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足元に流れるは宝の山! 下水道資源が生み出す安心・安全な農作物

前回は、日本の農業における送粉者(昆虫)の重要性について、お話しましたが、今回は農業に欠かせない「水」のお話です。

江戸時代、畑の堆肥として使われたのは、人糞 [1]でした。明治時代においても人糞は貴重な肥料であり、高値で引き取られていたようです。

さて、現代社会では、汚水・雑排水は、公共下水道管に放流させ下水処理場で浄化され、海や川に直放流されます。

先日の台風でも、あまりにも降水量が多かったために公共下水道からあふれた水が、道路にあふれ、台風が過ぎ去った後、道路表面に汚泥が溜まるという状況になりました。

現代社会では、何かと嫌がられる下水道の水ですが、下水処理場で浄化し処理した水を農業用水としてに再利用する試みを行っている自治体があります。今日は、その自治体の試みを紹介します。

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転載開始【リンク [2]

家庭や工場から排出される汚水は、下水管を通り下水処理場で処理されたのち、川や海へ戻されます。こうした処理過程で発生する汚泥や処理水が、農業の現場で活躍しているのをご存知でしょうか。山形県鶴岡市では、これらの下水道資源を農作物の栽培などに活用する取り組みを先進的に行っています。産官学の連携によって生み出される数々のアイデアからは、地域農業の活性化と地産地消を目指す関係者の創意工夫と、環境保全への飽くなき探究心がうかがえました。

■下水道の利活用がもたらす未来への希望

私たちの暮らしに欠かせない水。生活用水として使用された汚水は下水処理場で処理され、海や川へと戻されます。この、処理された下水(処理水)や処理の過程で発生する汚泥にはリンや窒素、カリウムなど肥料に欠かせない有機物が含まれています。

このうち汚泥はしばしばコンポスト(堆肥)に生まれ変わり、循環資源として使用されていますが、処理水は川や海に戻すのみ。大切な資源が循環せずに一方通行しているのが現状です。これを受け、国土交通省では平成25年8月より下水道資源(再生水、汚泥肥料、熱・二酸化炭素等)を農作物の栽培等に有効利用し、農業等の生産向上に貢献する取り組み『ビストロ下水道』を推進しています。

山形県鶴岡市では平成29年に「下水道資源の農業利用に関する共同研究協定」を山形大学、JA鶴岡、株式会社日水コン、水ingエンジニアリング株式会社、株式会社東北サイエンスと締結。産学官が連携し下水道資源の利活用の普及に取り組んでいます。

「下水処理にはたくさんのコストやエネルギーが費やされています。せっかくきれいにした処理水をそのまま戻すのは、単純にもったいないですよね。これを農業に利用すれば、限られた資源をムダなく使うことができます」

こう話すのは、プロジェクトのキーパーソンである山形大学農学部の渡部徹教授。下水道資源の農業利用(以下、『ビストロ下水道』)は、経済的なメリット以外にも、地域住民の環境への意識を高める可能性を秘めていると指摘します。

「一昔前までは添加物を含む食品や調理に使った油がそのまま下水道に流されることも多かったと聞きますが、時代と共に食の安全や環境への配慮が叫ばれるようになり、下水道環境も改善されています。この状況を維持するためにも、日々の暮らしの中でルールを守り、環境に配慮しながら下水道を使うことは大切です。『ビストロ下水道』は、地球環境問題のような遠い世界の話ではなく、身近な食の問題から皆さんの環境配慮行動を喚起することができると考えています」

渡部教授は、都市工学の研究者として水の安全、水と健康をテーマに上下水道を研究してきました。農学系に移った現在は、処理水を用いた飼料用米栽培などの『ビストロ下水道』研究を行っていますが、収穫物の安全にこだわる姿勢は変わりません。

「鶴岡市では、私が現在の職場に赴任する前から、コンポストセンターの設立や下水処理過程で発生する消化ガスによる発電事業など、下水道資源の有効利用に積極的に取り組まれていました。職員も前向きな方ばかりで、鶴岡市であったからこそ、私も『ビストロ下水道』に関する研究を自由に展開することができたと思っています」と、教授は振り返ります。下水道資源のさらなる農業利用手法の確立とその実用化を目指して、研究を進めていくとのことです。

下水道を地域の資源循環の拠点に! 一歩先ゆく、鶴岡市の取り組み

鶴岡浄化センターの一角に建つビニールハウス。ここでは現在、下水処理過程で発生する消化ガスによる発電の余熱を使い、ミニトマトのハウス栽培を行っています。このように下水道資源を使って栽培した農産物は『じゅんかん育ち』と呼ばれ、国土交通省の調査によると一般的な化学肥料と比べて「おいしくなった」、「生育が良くなった」という報告が届いています。

実際にこのビニールハウスで育てられたミニトマトを食べてみると、違いは一目瞭然。みずみずしい食感に加え、さっぱりとしつつも果実を凌ぐほどの甘さを感じました。

鶴岡市では平成31年3月に、『じゅんかん育ち』のホウレンソウを学校給食に提供。全国初となるその取り組みは令和元年度(第12回)国土交通大臣賞「循環のみち下水道賞」のイノベーション部門賞を受賞しました。

『じゅんかん育ち』をはじめ、鶴岡市が下水道資源の利活用を積極的に取り組む背景には、穀倉地帯である庄内地域特有の事情が関係していると、鶴岡市上下水道部の有地裕之参事は分析します。「畜産が盛んではないこの地域は、家畜由来の堆肥が不足しているため、汚泥を使ったコンポストが普及しています。そのことが、汚泥以外の下水道資源についても農業に利活用する後押しとなりました」

しかし、下水道に対する印象から、『ビストロ下水道』に抵抗を感じる生産者や消費者がいるのも事実。これに対しJA鶴岡では、下水道資源の安全性と農産物への効果の立証を担うことで資源循環の普及に努めています。

「JA鶴岡の管内では30年以上前からコンポストを使用しているため、生産者の多くは下水道資源の活用に一定の理解があります。地域循環資源としての下水道資源をさらに活用し、おいしい農産物を消費者に届けることが私たちの役割の1つです」と、JA鶴岡の今野大介さんは話します。

10年以上前からコンポストを使用し、庄内地域の特産品である「だだちゃ豆」を栽培する加賀山雄さんも「従来の化学肥料よりも少ない使用量で、化学肥料以上の効果が得られます。さらにコストも低いので助かります」と、太鼓判を押します。

このほか、コンポストをはじめとした汚泥由来の有機肥料には、土壌中で有機物の分解を促進したり、病原微生物を抑制する働きを持つ枯草菌や乳酸菌、光合成細菌等の有用微生物の活性化に寄与する効果もあるとされています。継続的な使用で、土の団粒構造の形成や病原微生物の抑制がより促進されることも期待できるそうです。 

■下水道資源の高いポテンシャルを活用し、新たな食文化の確立へ

コンポストや消化ガス発電の余熱による農作物の栽培と並行し、鶴岡市では水産業での下水資源活用にも取り組んでいます。鶴岡浄化センター内に整備された実験池では、処理水を使用したアユの養殖が行われ、約2000匹を飼育。これは、処理水が含む栄養分に注目した試みで、実験池で育つ藻を食べたアユは天然物のようなさわやかな香りを帯び、味の評価も上々とのこと。今後は育成方法などの検証を重ね、資源循環の取り組みを前進させる計画です。

また、浄化センターの管理・運営を担う株式会社東北サイエンスの長澤庄治社長は、山形を代表する特産品「サクランボ」の栽培にもチャレンジしていきたいと話します。「庄内のサクランボは6月から出荷が始まります。冬季に消化ガス発電の余熱でハウス内を温め、生育を早めることで5月の出荷を実現させ、“母の日サクランボ” を作ることを目指しています」

このように、取材に協力いただいた多数の関係者から次々と生まれるアイデア。それを実践するアグレッシブな姿からは楽しさが垣間見えます。この、産官学の垣根を超えた一体感こそが、先進的な取り組みへとつながっているのでしょう。

「鶴岡市はもともと環境への意識が高く、地域の財産である農業を通じて地域を活性化したいという思いが根付いています。鶴岡市が地域資源循環のモデルとなり、下水道資源の利活用を全国に積極的に伝え、さらなる広がりを作ることが現段階での目標です」と、プロジェクトを取りまとめる株式会社日水コンの佐々木俊郎さんは話します。下水道と食をつなげる『ビストロ下水道』による資源循環は、地域の農業から地球環境に至るまで、多くの課題の解決に向けて一石を投じることでしょう。

海の幸・山の幸に恵まれた豊かな食文化を有し、先人たちの知恵と情熱によって独自の食文化を今に伝える鶴岡市は平成26年12月に 「ユネスコ食文化創造都市」に認定されています。継承されてきた食文化に、下水道資源を活用した農作物が当たり前のように加わる日を目指し、鶴岡市の挑戦はこれからも続きます。

以上転載終了

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■まとめ

これまで、近代農業では農作物が効率よく大量に生産できれば、農薬や化学肥料を大量に投与し、まさに、その収穫が確保できれば、なんでもありという状態が主流でした。

しかし、鶴岡市では、下水道処理場で浄化したポテンシャルの高い水を再利用し、農作物を元気に育てるだけでなく、今後、アユなどの養殖にも活用する試みを行なおうとしています。

下水処理場では、バクテリアなどの微生物が下水の汚れを食べることを利用して、 水をきれいに処理します。【リンク [3]

この水の循環経路を紐解くと、人間が放流した汚水・雑排水をバクテリア・微生物が分解し、分解して得られた栄養豊富な「水」を今度は野菜などの肥料として再利用する。まさに、水を介して循環型の社会の可能性を実現してはいないでしょか?

地域農業の活性化と地産地消を目指す創意工夫、環境保全への飽くなき探究心の賜物です。それでは、次回もお楽しみに

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