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2020年12月15日

自然農法という選択(1/2)

今日の記事【農業技術研究所 歩屋(あゆみや)】は、前回紹介した自然農法の福岡正信氏 そして 時代をさかのぼり、自然農法の先駆者である岡田茂吉氏両名に影響を受け、自らも自然農法の研究・実践を行っている歩屋さんのHPから、紹介させていただきます。自然農法とは何かに迫る全二回でお送りします。

目次

1、先駆者たち

2、味と品質

3、肥料を使わず大きく育つのか?

4、難易度は?

5、自然農法の理論 “オカルト”という批判はもう古い!? 

今回は上記の1と2を紹介します。では・・・・リンク 

転載開始

1、先駆者たち

自然農法とか、自然栽培という言葉は、一般にはまだ聞き慣れない言葉でしょう。それでも10年前に比べれば、ずいぶんと知られるようになったと思います。

数年前に、「奇跡のリンゴ」という映画が制作されて話題になったことがあります。実話をもとにした映画です。過去、不可能と言われていた無農薬リンゴの栽培に成功した男性がいます。青森県弘前市のリンゴ農家、木村秋則(きむら・あきのり)さんといいます。

彼の育てるリンゴは“奇跡のリンゴ”と呼ばれ、それが映画のテーマになりました。

私は、いまから10年以上も前の2006年12月、NHKのプロフェッショナルという番組で、木村さんのことを知りました。そのとき、言葉にならないほどの衝撃を受け、そこから農業研究の道をひた走ることになりました。

いまから思うと懐かしさも感じます。テレビ番組では「無農薬リンゴ」に焦点が当てられていました。当時の世の中は、「農薬を使わないこと」に価値がありました。もちろん、その傾向は今でもそれほど変わりません。私もそこに感動したのは間違いありません。

ところが、良く調べてみると、木村さんの行ってきたのは「自然農法」だったのです。つまり、農薬を使わないのはもちろんのこと、肥料を一切使うことなく果樹や野菜を栽培する技術があり、自然農法と呼ばれていることがわかりました。

そして、自然農法について調べれば調べるほど、その奥深さや難しさに言いようのない魅力を感じました。

自然農法には、2人の先駆者がいます。1人は、岡田茂吉(おかだ・もきち)さん(1882-1955)、もう1人は木村さんに影響を与えた福岡正信(ふくおか・まさのぶ)さん(1923-2008)です。

岡田さんは、世界救世教という新興宗教の創始者であり、幼いころの大病をきっかけに、人糞を使った農業に異を唱え、「本来ならば、農業に肥料や農薬など必要ない」と新しい農業論を提唱しました。さまざまな独自理論を唱え、多くの方々が熱心に今日まで研究を重ねています。

福岡さんは、やはり若いころに大病を患い、当時の農業技術に不信感を抱いたようです。仕事も農業試験場の研究員をしていたこともあり、「野菜や米・麦は(肥料も農薬も)なにも施さず実る」と考え、自ら山奥に入り、自然農法を実践しました。著書の「わら一本の革命」は海外でも有名で、砂漠の緑化運動にも尽力してきました。

岡田さん、福岡さんの影響を受けて、いろいろな人たちが自然農法にチャレンジしてきて、いまに至ります。その中で、一躍有名になった実践者が、リンゴの木村さんでした。

では、「農業に肥料も農薬もいらない」という考え方は、どこまで信頼性があるのでしょうか。だれが実践しても可能なのか、それとも特別な能力がないとできないのか。それが私の最大の関心事でした。

ジャーナリストであった私は、さまざまな本を読んだり、実践者に会いにいったりして、その技術の実際のところを探し求めていくと、残念ながら、まだ簡単には取り組めない、発展途上の技術であることがわかりました。

自然農法の歴史はまだ100年ほどの若い技術で、理論と呼べるほどの科学的な研究はほとんどなされていないのです。そこで、私自身も技術の発展に役立ちたいと、研究の道に入りました。目的は、自然農法の仕組みを科学的に解明すること。そして、希望すればだれにでも実践できる理論を提案すること(つまり再現性の確立)、その2点です。*当社の自然農法理論は特許を取得しています。これは従来の自然農法の考え方、技術とは全く異なる視点から確立した技術であることが認められたという意味では、単純に自然農法の分類には入らないかもしれません。

 

2、味と品質

21世紀に入り、農作物や食品全般の「偽装」がよく話題になります。何が本当で、何がウソなのか。命に直結する食べ物での分野で、このような問題がひとつでも起きることは、異常な状態であると思います。

消費者のほとんども、この問題に薄々気づいてはいても、疑いだしたらキリがないことをよく知っているので、あきらめているのではないでしょうか。

しかし、本当にあきらめてしまっては、子供や孫の世代に危険な食べ物を押し付けることと同じではないでしょうか。幼い子供たちは、自分の力で選ぶことができません。私たち親や祖父母たちは、ここが踏ん張りどころだと思うのです。

さて、自然農法という興味深い栽培方法が提唱されてから、まだ100年も経っていません。そのほかにも、有機農法と呼ばれる技術もあります。これらの技術は何がどう違うのか。また、味や品質の違いはどうなのか。何が問題なのか。そのことを考えてみます。

農業技術は、大きく3つのグループに分けれらています。その違いについてまとめました。

①慣行農法(かんこうのうほう):一般的に行われている技術。使用しているもの=化学肥料、有機肥料、農薬、遺伝子組み換え種子 

②有機農法(ゆうきのうほう):農薬や化学肥料への反発から生まれた技術。使用しているもの=有機肥料(動物性、植物性) 

③自然農法(しぜんのうほう):自然との一体感を重視する情緒的な技術。使用しているもの=一切不使用。ただし、有機肥料(植物性堆肥のみ)は可とされる。 

ざっと、このような感じです。日本ではほとんどが慣行農法で、ごく一部が有機農法(全耕作地の1%未満)です。自然農法は、全体から見れば、ほぼゼロに等しいでしょう。(欧米では、急速に有機農法が広がっています)

では、味や品質はどうなのでしょうか。

【味】

いまの社会は、慣行農法の作物がほとんどで、食べ比べた経験のある人は少ないと思います。なので、「どうやって栽培しても、味はたいして変わらないのではないか」と思っている人が多いでしょう。

しかし、実際には違います。

野菜や果物の味は何で決まるかご存知でしょうか。ずばり肥料と農薬です。肥料の味、農薬の味があるのです。(ただし、農薬の味は、舌がしびれるピリピリ感です)

化学肥料を使った作物はエグミが多く、有機肥料を使った作物は、例えば牛糞や鶏糞などの家畜糞を使った場合、糞由来の味がします。甘味料を肥料に使えば甘くなります。

逆に自然農法は、初めて食べたときに「あれっ?」と思うほどあっさりしていると言われます。エグミがなく、ピリピリ感もありません。舌にまとわりつくようなベタベタした甘味もありません。

そして、しばらく食べ続けていくと、自然農法特有の、ほんのり微妙で複雑な味わいが判別できるようになります。同時に、慣行農法や有機農法で栽培された作物の強い味(臭い)に違和感を覚えるようになることが多いようです。

【品質】

自然農法の作物について検索すると、「腐敗実験」をしている情報に出会います。慣行農法・有機農法・自然農法の3つの作物(野菜・果物・米など)をガラス容器に密封し、時間が経つとどうなるか比較実験するのです。

結果は、慣行農法⇒すぐ腐敗する。有機農法⇒少し遅れて腐敗する。自然農法⇒腐敗せず発酵する。

これこそ、私が自然農法の研究の道に入った動機です。

「新鮮野菜」という言葉があります。あるいは、ビニール袋に入れて野菜を放置していると、腐敗して溶けてしまう経験を持っている人も多いと思います。いまの野菜は、新鮮なうちに食べないといけません。

しかし、冷静に考えてみましょう。密閉して腐るということは、新鮮な野菜を食べても、密閉された胃腸の中で、野菜は腐ってしまう可能性があります。逆に、密閉容器で発酵する野菜を食べると、胃腸の中でも必ず発酵する、つまり乳酸菌などの善玉菌が増えるということになります。

地球上のどんな生き物も、自然のものを食べて生きています。もちろん、人間もそうでした。食べて腐敗するものは、本来の人間の食べ物とはいえません。腐らない農作物、それが自然農法の作物です。

腐敗する食べ物が、さまざまな病気の原因になっている可能性があります。その視点に立つかどうかが、自然農法を選択するかしないかの分かれ道になるのでしょう。

以上転載終了

○まとめ

歩屋さんの言葉を借りれば、動物も植物も生態系の中で(循環系統の中で)生命を宿している。人も同じ。なので、本来、体に摂取する食物(野菜)も自然のままの状態が当たり前であり、そこが非常に重要であること。

自然のままのものは、腐敗せずに醗酵する。なので、例えば、その食物(野菜)がどんな状態であっても体には良いもの。

すなわち、自然のものは全て、生きるために生まれてきているのだから、自然のままのものを生態系上位のものが食しても、生きるための要素が無限に存在しているので、全てプラスに連鎖・循環している。それがまさしく生命原理であるという事。それが本来の姿であると・・・

なので、慣行農法や有機農法によってつくられた野菜は、そもそも自然の摂理に反しているだけでなく、体に悪い食物になり果ててしまった。という事なのでしょう。

紹介した自然農法の先駆者たちは、両名共若い頃大病を経験しています。その経験は、自身の「生」に直撃し、自然のあり様、自らの本能に直結した不整合を感じたから、自然農法という領域に突き進んだのかもしれません。次回は、続きです。では、お楽しみに・・・

投稿者 noublog : 2020年12月15日 List   

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