【コラム】外部からの農業参入 ~野菜ソムリエの店 のら~ |
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2012年09月24日
★農における業態革命~ VOI.1 供給発への認識転換⇒技術開発、農家の組織化、販路の開拓の3点セットが基本構造 ~
今回はプロローグに引き続いて、5つの成功事例から成功要因を抽出し、これからの農業経営に不可欠な普遍構造を導きだしてゆきます。8/12のなんでや劇場を踏まえて、その内容をみなさんにお伝えしていきたいと思います
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前回の5つの成功事例から導かれる
☆成功するための共通構造とは?
☆農に求められる認識転換とは?
みなさんも気になりますよね☆
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★前回扱った5つの成功事例のポイント
『わらび座』
⇒核商品としての演劇を起点として地元に全員営業することで、演劇、教育活動共にファンの組織化を実現。
『モクモク手作りファーム』
⇒核商品のソーセージ直売→加工体験を軸に生産側(農家)と消費側(ファン)の組織化を実現。いかに集客するかが現在でも核となっている。
『和郷園』
⇒直売販路開拓を生命線とし、契約販売という流通のさせ方とニーズに応えるカタチでブランド化を達成。この引力で組合農家の統合を実現。
『マイファーム』
⇒借りた農地そのものを核商品とし、都市近郊住民をファンとして取り込む。農業指導役採用も地元農地オーナーのNWを利用し、情報を得ている。
『グリーンファーム』
⇒生産者の敷居を低くすることで、多数の生産者を組織化→商品数多数により、買物のテーマパーク化を実現。
◆需要発から供給発への転換◆
これら5つの成功事例における、現代あるいは近未来にかけての農業経営のポイントは何なのか?を絞り込んでいくと、まず農家にしても消費者にしても、組織化そのものが重要だということがわかります。
その場合、消費者の組織化と農家の組織化のどちらがより重要かが焦点となります。もちろん、どちらも重要であることは当然なのですが、逆にいえば、誰もが考える当たり前の認識にとどまっていては、絶対に勝てないということを意識する必要があるのです。
過去、なんでや劇場では経済危機の問題や分析を過去10回程扱ってきました。その中で、経済原論等にも遡り追求していく中で、『需要=供給』という等式においては、既に「供給」こそが重要であるという答えが2004年に出ています。
>「もはや求めてもいない物的需要をむりやり刺激したところで、活力は衰弱していくばかりである。」必要なのはその現状を突破する「活力再生の切り口」である。そしてその切り口とは、「市場経済の分析軸として固定観念化してしまった需要はどこにあるのかという需要発の発想こそ、可能性探索を妨げる旧観念であり、供給発の発想に切り替えさえすれば答え=可能性は無限に開かれる」という「需要発から供給発へ」の発想の転換であった。(リンク)
70年代貧困の消滅からバブル崩壊を経て、今や日本の個人消費者の物的欠乏は衰退の一途を辿っています。もはや、個々人の消費欲求に依存するだけでは、物的生産の経営そのものが成り立たなくなってきているのです。それは、意識潮流的には物的充足から類的充足への欠乏のシフトであり、社会統合原理としては、私権原理から共認原理へのパラダイムシフトを意味しています。
以下のグラフは、70年代に既に日本の物的豊かさが実現(=物的欠乏が衰弱)し、その後の経済成長が国の多額の借金によって人工的に水増しされてきた事を示しています。しかも、その国策は現在でも連綿と続いており、今や国の借金は1000兆とも1200兆とも言われているのです。
70年代の豊かさの実現以降、実質的に物的欠乏は飽和し、それを補うために国の資金が投入された。国の莫大な借金(赤字国債の大量発行)によって、70年以降、日本の高度経済成長(右肩上がりのGDP)という過剰消費社会は支えられてきた。
◆類的価値の創出(商品化)と生産者の組織化◆
今後の農業生産においては、何をするにしても常に類的充足の供給を幹とする必要があり、その類的充足を幹として供給源である農家をどう組織化するか?消費者をどう組織化するか?が事業の一番の核となります。この類的充足とは、すなわち共認充足のことであり、共認充足とは、これまでの物的充足のように個人で完結し消費する充足ではなく、つねに人間関係の中において相互に生成される期待・応望(応合)=感謝の充足です。
それは、人間関係(期待・応望)の繋がりが強ければ強い程、関係する人が多ければ多い程、お互いの充足が深まってゆくものです。私権原理から共認原理への転換にともなう、生産者・消費者の組織化=個人の組織化=集団化の必然は、ここにあります。
したがって、供給発への転換と組織化の必要。これらを踏まえ、まず生産者をどう組織化するか?その上で、改めて消費者をどう組織化するか?と、いう手順で考えていく事が不可欠になります。
類的供給(類的充足=共認充足の価値創出と期応関係の構築)を新認識として固定した上で考えれば、まず供給発の類的価値の生成・創出が起点になります。
つまり、
①農に求められる類的価値の生成・創出<安心・安全・健康への期待に対する技術追求はもちろんのこと、その質や提供の在り方、充足を生み出す相互関係(生産・搬入・対面・物流関係等を含む)の工夫など>を核に、②その価値を共有し生産提供できる生産者の組織化、そして、③その類的価値を共有する消費者の組織化という流れです。
もちろん、このような関係形態がいきなり完成するのではなく、
類的価値の創出⇒生産者の組織化⇒充足供給⇒消費者の組織化
という小規模の関係がまず原初形態として一旦構築され、その後
類的価値の創出⇒生産者の組織化⇒充足供給⇒消費者の組織化⇒消費者の組織化⇒更なる類的価値の創出⇒生産者の組織拡大⇒充足供給⇒消費者の組織拡大⇒・・・・
という、期待・応合の関係を深める中で、消費者の潜在的期待を汲み取り、生産者はそれに応える形で商品開発・技術開発を進め、全体として期応関係が循環深化しながら一定規模まで螺旋状に組織が相互拡大する、生成組織が実現してゆくイメージです。
以上の事から、今後の農業事業成功のポイントは、需要発から供給発への共認原理への転換を軸とする ①商品開発・技術開発、②農家の組織化、③販路の開拓(消費者の組織化)の3点セット が、基本構造であるといえます
<参考投稿リンク>
「需要発から供給発へ」
本当は供給者になりたかったのだ!
供給発のカギは、ゼロから新しい供給者を育成してゆく仕組み
「消費者⇒供給者」が活力源となり、連鎖する
現実に役に立つ「供給発」という認識
◆作るより貸す方が、利益が出るのはなぜ?◆(貸し農園で採算がとれる理由)
次に成功事例の中にある、貸し農園における『つくるより貸す方が利益が出るのはなぜか?』についても整理しておきたいと思います。
週末農業をやりたいといった需要は、大きくは自給志向から来ています。そこでの消費者の頭の中にある究極のイメージは、やはり誰しもが一度は想う「もしもの時は自分で耕して食べていける環境を確保したい」といった意識や、「自分で作れば安心・安全」という欠乏とも連動しているようです。
3.11以降、この自給志向は強くまっており、今後も益々貸し農園的な需要は増えていくと思われます。けれども、この自給志向に基づく貸し農園事業を従来の市場概念で捉え直してみれば、およそ幻想期待であるとも言えます。なぜならば、農地を借りたもののお金だけ払って何も耕していません、といった人も実際には半分くらい存在し、たとえ毎日手入れしてしっかりと農作物を育てている人であっても、「もしも」のときが本当に来たら、自給農家の田畑に比べれば個々人の貸し農園はとても小さく、自分の分だけであったとしても、実際にはわずかな食料しか確保できない可能性が高いからです。
もちろんそれでも貸している側からすれば、しっかりと安定的に収入が確保できているということになるのです。
このような貸し農園に期待する人々〔半消費者〕の登場は、幻想期待と言えば幻想期待なのですが、非常に新しい意識潮流発の幻想期待であると思われます。つまり、ここまで社会の先行きが見えない状況だからこそ生まれてきた、「自分でなんとかしたい!」という意識に基づくまったく新しい期待であると言えるでしょう。自分でつくる=自給自足への期待。それは、一方的に与える・一方的に与えられる=市場という物的関係からの離脱意識であるとも捉えられます。そして現在、このような幻想期待が色んな所に一杯湧き出ています。
ただし、期待があるから勝手に需要が生まれるわけではなく、誰かがそれをキャッチして商品という形にして供給するかで、顕在化の度合が決まってきます。端的に言えば、貸し農園方式の方が、農作物生産よりも、消費者の期待に応える供給だから利益を出せているのです。
とはいえ、供給発の視点では「貸し農園」は供給発ではありますが、類的供給という意味では、まだまだ幻想価値を多分に含んでいる供給商品であるとも言えます。そういう意味で、これからの農業は供給発の意識転換を思考の軸に、「みんなの期待に応えられる本物の類的価値」を探索し、創出し、供給し、如何に類的期待を顕在化させてゆけるか?が、まさに勝負の要になってゆくと思われます。
◆成功している農家は全て外部参入の異農家◆
先程の5つの事例から抽出できる、もう1つ重要な視点があります。
注目すべきもう1つの重要な視点とは、ほとんどの事例が異農家であるということです。全て他業種から農業に参入し、それが成功の原動力になっています。つまり、原動力は農村にあるのではなく外部にあり、外部で得た情報や発想で成功に導いているということです。
これは、多くの農村が歴史的慣習と需要発の旧来生産に留まるが故に、生産集団としての構造的問題が認識できないと同時に、社会(=みんな)の期待に対する感度が鈍くなっているのが原因ではないかと考えられます。
最後に8/12のなんでや劇場からこの論点に対する議長のまとめを引用したいと思います。
「今や農業はつくるだけではどうしようもなく、販売と組織化を実現しない限り、もはや突破できない。そして、そういう発想を持って外部から参入してきた、ある一群の企業だけが成功を収めている。
これは、農の業態から見れば、全く異質である。つまり、農においても物的生産から類的生産へと業態革命が不可欠な段階に来ていることを表している。もはや従来のつくるだけでは絶対に成立しない時代を迎えている。
この認識転換ができていない限り、農の世界で勝てるはずもない。農の経営において求められるのは、物的生産から類的生産への頭の切り替えである。」
😀 それでは、農における業態革命~vol.2へとつづきます
投稿者 kasahara : 2012年09月24日 TweetList
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