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【共認時代の農業~先駆的事例紹介】最後に改めて考える「食の大切さ」

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この間、十数回にわたって「先駆的事例紹介」をさせていただきましたが、このシリーズを通じて改めて実感したのが「食の大切さ」です。
食料自給率約40%という現状の中で、新しい可能性を模索し多くの企業や組織を紹介してきました。このシリーズで紹介した彼らを、可能性に向かわせる原動力となっているのが以下の記事にある「当たり前に食べてゆけることの大切さ 」を実現するという揺ぎ無い決意なのではないでしょうか?
まずは記事の紹介に入る前に、いつものヤツをお願いします。


馬場真一さん『当たり前に食べてゆけることの大切さ』 [1]より引用です。

私たちの今の生活は、市場と化石燃料抜きには成り立たなくなってしまいました。農作物を作る段階から、食べ物が食卓に並ぶまで、全てが市場社会のシステムに組み込まれています。それでも日々なにがしかの生産活動をし、当たり前に食べてゆけることは出来ています。
そんな中でも、市場の行き詰まりや食への不審が明らかになりつつある現在、私たちはその現実と正面から対峙しなければなりません。私たちの生産から消費までのあらゆる活動が市場に立脚しているという現実と、その市場が崩壊しつつあるという、両方の現実です。この視点に立ったとき、
>農業が、現在、市場経済の中で冷や飯を食わされていることよりも、むしろ、早晩訪れると思われる市場経済の崩壊時に、農業生産を今の半分だけでも維持できるかどうかの方が重要ではないでしょうか。
という長谷さんのご意見は、問題の核心に対する確かな方向(=答え)を示していると思います。私たちが望んでいるのは、市場経済というシステムを否定したり、その行き詰まりに頭をかかえたりする事ではなく、当たり前の(いつでも安心できる)食が当たり前に(いつでも安心して)存在するという事、それを実現してゆく事ではないかとの思いを改めて強くしました。

「太古より生存上一番重要な食料を他集団に依存する集団はなく、自集団内での自給自足が前提だった」という、事実認識をもって、農の可能性追求を続けて行きたいと思います。

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