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2012年02月02日

【コラム】祭りの継承より共同体の再生⇒新たな祭り場へ

こんにちは。
年が明けて、もう1ヶ月が経ちました。
作付け面積の大きい三重農園では、もうしばらくすると、水稲の種まきの準備に入る時期になりますが、
地元の農家の方々は、一年で、一番ゆっくりできるときかも知れません。
そして、2月初旬(今年は、4日(土))に、下久具集落で最大のお祭り 「御頭神事」(獅子舞)が行われます。
この機会に、農村の祭りについて、少し考えてみたいと思います。
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私たちの地域でも、ご多分に漏れず、集落の活力、祭りの盛り上がりは、年々低下しています。
御頭神事は、私たちの地域を流れる清流宮川流域でも、いくつか継承されていて、テレビや新聞等でも取り上げられます。
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しかし、例えば、昔は2日間に渡ってやっていたものが、土曜日1日だけで終わらせて、日曜日は、ゆっくりする。なぜなら、会社勤めや公務員の方がほとんどの時代になったので、日曜日に目一杯やると月曜日の仕事がしんどくなるからだそうです。
下久具集落の御頭神事もかつては、土曜日に海で禊(みそぎ)、日曜日が舞いの本番という手順で、
舞手は、禊をした夜は、穢れてはいけないので、女性に触れることはできなかったそうです
そういえば、農業体験企画でも、お父さんも参加されるような企画だと、日曜日開催よりも、土曜日開催の方が、参加者が多い傾向ですが、これも同じ理由です。
また、盆踊りも、お盆休みに遊びに行ったりということで、行われなくなったり、折々の行事も参加者が少なく、また、祭りや行事の元々の意味が不鮮明になって、開催、継続することだけが目的となりつつあります。
生活様式が変わったと言ったらそれまでですが。
それは、なぜなのでしょうか?

日本の婚姻史に学ぶ共同体のカタチ~祭りにみる日本人の最大期待とは?~
http://bbs.jinruisi.net/blog/2011/12/001051.html
冒頭の問い、「祭りの本当の充足」とは、みんなの最大期待=性の充足であったことが、祭りの歴史の中から見出すことが出来ます。
以上からみてきたように、古代から続く普遍的な期待は、みんなの共認充足=性充足であったといえます。その期待が最大期待であるが故に、救い期待に応える哲学として生まれた仏教も、日本に入ると共認充足・性充足を得るためのものに変容させてしまうところに日本の本質があります。それは、現代でも社員の充足を第一とする日本の潮流にも現れているのではないでしょうか。
共認形成の為の祭り、「まつり場」の形成が社会形成へ
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=194159
豊かさが当たり前になった現在では、豊作、安全、繁栄等の祈りや、感謝といった本来の祭りの目的意識は軽薄化し、市場化の影響等も受けて中身も摩り替わってしまったものも多いと感じます。
貧困消滅以降は、一部の特権階級・発信階級によって人々が共認形成出来る場(まつり場)を完全に支配され、人々は集団の課題を見失い、社会が閉塞しました。発信階級に支配されてはみんなの意識を統合することはできません。
かつての純粋な祭りでは、地域の皆が参加し、共認形成から地域社会を形成していくことが出来ていた。みんなの意識を統合できるという意味で祭りは必要であったのだと思います。そして、皆の意識を統合した、そのエネルギーは凄まじいものです。
私権原理が無効な現在では、誰もが参加できて当事者になれるネットこそ、現代におけるまつり場だということがいえます。かつての日本中にあった祭りと同様の意識で、ネットのまつり場に参加し、そのエネルギーが集れば、社会を皆で造ることは想像しやすいと感じました。
日本人は祭り好き(島国日本が繁栄していること自体が祭り、世界金融危機も祭り)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=196206
つくづく日本人は逆境に強い、それどころか逆境でこそ、挑戦者として、防衛者として威力を発揮する民族なのだとあらためて感じさせられる。逆境に強い、それはずっと前から逆境が数多くあったこと、その数だけ克服してきてみんなで喜んだことによる記憶の刻印だ。平和で安全でお金持ちの貴族的な余興を心からは楽しめない。それは真から平和で安全でお金持ちになるには表面だけそのようにみえてもだめで、解脱充足まえに必ず現実の課題を協力して克服するという作業がなければ条件を充たさないことを、われわれの先祖が充足の伝授という形で教えてくれ続けたからだと思う。
どんなに飢饉でも、どんなに戦乱でも、幾多の苦難を祭りや行事で乗り越えてきた。ときには一揆もやった。ときには身売りもした。ときには赤紙に従った。そんなときでも自然に感謝し、先祖に感謝し、同時期に生きる仲間に感謝し、今日生きれたことに感謝した。感謝と明日への期待が祭りや行事になった。せめて○○だけは。私達日本人には○○が本当に多くて、まるで行事と行事をつなぐために日常があるようにさえ思う。一日という短時間でもお早う(朝)→今日は(昼)→今晩は(晩)→お休みなさい(夜)、である。

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つまり、祭りそのものをどうにかするという課題ではなくて、
生産(闘争)と性(生殖)という課題を共にする仲間と共同体が存在して、その充足を高め、活力を上昇させるのが、祭りであり、現在、共同体や地域コミュニティーが崩壊していると言っても良い状態では、共同体の再生が必要であるのと同時に、、肥大した社会、国家というレベルで、課題を共有し、閉塞した時代に突破口を見出して行く、社会を包括した祭り場(現在考えられるところでは、ネットの場)の構築が求められるのではないでしょうか。

投稿者 naganobu : 2012年02月02日 List   

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