新しい「農型社会」がはじまる |
メイン
2021年02月18日
農のあるまちづくり1~プロローグ
小野 淳(おの あつし)氏。1974年生まれ。
株式会社農天気 代表取締役農夫、NPO法人くにたち農園の会理事長。
東京の真ん中でコミュニティ農園【くにたち はたけんぼ】を開設。
もともとはテレビマン出身だった小野氏が、
都会での農的コミュニティづくりに可能性を見出したのはなぜか。
以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)
■農をめぐる冒険とドラマ
「となりのトトロ」みたいな体験をしてみたいと思ったことはありませんか?
あるいは、自分の子どもをサツキやメイちゃんのような環境で育てたいと思ったことは?
私は東京都のちょうど真ん中に位置する国立市という町で小さな農園を運営しています。
すぐそばまで住宅地がせまっているその農園には、しかし年間5000人以上の人が訪れ、休日平日問わず、小さな子供を連れた家族連れや放課後の小学生、野菜や農業に興味のある学生、観光客などがひっきりなしにやってきては、さまざまな体験をして帰っていきます。
そして、みなさんがよく口にするのが「トトロみたい」という言葉。
多くの人があの国民的アニメーション映画『となりのトトロ』を、ひとつの理想的な「農の風景」「子どもが出会う素敵な体験」として心に刻んでいるという印象を受けます。
それは、どんな風景と体験なのでしょうか?
「くにたち はたけんぼ」と名付けられた国立市の農園は、田園地帯にあって、農園の横には400年の歴史をもつ府中用水が流れ、そこに何種類もの小魚が泳いでいます。また馬、羊、烏骨鶏などの動物が飼われていて、子どもたちは自分で摘んだ草花を彼らに食べさせることができます。土管や竹で作った遊具に乗って飛び回っている子もいます。畑では年間50種類以上の野菜が育ち、四季を通じて何かしらの野菜が収穫できます。
『となりのトトロ』はの舞台は昭和30年代初めの日本の農村です。農園を訪れるみなさんにとって、まず昔ながらの風景や体験が「トトロみたい」に感じられるのでしょう。
そして「くにたち はたけんぼ」では、この里山的な環境を活かして、忍者体験や婚活のようなちょっと毛色の変わったサービスも積極的に提供しています。ご存じのように『となりのトトロ』は、想像と現実とが不可分な子ども時代の”遊び”が大きなテーマ。農空間の中にある昔あそび的なイベントサービスも、「トトロみたい」という表現につながっているように思えます。
ただ、私が農業経営に「トトロ」を参考にしている部分は、もう少し別のところにあります。
『となりのトトロ』では、主人公姉妹の牧歌的な里山の体験は、妹のメイが行方不明になるところからドラマチックに展開していきます。村総出での捜索、最終的にはお化けの超常の力をも動員しての大騒ぎとなるわけですが、そもそも、なぜメイは行方不明になったのでしょう?
答えは「自分が収穫したトウモロコシをお母さんに届けるため」です。
サツキとメイが近所のおばあちゃんの農作業を手伝う場面から、セリフを少し引用してみましょう。
サツキ「ふう。おばあちゃんの畑って宝の山みたいね!」
ばあちゃん「ハハ…。さあ、ひと休み、ひと休み。」「よーく冷えてるよ。」
サツキ「いただきまーす。んふ。おいしい。」
ばあちゃん「そうかい?お天道さま、いっぱいあびてっから、身体にもいいんだ。」
サツキ「お母さんの病気にも?」
ばあちゃん「もちろんさ。ばあちゃんの畑のもんを食べりゃ、すぐ元気になっちゃうよ。」
(中略)
メイ「メイがとったトンモロコシ、お母さんにあげるの。」
ばあちゃん「お母さん、きっと喜ぶよ。」
おばあちゃんの言葉を真に受けたメイは、退院が延期となった母にトウモロコシを届けるために病院へ向かい、迷子になってしまうのです。
トトロとネコバスの力でサツキはメイと再会でき、ネコバスに病院まで送り届けてもらうことでトウモロコシを届けるという目的も達成。病室の窓際に「おかあさんへ」というメッセージを刻んだトウモロコシが置いてあるのをお父さんが見つけて映画は終わります。
私がここで思うのは、「一本のトウモロコシで、ここまでのドラマを生み出すことができる」ということです。
姉妹にとって物知りで頼りになるおばあちゃんが育てた、「食べればすぐ元気になっちゃうよ」というお墨付きのトウモロコシ。それを自分で収穫し、大好きな人に食べてもらおうと届ける。農産物や食の持つ価値にストーリーと人の気持ちが加わることで、感動的なドラマになっています。
しかも映画の中では結局、トウモロコシをお母さんが食べるところは描いていません。このトウモロコシの価値は、野菜としての栄養価や機能性などにはないからです。子どもが収穫して母に届けようとした物語の中で、一本のトウモロコシの価値は、いわばプライスレスになりました。
誰もが毎日、必ず口にしているはずの農産物を、日々の健康とエネルギーの源として、あるいは棚に並べられた商品として見るだけでは、こうしたドラマは生まれません。何より、いま人生を豊かに彩るアイテムとして「農」をとらえ直すことが求められていると、日々の事業を通じて痛感しています。
農産物の産出量や単価ではなく、生み出すドラマの幅広さ、奥深さで勝負しよう。まちなかの小さな農園から、農の力で社会にインパクトを与えよう。というのが私の目指す農業経営です。
少子高齢化が進み、経済は先細りが懸念されるなか、人々が描く日本の将来への見通しは明るいものとは言いづらいでしょう。農業、働き方、都市に暮らす多くの日本人のライフスタイルなど、変化の過渡期にあると思われるさまざまなものを、ではどう見直していくのか。
そのヒントになると思われるのが、都市と農業の関係をめぐる新たな農ビジネスの胎動です。
この数年で大きく成長している農ビジネスの背景には何があるのか。「事業」として持続可能な農ビジネスのポイントはどこにあるのか。
農業と人々の暮らしの双方に新しい価値を生み出す農ビジネスのノウハウと可能性を、自分自身の経験と関係者への取材をもとに紹介していこうと思います。
都会の小さな農ビジネスでは、”大儲け”はできないかもしれません。ですが、事業をきちんと継続しつつ、地域を育て、多くの人を幸せにできる可能性はおおいにあります。何よりやっていて抜群に面白く、ひょっとするとこれからの日本にとって重要な「産業」になるかもしれないと、本気で思っています。
投稿者 noublog : 2021年02月18日 TweetList
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.new-agriculture.com/blog/2021/02/4738.html/trackback