2010年7月22日
2010年07月22日
類農園の農産物を徹底PR☆~大和野菜編~
こんばんは :D
梅雨 があけ、強烈な暑さ が続いていますね 。
露地の畑 ではかんかん照りの中、黒豆や小豆の作業が続き、ハウスの中では軽く45℃を越える蒸し風呂 のような状態でスイカの収穫やメロンの栽培管理を続けています 。
さすがに昼の12時から2時頃までは身の危険すら感じるような状況なのでお昼休みにしています・・・ほんの少しでも仮眠を取ると体と頭がス~ッと軽くなり、夕方の作業がはかどるようです 。
野菜達 もさすがに【マイッタ~ 】と言う感じなので主要な作物のハウスには遮光ネットをかけています。
遮光ネットとは文字通り太陽光 をさえぎる機能を持ったネットです。一般に真夏日の全天空照度が10万~12万lxでトマトやメロンの飽和照度(これ以上照度が上がっても光合成の効率が上がらない限界最大照度)は4万~5万lxです。なので、類農園では、多少雲があっても、飽和照度程度になるよう遮光率40%の遮光ネットを用いています。
これで、野菜達も一息ついた?ちょっと涼しげ?な感じです。
これから8月中旬のお盆明けまではこんな暑さが続きます。農作業中の事故がないよう気をつけたいと思います 。
では、今日は類農園の農産物を徹底PR☆で予告しましたとおり、「大和野菜」を紹介します。
類農園奈良農場のある奈良県宇陀市は「国の始まり大和の国、郡(こおり)の始まり宇陀郡(うたごおり)」 と言われるほど、日本で最も古い地域であり、地名とされています。「ウダ」は、「ウラ(浦)」や「ウナ(海)」と同じ意味で、宇陀の人たちこそが、山奥にまで押しやられた海人族である倭人の末裔なのではないか?と言う説も有ります 🙄 。また、宇陀は昔から金属の採取ができる山地で、赤い土が今でも多く、水銀鉱脈があり、現在でも金属会社が残っています。 宇陀・阿騎野は記紀の場所で万葉集の歌にも数多く登場します。サッカーの八咫烏神社(やたがらすじんじゃ)は類農園の裏の山になります。
本当に【古代へのロマン】は尽きません 🙄
・・・この辺りは↓も参考にして下さい。
大和誕生と水銀 ②宇陀の水銀
地名から歴史を読み解く☆宇陀☆
このブログでも類農園奈良農場付近の歴史を一度追求してみたいと思います。
では、本題です。歴史的には本当に古~い、奈良県、この奈良県に古くから伝わる野菜たち・・・大和野菜を紹介します。
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投稿者 nara1958 : 2010年07月22日 Tweet