「地球生態学」で暮らそう(槌田敦著)が面白い。
それは、各種『農法』評価をする上で有意義な構造認識に充ちているので、それらを順次紹介してみたいと思います。中見出しを読み継いでいくと概念が見えてくるような展開にできるのが理想ですが・・・。

■生命も地球生態系も、一種のエンジンである。(はじめに)
生命の維持に立ちはだかる第一の障害は、エントロピーの増大である。活動や変化があればエントロピーが必ず増大し、増大しきれば死を迎える。にもかかわらず、一定期間生命活動を続けられるのは、生命が一種のエンジンだからである。
内燃機関としてのエンジンは、燃料と空気を取り入れて、燃焼し排気して動いている。動物も食物と水を摂取して、糞尿を出し呼吸して生きている。さらに、大気が循環することにより生命が吐き出した熱エントロピーを宇宙に捨てることで、地球上の生命を支える地球も、エンジンである。
この過程で活躍するのが、生命の集合体としての生態系である。地上の生態系では、植物は土から栄養を得て育ち、動物に食べられ、その動植物の遺体が細菌や菌類に分解されて土に戻る、という循環過程において、物エントロピーは熱エントロピーとなって大気の循環系に渡され、宇宙に捨てられる。これが生態系のエンジンである。
自然との対立概念でそれらの法則を捉えるのではなく、人間社会も含めた地球生態学として「まるごと識る」ことが生態系を豊かにし次代を拓くとする序文が刺激的です。「農法」を考える上で基本をなす概念に充ちている。そのキイワードは、『開放系内での物質循環』とみました。何気に使う「宇宙船地球号 [1]」という概念では覚束ない、ということです。
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■エントロピーとは「究極の毒素」(P.23)
エントロピーとは、物理学的には「拡散の程度を示す定量的指標」と定義できる(槌田1992)。
エントロピーの増大とは、物や熱が拡散することである。ものの拡散とは、たとえば塩が水の中に広がって均質の濃度になるという変化である。熱の拡散とは、高温熱が低温熱側に広がって均一温度になるという変化である。
いずれも拡散してエントロピーは増大し、濃度や温度が均一になればエントロピーの増大はとまり、変化は終了する。原子分子の世界ではすべての物事の変化は物拡散と熱拡散で構成される。
エントロピーとは、活動や変化に対する「究極の毒素」と考えてよい。毒素が溜まり、拡散しきってしまえば一切の活動や変化は終了するのである。(後略)
■エントロピーの廃棄=物質循環(P.26)
生体内では、作業物質としての水と栄養が循環することで、廃物・廃熱の大きなエントロピーと資源の小さなエントロピーの差分を余分のエントロピーとして捨てている。そのことで、生体内のエントロピー毒素の水準を元に戻すことができる。そのような意味で、「エントロピーの廃棄」とは「物質循環」と同義である。
■選択的な「摂取」というより、選択的な「廃棄」(P.31)
原始的な生物も生きることに必要な体内の化学反応を循環的に行う能力を持っている。そして、細菌は、養分が細胞膜の微小な穴から自動的に染み込んでくるのを待っているのだ。だから、養分は水溶液になっている必要があるのだ。
他方、活動により発熱している生物の温度は、外部よりわずかに高いので温度差によって熱エントロピーとして外界に放出ているし、体内で生じた物エントロピー(汚染物質)は水溶液にして細胞膜の穴から積極的に輩出している。
従来は、「生命は選択的に養分を吸収している」としていたが、どのようにして養分と毒物とを選択的に区別しているのかが説明できなかったが、その問題は、
「あらゆる物質は水溶液として細胞膜から入ってくるのだが、体内に入ってから、生命は養分と毒物または不用物を見分け、養分は確保し、毒物と不用物はは追い出しているとかんがえると理解しやすい。つまり、生命は選択的に養分を『吸収』するのではなく、選択的に毒物と不用物を『排出』していると理解すべきと思われる。」
と述べている。成る程! と思える。
(つづく) by びん