| メイン |

2020年06月18日

有機農法を続けて得た熟練の境地「稲に見られている」

今回は、有機農法を手掛けている農業家のお話です。

「作物の声を聞け――」彼は、稲を徹底的に観察することで稲と一体的になれるまでの境地に行きつく。そして、今では「稲に見られている」と話す。

独特な感覚でこの境地に至るまでの経緯。そしてついに彼は、「稲」自体が最高の状態で生育するための手法を会得したのだ。(2020/06/15発信)

転載開始【リンク

作物の声を聞け――。先輩農家から、そんなふうに言われたことはないだろうか。ふつうに解釈すれば、作物がうまく育っているかどうかを、鋭敏に察知できるよう「よく観察しろ」という意味だ。地道な作業がその感性を磨く。だが茨城県稲敷市のコメ農家、大野満雄(おおの・みつお)さんはもっと踏み込んで、「稲に見られている」と話す。経験に基づくリアルな感覚だ。

 

■有機農法のコメ作り、雑草を抜き続ける日々に訪れた特別な瞬間

大野さんは農業法人の東町自然有機農法(茨城県稲敷市)の代表だ。自社農場の33ヘクタールを中心に、仲間の農家の分を合わせて100ヘクタール近くの田んぼで作られたコメを販売している。販路はパックご飯の製造会社やスーパー、米店など。大野さんの営農の考え方に共感してくれる売り先だ。栽培で最も重視しているのが、有機農法だ。15ヘクタールの田んぼで農薬や化学肥料を使わずに育てている。その他の多くの田んぼは、農薬や化学肥料の使用量を地域の半分以下に抑える特別栽培でコメを作っている。有機栽培はコメの生産調整(減反)が1970年に始まった後、東町自然有機農法の前代表だった父親が始めた。理由は二つある。一つは、生産調整で麦や大豆を作った後、畑を田んぼに戻してコメを作ると、水田特有の雑草が生えにくいことに気づいたからだ。もう一つは、栽培方法で特色を出すためだ。有機でコメを育てる農家はいまも少数派だが、当時はもっと珍しかった。

大野さんはいま63歳。30代半ばで父親の後を継いで代表になった。そのころ一番苦労したのが、雑草退治だ。前年に麦や大豆を作った田んぼ以外でも、農薬を使わずにコメを作るようになっていたからだ。田植えをした稲の縦の列を「条」と呼ぶ。田んぼに入り、両手を左右に伸ばして雑草を取ることができるのは5条が精いっぱい。1日かけて雑草取りをしても、50メートルの田んぼを1往復することしかできなかった。それでも有機栽培をやめはしなかった。いまほど強い確信を持っていたわけではないが、そのころすでに有機農業に意義を感じ始めていたからだ。農薬を使わずにコメを作ることをあきらめず、ただこつこつと雑草を抜き続けた。そうした地道な努力を続ける日々の中で、ある特別な瞬間が訪れた。代表になってから10年ほどたったとき、奈良県にある自然食品店を訪ねた。その帰り、時間が余ったので京都市にある東本願寺に立ち寄った。本堂に入ると、たくさんの参拝客がいた。だが目を閉じると参拝客が意識から消え、過去に東本願寺を訪れ、祈りを捧げた人々のイメージが心に迫ってきた。田んぼに入って雑草を取り続けてきたことと、この体験の因果関係を説明するのは難しい。ただ大野さんがはっきり覚えているのは、この体験の直後にある強い衝動がわき起こったことだ。「田んぼのそばに花を植えたい」

 

■花を育てる中で気付けた稲の違い

大野さんは京都から戻ると、有機栽培でコメを育てている自分の田んぼの脇の農道にコスモスの種をまくことを決めた。農道は長さが120メートルで、幅が十数メートル。その中央の7~8メートルを花壇にすることにした。農道は機械で耕すのが難しいほど、硬く踏み固められていた。大野さんは「機械が壊れてもいい。やらなければならない」と思い定め、懸命に耕して種をまいた。秋には、コスモスがピンクや白のきれいな花を咲かせた。この美しい光景が、大野さんにある直感をもたらした。「種をまかないと、芽は出ない。芽が出ないと、花は咲かない」。金銭的な見返りをいっさい求めず、ただ花を育てる中で生まれた直感だ。これが、農業に対する揺るがない確信となった。「天が教えてくれた」。大野さんはそうふり返る。この直感は、稲作への向き合い方を見つめ直すことにもつながった。見慣れた稲の姿が違って見えるようになったのは、雑草を刈っていたときのことだ。「稲は一本一本違う。子孫を残すため、一生懸命生きている」。そう気づいた途端、目の前で育つ稲がそれぞれ個性を帯びて目に迫ってきた。

「自分が稲に対して何をしているのか。稲はそのことを見ている」。そんな思いに包まれた。作物を観察するという一方的な感覚ではなく、「稲がこっちを見ている」と実感したのだ。技術の巧拙が試されているというより、稲に向き合う誠実さが問われているような感覚なのかもしれない。こうした気づきを通し、雑草に対する考え方も変わっていった。「稲は大切だが、雑草もまた脈々と生きてきた」。そう気づいたことで、雑草を取り切る必要はないと思うようになった。伸び放題にしていたのでは稲が育たないので、できるだけ雑草を抜く。だがゼロにしようとは思わない。その結果、稲が雑草に負けてよく育たないこともある。そんなときは「稲が十分に育つための環境を作ることができなくて、申し訳ない」と考えるようになった。土作りから水の管理を含めてよりよい環境を作れれば、もっと元気に育ち、雑草に負けなかったのではないかと思うようになったのだ。稲が何を求めているのかを考えるようになったことで、栽培のきめ細かさが増した。だが追求しなかったこともある。収量だ。大野さんは「稲の本来の力からすると、いまの平均収量は多すぎるのではないか」と考える。「収量を追求し過ぎると、稲がいい子孫を残すことを妨げる。おいしいコメにもならない」。大野さんはそう話す。稲が健全に育ったのかどうかがわかるのは、秋に稲穂が実ったときだ。大野さんによると、「黄金色の状態が違う」。そんな稲の表情を見分けることができるのも、熟練による感性だろう。

 

■広い面積でコメを作る意味とは

「稲がこちらを見ている気がする」。この独特な表現を大野さんから初めて聞いたのが、1年前。小雨が降る中、田んぼで育つ苗を見ながら、大野さんは「いい表情をしている」という趣旨のことを言った。今回はこのことを深掘りするために、改めて取材をお願いした。1時間以上にわたって丁寧に話してもらったが、正直、大野さんが感じていることをきちんと理解し、伝えることができたのかどうか自信はない。ここで確認しておきたいのは、仲間の農家の分を合わせると、100ヘクタールという広い面積で作ったコメを扱っている点だ。そのうち有機栽培をしているのが15ヘクタール、自社の栽培面積だけでも8ヘクタールある。この大きさに意味がある。今回の取材で有機農業について質問したとき、大野さんは「農薬や化学肥料を使わないという栽培方法の意味だけではない」と強調した。では有機農業の価値とは何か。「自分は有機の里と言っているが、その中で人と人が結びついて農業を続けていくことができればいいと思っている」。ごく狭い面積で自分だけでやっていたのでは、この目標にたどり着くことはできない。しかもつながりを感じる相手は、人間だけではない。「我々は朝起きたら空気の香りや風の流れを感じ、鳥のさえずりを聞く。そして一日の仕事を始める」。ここまで話した後、しみじみと「農業って面白いよなあ」と語った。地道に長年、稲と向き合い続けたことで得た力強い感慨だった。

以上転載終了

 

■まとめ

対象を真っすぐ見ていると、対象の声が聞こえてくる。そして、彼らがこちらを見ている。(自分が対象に見られている)という感覚になってくる。

そうすると、彼らが、快適な活動を営むにはどうしたらよいかに思いがはせる。まさに対象との一体感。この対象が、人や動物ではなく、「稲」(植物)であることに今回は衝撃を受けた。

よくこのレポートを読むと、大野さんは、現実の対象にしっかり肉薄している。「稲」の最高の状態(色だったり 大きさだったり 手触り 香りと・・・)に、日々詳細に、丁寧に育てて(観察して)いなければこのような感覚にはならないと想像はつく。まさに、現実直視の賜物。

現代の「植物の背後に精霊を見た」という感覚を地で体験している方だと思う。

更に言うなら、この観察は、本能をフル回転させなければ成立しない。「稲」を取り巻く自然環境を、そして「稲」そのものを五感で、素直に感じることで、更に一歩踏み出す。(追求する。)

現代人が忘れかけている本能機能の正しい付き合い方。大野さんは、我々に人間本来の存在(適応そのもの)を教えてくれているのではないだろうか? 次回もお楽しみに!

投稿者 noublog : 2020年06月18日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.new-agriculture.com/blog/2020/06/4482.html/trackback

コメントしてください