾けて呼びかけた。
2. 「農業の6次産業化」とは何か ─その理論の提示と確定─
「農業の6次産業化」を発想した当初は次のように考えを定式化した。「1次産業+2次産業+3次産業=6次産業」 この意味は次のようなことである。
近年の農業は、農業生産、食料の原料生産のみを担当するようにされてきていて、2次産業的な分野である農産物加工や食品加工は、食品製造関係の企業に取り込まれ、さらに3次産業的分野である農産物の流通や販売、あるいは農業・農村にかかわる情報やサービス、観光なども、そのほとんどは卸・小売業や情報・サービス産業、観光業に取り込まれているのであるが、これらを農業、農村の分野に取り戻そうではないかという提案である。
しかし、上記の「1+2+3=6」という定式化を3年半後に「1次産業×2次産業×3次産業=6次産業」と改めた。このように改めた背景については、次のような理論的・実践的考察を深めたからである。
第1に、農地や農業がなくなれば、つまり0になれば、「0×2×3=0」となり、6次産業の構想は消え失せてしまうことになる。当時、バブル経済の後遺症が農村にも深く浸透していたため、「土地を売れば金になる」といったような嘆かわしい風潮に充ちていた。とりわけ、この当時、農協陣営において、土地投機に関わる融資などを契機に膨大な負債、赤字を出す農協が続出していたことは、私の記憶に深く刻み込まれている。
第2に、掛け算にすることによって農業(1次産業)、加工(2次産業)、さらに販売・情報(3次産業)の各部門の連携を強化し、付加価値や所得を増やし、基本である農業部門の所得を一段と増やそうという提案を含んでいた。
第3に、掛け算にすることによって、農業部門はもちろん、加工部門あるいは販売・流通部門、さらにはグリーン・ツーリズムなどの観光部門などで新規に雇用の場を広げ、農村地域における所得の増大をはかりつつ、6次産業の拡大再生産の道を切り拓こう、ということを提案したものであった。
こうして「1×2×3=6」という農業の6次産業化の理論は、その実践活動を伴ないつつ全国に広まっていったのである。
3. 「6次産業論」の経済学理論による裏づけ=ぺティの法則について
6次産業というキーワードは、農業・農村の活性化をねらいとして、私が上記のような先進事例の実態調査を通じて分析・考察するなかから考えだし、世の中へ提唱したものであるが、「6次産業の理論的根拠は何かあるのですか?」という質問をときどき受けることがある。
実にもっともな質問で、理論的背景をしっかり押さえておいたほうが、仕事や活動のエネルギーの源泉にもなるので、この質問に答えておきたい。
6次産業というのは決して単なる言葉遊びや語呂合わせではない。
そこで、「ぺティの法則」について論及しておきたい。かつて、世界的・歴史的に著名な経済学者であるコーリン・クラーク(Colin G.Clark)は「ぺティの法則」を説いた。その主著である『経済進歩の諸条件』(大川一司他訳 “The Conditions of Economic Progress” 1940)において、コーリン・クラークは世界各国の国民所得水準の比較研究を通じて、国民所得の増大とその諸条件を明らかにしようとした。彼はその中で、産業を第1次、第2次、第3次の三部門に分け、
(1) 一国の所得が第1次産業から第2次産業へ、さらに第2次産業から第3次産業へと増大していく
(2) 一国の就業人口も同様に第1次産業から第2次産業へ、さらに第3次産業へと増大していく
(3) その結果、第1次産業と第2次産業、第3次産業との間に所得格差が拡大していく
ということを明らかにし、それが経済的進歩であるということを提起した。彼によって、この経験法則は「ぺティの法則」と名づけられたのである。では、なぜ「ぺティの法則」と名づけられたのか。
ぺティとは、ウィリアム・ぺティ(William Petty:1623-1687)のことで、いうまでもなく経済学の創設者とされるアダム・スミスに先行する経済学の始祖であると経済学説史では位置づけられている。ぺティは「土地が富の母であるように、労働は富の父であり、その能動的要素である」という思想のもとに労働価値説を初めて提唱するとともに、経済的諸現象について数量的観察と統計的分析を初めて行った偉大な経済学者であった。そのぺティに敬意をはらいコーリン・クラークは「ぺティの法則」と名づけたのである。
4. 1次産業は縮小し、2次・3次産業は拡大したが、主体的に何をなすべきか
周知のように、第1次産業は農林水産業、第2次産業は鉱業、建設業、広範にわたる多彩な製造業、第3次産業は残りの非常に雑多なもので卸売・小売業などの流通部門、金融保険業、運輸業、情報・通信産業、多様なサービス産業部門、飲食・旅館・ホテルなどの観光産業部門など非常に多くの分野を含む。
こうした産業分類を前提としつつ、一国の経済全体(マクロ経済)の構造変化を、100年以上にわたる長期の歴史過程の動態をとらえたのがぺティの法則である。いうまでもなくわが国においても、この100年、とりわけここ50年の動態変動過程をとらえてみると、統計的には繁雑になるので省略するが、第1次産業部門の所得、就業人口などの比率は急激に減少し、第2次産業さらに第3次産業部門が急激に増大してきており、欧米先進諸国はいうまでもなく日本と同様、あるいはそれ以上にぺティの法則は貫徹しているといえる。
さて、わが国の農業あるいは食料に関する統計分析やその実態の変動あるいは課題や問題点などについては繁雑になるので省略するが、その詳細については『平成22年度 食料・農業・農村の動向』、いわゆる『農業白書』の平成22年度版を参照してほしい。農業白書が50周年を迎えたので、大変に要領よく50年の変動の足跡をまとめてあるし、私も初代の食料・農業・農村政策審議会の会長を務めていた関係で寄稿してある。
さて、日本農業はこの50年の経済成長とその変動のなかで大きく地位は低下し、多くの問題点はかかえているが、それをいかに克服し、新しい発展の展望を描くべきか。わが国の農業・農村は次のようなすぐれた特質をもっている。
(1)農地は狭く傾斜地も多いが、四季の気象条件に恵まれ、雨量は多く、単位面積当りの収量は安定して高く、すぐれた生産装置としての水田をはじめとする諸資源に恵まれている。
(2)農業者の教育水準は高く、また農業技術水準が高いだけでなく、応用力にすぐれた人材が多い。
(3)農業の科学化、機械化、装置化などの水準が高く、その潜在的能力を活かす道が重要である。
(4)わが国には、階級・階層としての貧農は存在せず、一定の生活水準以上の安定的社会階層を形成している。
(5)さらに、歴史的に培われた村落・集落を基盤にした自治組織が形成され、地域資源の保全と創造に大きく寄与してきた。
たしかに農村人口の減少と高齢化は進んできてはいるが、以上あげた5点を踏まえつつ新たな展開、すなわち「農業の6次産業化」をキーワードに新しい展望を描かなければならないと考える。
5. 農業・農村の6次産業化の基本課題
農業の6次産業化を推進し、成果をあげて成功の道を切り拓いていくための基本課題として、私は次の5項目をこれまで掲げてきた。
〔第1の課題〕
消費者に喜ばれ愛されるものを供給することを通して販路の確保を着実に伸ばしつつ、所得と雇用の場を増やし、それを通して農漁村の活力を取り戻すことである。
〔第2の課題〕
さまざまな農畜産物(林・水産物も含む、以下同じ)を加工し、販売するにあたり、安全、安心、健康、新鮮、個性などをキーワードとし、消費者に信頼される食料品などを供給することである。
〔第3の課題〕
農畜産物の生産ならびにその加工、食料品の製造にあたり、あくまでも企業性を追求し可能なかぎり生産性を高め、コストの低減をはかり、競争条件の厳しいなかで収益の確保をはかることである。
〔第4の課題〕
新たなビジネスの追求にのみ終るのではなく、農村地域環境の維持・保全・創造、とくに緑資源や水資源への配慮、美しい農村景観の創造などに努めつつ、都市住民の農村へのアクセス、新しい時代のグリーン・ツーリズムの道を切り拓くことに努めることである。
〔第5の課題〕
農業・農村の持つ教育力に着目し、農産物や加工食料品の販売を通し、また、都市・農村交流を通し、先人の培った知恵の蓄積、つまり、「むらのいのち」を都市に吹き込むという、都市農村交流の新しい姿を創りあげることである。
6.農業の6次産業化の実践事例の考察
私はかつて21世紀村づくり塾の副塾長、そして現在は都市農山漁村交流活性化機構(略称「まちむら交流きこう」─21世紀村づくり塾など3団体の統合により再出発)の理事長を務めているが、これらの役職を通じて、一貫して農業の6次産業化の必要性、重要性を説き活動してきた。その一端を紙数の制約のなかで簡単に紹介しておこう。
(1) 農村の女性たちが立ち上がる─農村女性起業の展開
私の呼びかけに先ず応えてくれたのが、農村の女性たちのグループであった。農村女性による多彩な起業活動数の推移を見ると、統計がとられ始めた1997年に4040件であったものが、2002年には7735件、2008年には9641件と、激増という表現ができるように急速な伸びを見せてきた。詳細についてはここでは省略せざるをえないが、圧倒的に多いのは農・林・畜・水産物を原料とした食品加工であり、次いで多いのが朝市や直売所あるいはネット販売などの販売活動であるが、加工と販売の結びついたものが多く、地域的には東北や九州などといった男性優位であった地域にかえって女性起業の活躍が目立つのが特徴である。要するに、女性のリーダーシップのもとに農業の6次産業化の推進が担われている。
(2) 1兆円産業となった農産物直売所
ついで、農業の6次産業化のトップランナーとして躍り出てきたのが農産物直売所で、2010年には全国で1万7000か所を超えるに至り、その売上高は2009年にはすでに1兆円を超えたものと推計されている。直売所についてはその経営主体、運営主体などは多彩であり、農業者個人や農業者グループなどによるものが82%、農協によるものが14%、第3セクターなどによるものが3%などとなっている。ついで、農産物の加工、販売を一体として行う農業経営体も2010年農業センサスでは3万4000経営体と大幅に増加し、農業の6次産業化をめざす経営体が、地域農業の活性化とその改革に取り組んでいる姿を見ることができる。
7. むすびと展望
私はかねてより、次の一言を胸にいだき、かつ広く農村の皆さんに説いてきた。
「多様性のなかにこそ、真に強靭な活力は育まれる。画一化のなかからは、弱体性しか生まれてこない。多様性を真に生かすのが生命力に富むネットワークである」
どうか、この路線で活動を推し進めて頂きたい。「まちむら交流きこう」では、毎年「全国農産物直売所サミット」を開催してきた。今年はすでに第11回となり、11月末に山口県萩市を会場に盛大に開催された。昨年は、東日本大震災、福島原発禍を克服し支援の輪を広げようとのねらいをもって郡山市で開催した。毎回500人をはるかに超える全国からの参加者の熱気のなかで明日への活力を養い、その運営や地域の活性化のためのエネルギーの蓄積を行ってきた。直売所も実に多様性に富むが、サミットを通じて新たなネットワークを作り上げ、明日へ向けたエネルギーの糧となることを願っている。
東京大学名誉教授 公益社団法人 JC総合研究所 特別顧問 今村 奈良臣
以上転載終了
投稿者 noublog : 2021年02月25日 TweetList
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