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農のあるまちづくり4~世界のトレンドⅡ.NY、上海、ロンドン。そして日本の可能性

世界の先進都市で増える農的空間。

背景には、都市の課題を解決する農、という強い課題意識がある。

そして各国との比較から見えてくる、日本の都市農業の可能性。

全くゼロからつくり出すのではなく、有形無形の資産を再発見し、

活かし、受け継いでいくという視点。

 

以下、転載(「東京農業クリエイターズ」2018著:小野淳)

■都市農業政策法案が可決@ニューヨーク
アメリカ合衆国一の大都市、ニューヨーク市の人口は約850万人。2位のロサンゼルス市は半数以下の約400万人なので、全米でも圧倒的規模の都市です。
面積は約790㎢。東京23区と比べると人口は1割ほど少なく、面積は1.3倍ほど。人口密度が東京23区より低いなら、より多くの農地が都心部に残っていてもよさそうですが、実際は違うようです。都市緑地の専門家である横張真さん(東京大学大学院工学系研究科教授)は、ニューヨークと東京における都市と農地の関係を、次のように表現しています。

ニューヨークでは15~40㎞のどこかに【線】があり、それを境に市街地と農林地が峻別されている一方、東京には実質そうした線が存在せず、どこまで行っても両者が混在する。都市地域圏の空間構造上の決定的な違いが、ニューヨークに代表される欧米の都市と東京に代表される日本の都市の間にはある。』

東京は23区にも農地がポツポツと残っていますが、横張さんによると、ニューヨークは市街地と農業地帯が明確に分かれていて、中心部に農地はほとんどないようです。
そのニューヨークに最近、なんと農業の法律ができました。2017年12月、「urban agriculture policy bill」(都市農業政策法案)がニューヨーク市議会で全会一致で可決されたのです。この法案の目的は、「既存の都市農業組織および事業の包括的なデータベースを作成し、都市農業に関心を持つ人々に情報を提供すること」。ここでいう「都市農業」とは、市の郊外に広がる農地を使った農業ではなく、韓国と同じく都心部でつくり出す農的空間のことを指しています。やはりニューヨークでも、都市の内部に農的空間をつくり上げる動きが盛り上がっているようなのです。

有名なところでは、「ブルックリン・グランジ」という屋上農園があります。「ニューヨーク市の屋上や未使用スペースで食べ物を育てる」というミッションを掲げ、倉庫など7つのビルの屋上に、合計で約1万㎡(1ha)という広さの農園を運営。地元のレストランや参加メンバーたちに野菜や鶏卵を提供しています。教育農場としても知られ、農体験プログラムに年間1万7000人もの青少年が参加するほか、ヨガ道場や結婚式場などとしても利用されているようです。
一方、都市にコミュニティを生み出すこうした農空間の広がりとともに、ビル全体を「垂直農場」と呼ばれる植物栽培工場に改装する事例も増加。新法は、こうした取り組みの情報を共有することで、都市の不動産を有効活用しやすくしようという狙いがありそうです。

 

■100haの農業拠点@上海
ビルそのものを”農業生産の場”とする垂直農場では、中国の上海で大規模なプロジェクトが進行中です。
国際空港と上海市中心部の真ん中に位置するスンキャオ地区に、垂直農場を含めた100ha規模の都市農業の拠点をつくる。食料確保だけでなく、研究と公共福祉活動を目標に掲げて、都市農業のイノベーションが生まれる場にしたいそうです。また、ビルだけでなく屋外の農場との連携もおこない、屋外は市民参加型の教育農場になるようで、ニューヨークで先行しているモデルに近いものを想定しているのかもしれません。

 

■農家と市民がつながるプラットフォーム@ロンドン
ヨーロッパでは、イギリスのロンドンで始まった取り組みがユニークです。「Capital Growth」と名付けられたプロジェクトで、ひと言で言えばロンドンとその周辺で「都市農業の実践者」を増やす取り組み。WEBサイトを見ると、自宅の家庭菜園や学校の菜園を登録したり、援農ボランティアを募集している農園をみつけたり、農業イベントや研修の情報を探したり、また収穫を記録して集計できるオンラインツールを無償利用したりと、農とかかわりたい都会人が自分に可能な参加方法を見つけられるようになっています。
例えばボランティアのページに飛ぶと、ロンドンとその近郊のグーグルマップ上に無数のピンが立てられています。すべて登録された菜園で、種類(コミュニティ農園、学校、農場、共同菜園、貸し農園)や地域名で絞り込むことができ、その多くにボランティア募集情報が掲載されています。つまり市民同士、農家と市民などが、このサイトをプラットフォームにしてつながり、交流できるわけです。
2012年のロンドン五輪に合わせて、「2012 new growing spaces for London by 2012」というプロジェクトも開催されました。2012年までに新しく2012の菜園スペースをロンドンにつくろうという取り組みで、そこには屋上やベランダ、庭先の菜園も含まれています。これもまた、世界の先進都市で進行している”市民参加型の都市緑化事業”のひとつです。

 

■東京のアーバンアグリカルチャー、意外な強み
世界有数の都市で、農的空間を創出し、市民参加でそれを支えていく動きがさかんになっています。そしてのちほど第4章で触れるように、日本でも都心に農的空間を創出しようとする、さまざまな試みが始まっています。都市と農的空間の共存をテーマにした取り組みは、これからますます増えていくと私は考えています。

ただ、日本の都市農業には、世界の先進都市にはない特徴があるようです。それは東京大学の横張さんが雑誌で指摘していた”日本の都市は市街地と農地の線引きがあいまい”という点です。そしてこれは、東京のような大都市には、かなり特異なことらしいのです。

私は、これが東京や日本の都市の「アーバンアグリカルチャー」の強みになるのではないか、と思っています。
なぜなら、日本の都市部に残る農地は、ただの”空きスペース”ではありません。たとえば東京23区で農地を所有・管理している農家の多くは、江戸時代から何百年にわたって地域とともに受け継がれてきた文化や歴史、コミュニティも背負ってきました。そうした有形無形の資産も上手に活用して、現代の都市生活者のニーズに合った農的空間をつくると同時に、次世代に受け継げるまちづくりも実現する。これができれば、「TOKYOのアーバンアグリカルチャー」は、世界でもっともユニークかつ、一本筋の通った資産となるような気がしてなりません。

 

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