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画像はこちら [2]からお借りしました。
こんばんわ 
前回、やっさんの記事自然農法から教わるものは? [3]で、自然農法について調べていく中で
近代農業の
利便性・効率性△
↓↓
化学肥料・農薬の多投入→土壌汚染・環境悪化⇒化学肥料・農薬の多投入⇒・・・
という負のスパイラルが見えてきました ![]()
が、他にも近代農業には弊害があるんです・・・ 
その前にいつものやつお願いします 😉
ありがとうございます 
化学農法の弊害と自然農法の本質 [4]
近代農法(≒化学農法)は、大量生産と大量消費を目的、前提として開発された農法です。そして現代は、化学肥料や化学農薬の大量使用による、環境負荷の増大や人体への悪影響、農地の砂漠化・荒廃、等の弊害が拡大し、その見直しの過程に入っている時代である、と思います。
私自身、農業をやっていて、これらの弊害以外に、別の決定的な弊害を感じています。それは、農業者自身が、作物や自然を対象化する能力を失いつつある、或いは工夫をしなくなった、のではないかと、いう事です。
近代農法は、工業製品である化学肥料・農薬を施用し、工業生産的手法で作られた、種や苗を使い、マニュアル化された栽培暦で、作物を作る事を推奨しています。具体的には、各地域で、JAや行政が主導し、栽培暦が作られ、これを前提に農家は栽培を行っています。
そこで、よく聞くのが、「JAの作った栽培暦どおり肥料をやり、農薬を撒いたが、うまくいかなかった!どうしてくれる!!」「もっと、効く肥料・農薬を教えろ!」と言う言葉です。
本来、農業は、自然や生き物を対象としており、工業生産のように画一化、定型化できない、生産方法であると思います。ですから、そこに求められるのは、マニュアルではなく、自然の摂理の獲得、あるいは、これに対する、絶えざる、工夫(思考)ではないかと思うのですが、近代農法は、この最も重要な点を、隅に追いやり、何もできない農業者を作り出しています。
この近代農法に対して、「自然の摂理をしっかり理解する。」「土や生き物の力をちゃんと発揮させる。」「様々な工夫により、自然農法でも、近代農業以上の生産性は実現する。」という自然農法の考え方、発想は、農業の基本、或いは、人類の適応様式に対する、見直しを迫るもので、ここに、自然農法の本質があるように思います。
(参考投稿↓37014)
>これらの現実の具体的圧力に対して、それらの一つ一つに、あるいは
>その連関性が把握できる限りにおいてはそれらの総体に対して、これ
>らを克服あるいは避けるべく予測思考と工夫思考を積み重ねてきた。
>これが>自然圧力と対峙してきた「当事者」たる人類と自然との関係
>だと思います。だからこそ自然の中で生きてきた人々においては、長
>年の経験則に基く自然との間の幾つかの具体的な「掟」(例えば
>○○山における掟、□□の森における掟等)が導き出され、それを継
>承し、持続的な生存条件が維持されてきたのでしょう。決してそれは
>抽象的なものではありません。
自然農法の魅力は、現代農業が失ってしまった、本物の工夫思考を再生・復活させる、自然の摂理をしっかり見極めていく、という視点を提示している事、そして、これらが、農業に求められている、みんな期待と繋がっている事、にあるのだと思います。
近代農業による影響は
・化学肥料や化学農薬の大量使用による環境負荷の増大や人体への悪影響
・農地の砂漠化・荒廃
だけでなく、
・作物や自然を対象化し思考する能力
も衰退させているんです 
そういった農業が本来持つ機能を活かしていく農法は何なのか?
実現可能な農法は何か??
今後引き続き追及していきま~す
