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2020年08月18日

消費者と農家がつながる「農コン」のススメ【ゼロからはじめる独立農家】

コロナの影響で、様々な産業が痛手を受けています。

農業もそのうちのひとつですが、今回の記事は、人と人が繋がっていく事で、この痛手を回復していく可能性が実現できていくというお話です。

今まで、作り手側の顔が見えなかった農作物を「農コン=農業コンパ」という形で「顧客」と「農作物と生産者」が醸成された関係になっていくのです。コロナ後のひとつの世界。

では、続きはどうぞ・・・・・2020/07/30

転載開始【リンク

6次産業化という言葉も当たり前に使われるようになってきました。その目的は加工販売することではなく、付加価値をつけるということ。では農家の持つ最大の付加価値とは何でしょう。つながりが価値を生む、そんな新しい時代におすすめのイベントとは――?

 

■農家であることが価値になる時代

農業団体の集まりにおいて「昨今厳しい農業情勢ですが」と慣用句のように使われているのを聞くたびにもったいないなと感じてしまいます。農業は斜陽産業だと自己暗示をかけているようなものです。可能性が「あると思っている」か「ないと思っている」か、その前提が違うと結果はまるっきり違ってきますよね。

21世紀は環境の時代、今、農業がとても見直されてきています。「菜園生活 風来(ふうらい)」を営む私のもとには毎週のように新規就農の相談がありますし、本屋に行くと農家の書いた本がずらっと並んでいます。このようなことは少し前には考えられませんでした。ある意味農業は憧れの産業になりつつある。それにもかかわらず農家自身がマイナスイメージを出しているのはとてももったいないと思います。

 

我が菜園生活 風来は、自称日本一小さい農家(耕地面積30アール)ということで収穫量は限られています。その農産物をできる限り価値を高めて売りたい、付加価値をつけたいということでいろいろやってきたのですが、「農家の最大の付加価値は農家であること」そう確信しています。

それは先述したように農業自体が見直されてきたというのもありますが、農産物ほど差別化できるものはないからです。例えばパソコンを買う時、同じ型のパソコンであれば(販売元に信用がおけるという前提ですが)安いところから買いたくなるのが普通でしょう。しかしトマトの場合、同じ品種においてもまったく同じものはありません。糖度や硝酸態窒素、価格など数値で測れる部分もありますが、育てる人によって意味合いが違ってくるのです。

意味合いとはその農家の思い。農家によって味、安全性、収量と肥料のバランスなどへの考え方はマチマチ。そしてその時の天候、育てる土地によっても変わってきます。その結果が農産物。共通しているのはよい物を育てたいということ。人(農家)によってこれほど変わるものはありません。

 

そしてさまざまな農家に出会い気づいたのが、前向きな農家はとても面白いということ。

別連載「北の宇宙人農家達」【リンク

ではその中でも特徴的な人達を挙げていますが、まさにキャラが立っています。冒頭に述べたような「農業は厳しい」なんて言葉、そんな農家からは聞いたことがありません。そしてそんな人が育てた農産物はおいしい。「農家の人柄が味に出る」とはよく言われる言葉ですが、まさにその通りだと実感しています。

 

■「かかりつけ農家」を見つけよう、がテーマのイベント

農家と食べる側が直接話せる機会として、収穫祭などのイベントがあります。私自身サービス業出身で人と接するのが好きでよく参加していたのですが、その場でお客さんとじっくり話をするというのは、できそうでなかなかできません。なぜなら販売している農産物は生鮮品なので、売れ残り=ロスとなる。その場で売り切ることがメインのミッションになってしまいます。また求める側も人それぞれ。味という人もいれば、安さ、新鮮さとバラバラなので、収穫祭後も連絡が取れるようにとパンフや名刺を渡してもなかなかつながれないのが現状でした。

そこで農産物ではなく「農家の人柄を知ってもらう」をメインにしたイベントをやってみたらどうだろう、とFacebookにイベントページを立ち上げました。そのイベント名が「農コン」。婚活のコンではなくコンパのコン。男女の出会いならぬ農家との出会い、つまり「かかりつけの農家を見つけよう」をテーマにしました。

本当に来てくれる人はいるのだろうかと不安もありつつイベントを立ち上げたところ、定員25人が半日で予約いっぱいに。迎える側の「ホスト農家」7人も加えて計32人、会場に無理を言って結果的に総勢40人の会となりました。そんなリアルの農コンはこれまで5回開催したのですが、5回とも募集をかけてから半日から1日で予約が埋まる盛況ぶりとなっています。

実際の運営方法はというと、会場として知り合いのライブハウスを貸し切り。貸し切り料金は、ワンドリンク、ワンカレー、会場費込みで1人2000円×人数分、おつまみやドリンクの追加はそれぞれキャッシュオンデリバリー(現金引き換え)にて。カレーにしたのはホスト農家の米や野菜がいろいろ使えるからです。参加費は手数料やリスクを考えて2500円に設定しました。

当日は各テーブル(1テーブル5~6人)に1人の農家をホスト役として配置。参加者は農家を囲む形で座ってもらいます。流れとしてはまず乾杯。少しの歓談タイムのあと、ホスト農家が順番で5分のプレゼンタイム。何を育てているか、また農家になった思いなどを話してもらいます。プレゼンがうまい農家もいますが、言葉数が少なくても現場のリアルな話が出るので参加者は皆さん真剣に聞いてくれます。その後はもう一度歓談タイム。30分ぐらいでホスト農家が席替えして別のテーブルに移ります。最後は参加者それぞれに一言もらって終了。

元々農家に興味がある人が来ているので、毎回、最初から大盛り上がり。5回が5回とも私の冒頭挨拶の言葉で「宴たけなわですが」と冗談で言うぐらいです。 会えるアイドルならぬ、会える農家が人気に。農家そのものがコンテンツになる。そんな時代だと回を重ねるごとに実感しています。

 

■農コンのススメ

そんな農コンですが、実際にやってみて思った以上の効果がありました。農産物そのものでなく、最初に農家の人柄や思いを聞くことで、その農家が育てたものなら何でも特別に感じるようになります。直売所では、その農家のものがあれば他と比べて多少高くても買ってくれるという人が続出しました。

また農コンの後、参加者がツアーを組んで農家に直接遊びに行ったり、援農に行ったりするなどのつながりが深まっています。あとは飲食や食品の関係者も毎回多く参加するようになり、直接取引がはじまるということもしばしば。異業種がつながる場として、ホスト農家になった人からも感謝されています。農産物は1次産品。食産業のベースであることの可能性をあらためて感じました。

育てる側と食べる側の間に入る流通が複雑になればなるほど、農産物は「商品」になります。農業である以上、農産物はもちろん商品ですが、ひとりひとり人格を持った人が育てているという実感をしてもらえるほど関係性が近くなると、高い安いを超えた物になります。それは曖昧なことかもしれませんが、体に入れるものだからこそ安心して食べられる大切さを求める。そのことに気づいた人が農コンに参加しているのでしょうし、そういった人はみだりに値切ったりもしません。

ウィズコロナの中でリアルの農コンは自粛となりましたが、非接触、分断が進む今だからこそつながりを求めている人はいるはず。ということで5月には「オンライン農コン」にも挑戦しました。システムの不具合など大変なところもありましたが、こちらもリアル農コン同様に盛り上がりました。オフラインに比べて県外在住の参加者が多く、オンライン農コンでもさまざまなつながりが生まれています。

この時代、農家をやっているというだけで何か思いを持っている人は多いと思います。その思いを消費者に直接伝えることで、本当の意味での顔が見える関係になれるのではないでしょうか。その関係性を生み出すための農コン。全国に広まるといいなと心から思っています。

以上転載終了

 

■まとめ

こうして、今回の記事に接しますと農業の可能性は、良質な農作物の提供だけではないことが見えてきます。

食べ物を安全でおいしくいただくという事は、野菜を作る人の人となりを知ってこそ、そして、それをいただく人の人となりを知ってこそ、成立するものであるということが見えてきます。

購入者がおいしい野菜をいただくことを期待し、作り手はその期待に応える。食した側は充足感でいっぱい。そして作ってくれた人に感謝と・・・・。

野菜という媒体を通じて、人と人の持続可能な関係が、醸成されていく。本来の人同士のつながりの可能性は、まさに「農にあり」。

「新しい農のかたち」のひとつの型とは言えないでしょうか? では次回もお楽しみに

投稿者 noublog : 2020年08月18日 List   

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