気候危機時代におけるアグロフォレストリーの可能性 |
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2020年04月23日
農的社会3~都市農業が示唆するもの
市民の農業参画。「農」を体感し、醸成する場。
その受け皿となる、都市農地の可能性。
以下、転載(「未来を耕す農的社会」2018著:蔦谷栄一)
■農業の意義と位置付け
改めて日本農業のあり方を考えていくにあたって、農業者にとってだけでなく国民・消費者も含めて農業の意義、位置づけを明確にしていくことが欠かせない。今、農業に対する国民・消費者の目線や価値観はずいぶんと変わってきているように思う。依然として安い農産物であれば国産か輸入物かは問わない消費者が多くを占めていることは確かであるが、3.11(2011年、東日本大震災)をはじめとして大災害が頻発する中で食料安全保障の重要性とともに、農業の持つ多面的機能や公共性・公益性に理解を持つ人も増えてきている。こうした動きと併行して田園回帰や地方移住を希望する若者が増えてきていること、また産直や地産地消が着実に増加していることなど注目すべき動向も見られる。
ところが現在進められている規模拡大と所得増大を柱とする攻めの農業では、こうした動き、トレンドは軽視されており、むしろすれ違い状態にあると言わざるを得ない。新規就農支援は措置されたとはいうものの、前提とされるのは規模拡大と所得増大で、食料安全保障や多面的機能は後回し。新たな動き、トレンドを取り込んだものとはなっていない。
そうした中、改めて日本農業の存在意義、新たな動き、トレンドを踏まえた日本農業のあり方について考えていくにあたって着目しておきたいのが”辺境”である都市および中山間地域での動きであり、特に都市農業である。都市農業とは「市街地及びその周辺の地域において行われる農業」(都市農業振興基本法第2条)をいう。ここで誤解のないよう強調しておきたいのは、都市農業が農村部の農業以上に重要であるからということではない。高度経済成長にともない膨大な宅地需要が発生する中、1968年の都市計画法によって市街化区域内の農地は基本的に10年以内に宅地に転用すべきものとされ、市街化区域内の都市農業は農政の対象から除外された。
これにともない市街化区域内農地をはじめとする都市農地は大きく減少してきたものの、その置かれた条件・環境を生かしながら一定の都市農業は維持されてきた。そして2015年4月には都市農業振興基本法の成立にともなって、「宅地化すべき農地」から「あり得べき農地」として位置づけ直されることになった。この「宅地化すべき農地」、すなわち転用して農地ではないものにすることとされていた農地がなぜ「あり得べき農地」として位置づけ直されることになったのか。そこにこそ、これからの日本農業のあり方を考えていくにあたってのきわめて重要なカギが潜んでいるといえる。
■都市農業振興基本法の衝撃
そこで改めて都市農業振興基本法成立までの流れを確認しておきたい。高度経済成長、低成長を経て、バブル景気は1991年2月にはじけることになるが、経済のスローダウンとともに、土地需要も一挙に冷え込むこととなった。そしてこれまでの開発一辺倒から都市の住環境にも関心が向けられるようになり、都市農地を身近にある緑環境として見直すとともに、新鮮な野菜の供給場所として受け止める動きが広まってきた。さらには市民農園等も増え、「都市に農地を残すべき」とする人たちが増加してきた。
こうした都市農業の見直し機運が盛り上がる一方で、都市農地は減少の一途をたどってきた。これ以上の都市農地の減少に歯止めをかけ、維持していくためには、これまでの法律や税制度の見直しも含めた抜本的な対策が必要であるとして、国政を巻き込んでの運動が展開され、2015年4月に議員立法によって、都市農地を「保全すべき農地」として位置づけ直し、これを維持していくためには都市農業の振興が必要だとする都市農業振興基本法を成立させるに至ったのである。そして2016年5月には同基本計画も決定され、都市農地を残していくための税制を含めた具体的な施策が実現されつつある。
都市農業振興基本法の成立によって都市農地は「守るべき農地」として位置づけ直されることになったが、ここでポイントとなるのが都市農業が発揮すべき「多様な」機能である。多面的機能ではなく多様な機能とされ、そこであげられているのが、農産物を供給する機能、防災の機能、良好な景観の形成の機能、国土・環境の保全の機能、農作業体験・交流の場の機能、農業に対する理解醸成の機能、である。
食料・農業・農村基本法で掲げられている多面的機能と比較してみると、地震等災害時の避難場所等として、都市であるだけに重要視される防災の機能が付加されている。あわせて注目されるのが農作業体験・交流の場の機能であり、都市住民の農業参画や子どもたちの食農体験の場としての位置づけが強調されている。そしてこれらを含めた機能を発揮することによって農業に対する都市住民、国民の理解醸成をはかっていくことが期待されている。
まさに都市農業は農産物を供給する機能、良好な景観の形成の機能、国土・環境の保全の機能といういわゆる多面的機能にとどまらず、防災の機能、さらには農作業体験・交流の場の機能、農業に対する理解醸成の機能までをも含め広く公共性・公益性を発揮していくことが求められており、こうした取り組みが農業に対する都市住民や国民の理解を獲得していくための前提ともされている。日本農業は貿易自由化が進行する中で構造的危機にさらされているが、日本農業がめざすべき方向性が都市農業振興基本法で先行して打ち出されていると理解することができるのではないか。
もう一歩踏み込んで言えば、農業に対する理解醸成の機能は多様な機能が発揮される中で獲得されてくるものと理解されるが、それは都市住民・国民にとっては都市農業が農作業体験・交流の場の機能を発揮することによって、より直接的に獲得されるものであり、農作業体験・交流の場の機能の発揮、言ってみれば市民の農業参画が都市農業のみならず日本農業の再生にとって大きなカギを握っているということができる。
農業の産業化の流れが主流となっているが、ささやかとはいいながらもこれとは別に、多面的機能の発揮だけにとどまらず、都市住民の農業への参画や子どもの食農体験・交流等の農の営み、言ってみれば広義の農業ともいうべき農業を促進する流れが始まっていることも確かであり、このささやかな流れを大きな流れとしていくことが日本農業を守っていくためのきわめて重要な課題となる。
投稿者 noublog : 2020年04月23日 TweetList
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