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2020年02月20日

農と全人教育8~「強い農業」が答えにならない理由

政府や財界の文脈で農業が語られるとき、必ずと言っていいほど使われる「強い農業」という言葉。

他の産業と同様、高い生産性を強く意識させるこのフレーズの先には、一つの理想形としてアメリカの農業モデルが描かれる。

しかし、真に日本の農業のあり方を考えるならば、そもそも「強い農業」というキャッチフレーズから解放された視座に立つことが必要だ。

 

以下、転載(「農業を株式会社化する」という無理 著:内田 樹)

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いま、政府や財界の文脈で農業が語られるときには必ず「強い農業」という言葉が使われます。それは今の農業が「弱い農業」だという前提に立っての発言です。では、どうやって「弱い農業」を強化するつもりなのか。
農業というのはそれ自体が「弱い」ものだということをどうも「強い農業」を語る人たちには理解できていないようです。

農業が他の産業と同じように成長をしていないのは農業従事者にビジネスマインドがないからだ、生産性向上のための当然の努力を怠ったからだという主張に僕は与しません。農業の存在理由は経済成長とは別のところにあるからです。農業と経済成長は無関係です。

 

■アメリカは基準にならない
強い農業を標榜する人たちは、アメリカの農業を一つの理想にしています。でも、アメリカの農業を「世界基準」にして、それをモデルにすることはできません。アメリカの農業のあり方が特殊過ぎるからです。
耕地が広く、経営が大規模だというのが日本の農業とアメリカの農業の際立った違いだとされますけれど、実質は規模の問題ではなくて、そもそも農業の歴史的な成り立ちが違う。
アメリカの農業は植民地農業から始まりました。植民地農業というのは、「植民地原住民」の福利のために行われるわけではありません。綿花とかタバコとか砂糖とか、「宗主国」の市場が求める商品作物の栽培から始まります。アメリカに住む人たちが食べるものを作るためではなく、海外市場で売り捌くための商品作物を作った。

それが可能だったのは、第一に巨大な無主の土地があったからです。誰も住んでいない土地があった。もちろんネイティヴ・アメリカンは入植者が来るよりはるか以前から北米大陸にはいたわけですけれど、彼らは狩猟民で農耕をしなかったし、そもそも「土地を所有する」という概念を持っていなかった。だから、入植者たちはネイティブ・アメリカンを彼らの土地から追い払い、そこを「無主の土地」とみなして、私物化した。

大規模農業が可能だった第二の理由は、アメリカで農業が始まってから19世紀までは奴隷労働が農業労働を支えたからです。アフリカから連れてきた黒人奴隷たちは、奴隷商人から買うときは高額ですけれど、基本的に無給の労働者であり、家畜と同じように「繁殖」させることができる。このきわめて安価な労働力がアメリカの初期の農業の労働力を形成しました。

1865年に南北戦争が終わり、奴隷解放令が布告され奴隷制に依存した南部の農業が解体してゆくわけですが、まさにそのときに、1859年からアメリカでの機械による石油発掘が始まります。1901年テキサス州スピンドルトップで1日約10万バレルを噴出する油田が見つかり、アメリカは石油ベースの第二次産業革命に突入します。

「無主の土地」があり、植民地でのプランテーションがあり、奴隷制があり、最後に無尽蔵のエネルギー源が湧出した。これがアメリカという国の全産業の特殊性を形成する特殊な要因です。無主の土地、植民地農業、奴隷制、石油の発見、このどの一つが欠けてもアメリカの農業は今のようなかたちにはなっていなかったでしょう。

でも、日本にはそのどの一つもありません。無主の土地もないし、プランテーションの経験もないし、奴隷制もなかったし、石油も出なかった。そんな国でアメリカの産業モデルが適用できるはずがない。
アメリカには農業資本の蓄積において圧倒的なアドバンテージがあります。それを無視して日本とアメリカを同じ条件で競争させるというようなことは不可能です。「何でアメリカでできることを日本ではできないんだ」と言う人は歴史を知らなさすぎる。アメリカの農業はアメリカなりのアドバンテージがあり、同時に弱みもある。日本の農業には日本なりのアドバンテージがあり、弱みもある。それを認めて、日本固有の農業のかたちを目指すべきなのだと思います。

 

■日本にあるアドバンテージ
日本の農業には、アメリカにもヨーロッパにも他のアジア諸国にもないアドバンテージがあります。それは、技術や資金がない人でも、思い立って「そうだ、農業を始めよう」と思ったら、農業を始めることができることです。

ニューヨークのサラリーマンが急に脱サラして農業をやるかということはまずありえません。やろうと思い立っても、どこに行けばいいのか、わからない。土地を購入して、スプリンクラーを設置して、コンバインを買って、飛行機で農薬散布をして…ちおう定型的な農業をするつもりなら、初期投資だけで何億円もかかる。何の技術もないし、資金もない人間がそんな規模の農業を始めることは事実上不可能です。自宅の裏庭で畑を作って…というような小規模の自営農業には市場競争力がまったくありません。いまさらそんな食えない仕事を始めようという人間がいるはずがない。よほど蓄えがあって、それを食いつぶす気で田舎に隠居するつもりならともかく、都会のサラリーマンがシティライフに嫌気がさして、田舎で農業をやって幸せに暮らすなんていう選択肢は事実上存在しない。現に、ハリウッド映画、存在しないでしょう。日本にはそういう映画がいくらもありますけれど。

ヨーロッパでもやはり「帰農」は簡単にはいきません。フランスは農業国ですけれども、そこでも都会人がいきなり農業を始めるというようなことはまずできないでしょう。パリのサラリーマンが縁もゆかりもない土地に来て、突然「ここで農業をしたい」と言い出しても、村の人たちは受け入れてくれないでしょう。フランスの地方自治は「コミューン」という行政単位ですけれど、カトリックの教区をベースにした「身内」の自治体です。結束は固いけれど、排他的です。都会の人間が見ず知らずの土地に住み着いて、農業を始めるというようなことはきわめて困難です。

隣国の中国もそうです。都市部の3K労働を担うのは「農民工」と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者です。その数2億8000万人。彼らが出稼ぎに出てくるのは、農業では食えないからです。1年働いて収穫した農産物を売って得られる年収が10万以下というような国で、都市を離れて農村で暮らすというようなもの好きがいるはずがありません。

日本だけが例外的なんです。東京で40歳ぐらいまでまったく違う仕事をしていた人が、急に縁のないところに突然行って「ここで農業をしたいんですけれども」と言っても「耕作放棄地が余っているから、ちょうどよかったよ」と言ってもらえるなんて国は世界でも日本ぐらいしかない。もちろん脱サラ農家が高い収量を得ることは難しいでしょうけれど、自分が食べてゆくだけのことを目指すなら、それほど技術がなくても、機械や農薬にお金を使わなくても、そこそこのものができる。それが可能なのは、日本列島が温帯モンスーン気候で、地味が豊かで、水が多く、植生が豊かで、動物種が多様で…という環境が整っているからです。
都市部の住民が農業回帰するトレンドが出てきたのは、ライフスタイルや人口動態の問題だけではなく、そもそも「そういう生活の転換が可能である」ための条件が整っているからです。自然環境として、社会環境として、それまで農業と縁もゆかりもなかった人間が農村にやってきて、農業を始めることができる。アメリカのように巨額の初期投資が必要で、何十人もの農業労働者をかき集めないと始まらないというような大規模なものではないし、フランスのように排他的な農村共同体のハードルがあるわけでもない。中国のように農業だけでは生きてゆけないというわけでもない。

もちろん、日本の農村も排他的ではありますけれど、限界集落化してゆくと、そんなことも言っていられない。もう「猫の手も借りたい」というところまでせっぱつまっている。だから、村落共同体のメンバーシップの条件がずいぶん下がりました。
ただし、これは一時的なことであって、これ以上過疎化が進んだ場合には、そもそも都会からの帰農者を受け入れる村落共同体そのものが消滅してしまうリスクがあります。ですから、日本で都市住民の帰農が可能なのは、農村の過疎化が進行しているが、まだ村落が消滅していないという過渡期に限定されるということです。

投稿者 noublog : 2020年02月20日 List   

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