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新しい「農」への途(1-7)――戦後農政の超克――)

新しい「農」への途(1-6)  [1]の続きです。
◆農協と自民の蜜月関係に殴りこむ民主
2007年の参院選挙では、民主党が「戸別所得補償」を掲げて大勝し、多くの自民党農林族議員が落選しました。2009年の衆議院選でも、同様に民主党が「補助金行政から直接支払」を掲げて圧勝しています。
┌───────────────┬────【民主党】────────┬─────────【自民党】──────┐
| 1)農業者に対する助成 |別所得補償・直接支払     |減反策・営農組織の育成策     |
| 2)米の生産調整のあり方|選択的な生産調整に移行する|不公平感の改善            |
| 3)農協組織との関係   |農協組織と距離を置いている |農協組織の強い支援        |└───────────────┴──────────────────┴────────────────────┘
戸別所得補償とは、販売農家に「販売価格と生産費の差額」を支払う制度です。
農家ごとに設定する生産数量目標に即した生産を行うことを支払いの条件としています。
[2]
▲篠原孝・衆議院議員がフォーラム「戦後農政を大転換せよ ―減反廃止と農業構造改革―」 [3]
で篠原議員の配布した資料 [4]には、
兼業零細農家への直接支払い額の暫時減少案が提示されていますが、「ゼロ」と出来ないところに、
農協との決別に腰砕けになりそうなことを予感させます。


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★改革の行方(可能性探索)
可能性を探るにあたって、山下一仁氏(東京財団上席研究員) [5]が盛んに展開していることをみてみたい。
◆減反をやめれば米価は低下する
・減反をやめれば、兼業農家が農業から退出し、
→零細な兼業農家は農地を貸し出すようになる。
→JA農協の政治力も減退する。
◆コストがさがれば、米を輸出できる
・主業農家に直接支払いを行い地代負担能力を高めれば、
→農地は主業農家に集積し、規模が拡大し、コストは低下する。
→日本の米作の価格競争力が高まれば、アジア市場に米を輸出することが可能となる。
◆有事の食糧がコメという食糧安全保障の道
・平時にはコメを輸出して、アメリカやオーストラリアから小麦や牛肉を輸入する。
・食料危機が生じたときには、輸出していたコメを国内に向けて飢えをしのぐ。
→これが、気候・風土にあったコメ栽培を軸にした食糧安全保障の道
◆農協頼みを脱すれば、環境問題も射程距離に入る
・農協は、肥料・農薬・農業資材などを売ってナンボの商社。
・週末片手間にしか農業を行えない兼業農家より、規模の大きい農家の方が
 肥料や農薬の投入量を減らす環境に優しい農業を行うことができる。
・耕作放棄地は、有機農業新規参入者にとって格好の農地足りうる。
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★けれども足んねぇものがある・・・それは、 
マスコミに代わるネット上の統合サイトの実現
「農協=農林族=農水省」という農政トライアングルにしろ、農水省と内務行政各省との勢力争いにしろ、所詮は統合階級の縄張り闘争です。ですが、この間の特権階級の暴走事例(リンク [6])を見る限り、彼らに社会の舵取りを任せておくわけにはいきません。

>経済破局下においては、何よりも『食料の確保』『仕事の確保』etc実現能力が問われる。しかし、盲滅法に動くのは危険である。そこで、行動を導く道標が必要になる。(中略)
>そこで求められるのは、経済危機を突き抜けてゆく確かな見通し=この危機を導き出した近代市場と近代思想を根底から突き抜け、乗り越えてゆく新理論である。(中略)
>しかし、暴走を制止し、共認原理に基づく新秩序が確立されるには、少なくとも10年は要するだろう。その間、残存する私権派(とりわけ第一権力たるマスコミ)との闘いは続く。おそらく、マスコミの解体=マスコミに代わるネット上の統合サイトの実現をもって、この闘いは終るだろう。その時、はじめて、共認原理に導かれた共認社会が実現する。
「潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流」 [7]

>この世には、医療だけではなく、農業や介護や新資源・エネルギー開発、あるいは「なんでや露店」のような社会活動etc、市場には乗り難い(ペイしない)が、社会的に絶対必要な仕事(or活動)がいくらでもある。市場に資金を注入するなら、すでに飽和状態に達した物的生産ではなく、あるいは福祉と称して単なる消費者にバラ撒くのではなく、市場ではペイしないこれらの類的生産を刺激or支援する方向に資金を注入することもできた筈である。例えば、農業や介護etc各供給者の売上に応じて、その50~150%の支援金を支給するという形にすれば、競争活力を失うこともない。「潮流5:失われた40年」 [8]

飽和状態に達した物的生産にかわって「農」がその受け皿となるに相応しいのは、意のままにならない自然を対象とした「食の供給という根本課題」があることと、それを達成するために協働することが不可欠で、それこそが生きていくということを実感できる場となるからではないかと思います。
つまり、本源充足を体現できる生活があるということです。「農」が園芸療法や教育に活用されるのは、そのような機能に由来するからではないでしょうか? そのことが共認されれば、「農」の場面に実践される様々な活動に対する支援金の国民的な同意は得やすいと思われます。
素人がネット上の統合サイトで、次代を如何なる社会とするのかを巡って追求できることそのものが、活力源になりそうです。
参考:
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潮流7:暴走する社会(特権階級の暴走と下層階級の暴走) [6]
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潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流 [7]
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「日本の農政を斬る!」 [9]
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第25回「戦後農政を大転換せよ ―減反廃止と農業構造改革―」 [10]
●フォーラムの動画が見れます
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   by:びん

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