農をめぐる、世界の闘い8~盟主ロシアの決意Ⅲ.農業大国への「再挑戦」 |
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2019年08月14日
農をめぐる、世界の闘い9~盟主ロシアの決意Ⅳ.食の独立は種子から始まる
穀物輸出高において、米国を凌ぐまでの農業生産力を身に付けたロシア。
次に彼らが目指すのは、種子の自給。
なぜならば、「食の独立は、種子から始まる」。
そしてこれは、脱石油時代におけるロシアの新たな国家戦略であり、底流に流れるのは、”民族自決”の精神。
以下、転載(タネと内臓 著:吉田太郎)
■変貌するロシア農業~穀物輸出で米国を凌ぐ
プーチンが大統領となった2000年から、ロシアはジワジワとその農業生産を高め、2000年には小麦輸入国から輸出国へと転じる。輸出量は2002年以降に急増し、2011~2013年にはこれまで世界最大の小麦輸出国であった米国に取って代わる。2017年の穀物生産量は過去40年で最大で1億3400万トンを超えた。総輸出量は4620万トンに及び、これは他のどの国よりも多い。小麦や大麦の主な輸出先としては、エジプト、サウジアラビア、イラン、イエメン、リビア、ナイジェリア、南アフリカ、韓国といった国名が並ぶ。アフリカやペルシャ湾岸諸国が、米国ではなくロシアを頼りにするのは、距離が近く輸送コスト削減ができるからだ。
ダイズ、ソバ、コメの生産も多く、中でもコメは注目に値する。ロシアの気候条件は決して稲作に適しているとは言えないが、それでも、2016年には1200万トンの収量をあげ、ロシアで「第二のパン」と呼ばれるコメを自給できることを実証してみせた。
世界最大のコメの輸出国はタイだが、その米価も上がり続けているため、米を主食とする国々の間では、ロシアが注目されつつあり、2012年からはエジプトやリビアへも輸出されている。国防省が2011年に徴集兵の栄養基準を改正し、タマネギとキビのお粥を軍隊食からなくし、コメやソバの実に変えたことが関心を高め、生産意欲を刺激したこと。輸出によって儲かる作物となり、生産量が増えても米価が下落していないことで、年々、生産が伸びている。輸出推進のため、ロシアは港南のインフラ整備にも膨大な融資をしており、輸出用の施設をスエズ運河にも建設中だ。
プーチンだけでなく、最も裕福な新興財閥、オリガルヒ、ビジネス界のリーダーたちの間でも農業は最大の関心事となっている。ロシア最大の商業銀行、ズベルバンク(ロシアの連邦貯蓄銀行)の【エフゲニア・チュリコワ頭取】はこう話す。
「大金持ちのロシア人にとって、今最も熱い投資部門は、農業とヨーロッパのでのホテルです。このトレンドは、まったく新しいものです」
彼らが興味を抱き、未来の成長産業と見なしているものにはハイテク施設栽培での有機農業がある。ロシアはコリアンダーでも世界最大の輸出国だが、それは水耕施設栽培、ハイドロポニコによって効率的に生産されている。
複合企業システマ社のウラジーミル・イェフトゥシェンコフ会長は、黒海とカスピ海の間で123ヘクタールと桁外れの規模を持つ人工気象管理施設【ユージヌイ農業複合企業】を経営している。その目玉は、ハイブリッド・トマト、T-34で、ヨーロッパの最高峰、コーカサス山脈のエルブルス山からの氷溶水を使って栽培された数万トンもの無農薬トマトやキュウリが約18時間かけてモスクワへと運ばれてゆく。
プーチンが設けた税制度ほかのインセンティブもあって、オリガルヒたちの多くは、海外の不動産に投資したりロシア経済とは無関係のプロジェクトを展開してロシアから富を流出させるよりも、農業に巨額な投資をし始めている。その結果、国民に大きな利益がもたらされるようになっている。
■脱石油時代の自給自立国家戦略~食の独立は種子から始まる
種子企業は種子に対する特許で莫大な利益をあげている。そのうえ、種子を自家採種できなくしてしまえば農民は毎年種子を買わなければならない。モンサントが1日につき260万ドル以上という桁外れの研究開発費を投じて、独自の種子を作ろうとしているのもそのためだ。
ロシアは穀物の主要輸出国となっているが、2017年7月に一人の学生から「ロシア農業の課題についてコメントしてほしい」と問われると、プーチンはこう述べた。
「農業での進展のペースは良好だ。にもかかわらず、いまだに輸入種子に依存し続けている。これは、近い将来、特別な注意が払わらなければならないことだ」
農業省のピョートル・チェクマレフ穀物局長も言う。
「食の独立は種子から始まる。我々は誰にも依存しないレベルへと前進しなければならない」
2015年時でロシアはドイツ、米国、フランスに次いで世界で四番目の作物種子の輸入大国となっている。シュガービーツでは約80%、トウモロコシではほぼ半分が外国企業のタネだ。ある国会議員はプーチンとの会議の中で、遺伝子組み換え種子の世界での売り上げが5000万ドルもあり、その大半がその種子に対する権利を所有する米国企業にあることを指摘する。そこで、ロシアがその農業強化のために次の目標としているのが種子の自給なのだ。
ロシアの新興財閥も種子を自給することで輸入依存度を減らすことを望んでいる。
「農業生産分野においては改善のための余地は多くはないのですが、私は、種子にその可能性を見ています。国内での育種はロシアが何千万トンも穀物収量を増やす助けになります」
ロス・アグロ社のモシュコビッチ社長はこう言う。同社は2017年にはダイズ、2018年は穀物の種子に投資する予定だ。農薬製造会社、シェルコヴォ・アグロヒム社もロス・アグロ社と協働して、育種と遺伝学センターを建設するため今後5年間で5億ルーブルを投資する。さらに興味深いのは、多品種と何度も交配させることで長い歳月をかけながら、遺伝子組み換え種子にあるとされるメリットを備えた種子を開発しようとしていることだ。地元種子を重視するのは、それがロシアの気候風土に合い、病害虫に対してより抵抗性があり、かつ国外産よりも収量が良いからだ。実際、モスクワ物理工科大学のゲノム工学研究所パヴェル・ヴォルチコフ所長によれば、より良い国産種子を開発することで最終的に収量を20%も押し上げることができるという。
「遺伝子組み換え食品フリー農産物の主要生産国となることができれば、その規制はロシアに大きな経済利益をもたらす」とアレクサンドル・ペトリコフ副農業大臣も述べる。
遺伝子組み換え食品の規制は農業振興につながる。反GMO運動が世界で広まれば広まるほど、有機農産物の供給国として有利になるというのがロシアの新たな戦略といえる。さらにいえば、プーチンにとっては有機農業で世界を養えるかどうかはどうでもよい。余剰有機農産物を輸出することで経済益をあげることに関心はあっても、プーチンは別に世界全体を養おうとしているわけではない。プーチンが懸念していることは、自国民に美味しく、かつ、健康的な食料をどう提供するかだけだ。そして、その最も確実なやり方は自給することだ。なるほど石油、天然ガスや武器の輸出からも稼げるし、これまではそうして食料を輸入してきた。けれども、化石燃料は有限な資源である。これに対して、食料は永遠に再生産可能だし、かつ、非遺伝子組み換え食品の有機農産物には未来永劫、需要がある。プーチンが、すべての遺伝子組み換え食品を禁止し、2020年までに食料自給を達成しようとの目標を掲げてみせたのはそのためだったのである。
投稿者 noublog : 2019年08月14日 TweetList
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