既にご存知のように食料自給率は、日本の農水省が独自につくった概念です。
諸外国の自給率も日本の農水省が独自の計算式をもとに算定したものです。
従がって、外国では自給率という概念そのものが使われていません。
(韓国では同様な統計を最近とっていますが・・・)
【参考】雑誌農業経営者の『食糧自給率の罠(農業経営者2009年1月号)リンク(PDF) [1]』
そこで今回は、
・それではなぜ、日本の農水省は自給率という概念を用いる必要があったのか?
を追求していきたいと思います。
まずは、自給率統計を開始した1960年(昭和35年)がどのような状況だったのか。
第二次世界大戦後の植民地没収による食糧不足
一節には、資源・食料不足のために止む無く戦争に出るしかなかった言われるほど、戦前から日本では資源・食料確保が命題でした。
そこで、戦争で植民地を拡大し、現在の国土の2倍にしましたが、戦後それらは没収されてしまいました。
そして、
・敗戦国で国交がなかったため、食物の輸入が思うように出来ない
・戦後の人口は明治初頭と比べて2倍の人口を抱えている状況
→戦後は食糧不足に悩まされることになりました。
戦後の食糧不足を教訓、孤島の島国日本では食料の輸入は困難になるのではないかという意識が、食糧確保は国家の重要課題として挙げられたことが考えられます。
人口爆発による食料不足の可能性
「緑の革命」 [2]に代表される世界的な食糧安全保障のように、戦後から途上国(もちろん日本も)人口増加が食料供給量を超えるのではないかという危機感から、食料を自国で生産しなければならないという危機感があった。
農業従事者の激減と非農業従事者との所得格差の拡大
厚生労働省の厚生白書(昭和31年~35年) [3]を見てみると、昭和20年代は農業従事者の人口は拡大、昭和26年~30年までに農業従事者は100万人も拡大しました。
しかし、昭和30年(1955年)からは離村、離農が拡大し、昭和33年~昭和34年のわずか1年間で農業従事者は増えたものの、専業農家は100万人も減少してしまいました。特に経営者、跡取りの兼業化が拡大し、農業は零細経営、儲からないということが定着してきた時期でした。
【補足】農業がピーク期に食料自給率はつくられた
農業就業人口:ピークは 1,454万人(昭和35年)、290万人(平成21年)
耕地面積 :ピークは 609万ha(昭和36年)、463万ha(平成20年)
→大規模な土地を有する農家でなければ儲からないということ
→小規模農家は、兼業農家・一家の大黒柱が出稼ぎしなければなりたたない
アメリカの食料支配が進む危機
MSA協定(1954)による農作物の購入で、安価な農作物が輸入されるようになりました。
そして、それだけではなくキッチンカーに代表される「栄養改善運動」(1956)によって食の洋食化=アメリカの共認支配が進み、地場の農作物の衰退につながりました。
詳しくは自給率低下もアメリカの戦略?【るいネット】 [4]
上記の4点が日本の食糧供給、農業の存続の危機につながるのではないか

という危機意識が沸きあがってきたと考えられます。
そこで、農水省がそんな日本の農業の危機の「警鐘」として始めたのが、「食料自給率」の統計だったのではないでしょうか。
当時の官僚は少なからず、今後の日本をどうするのか?ということを深く考えていた可能性が高いことから、反アメリカ、独立国日本という意識が強かったことが考えられます。
そうであるから、アメリカの共認支配にとって都合の悪い日本独自の統計「食料自給率」が生まれたのではないでしょうか。
ところで、現在の「国家をあげての食料自給率騒動」。
果たしてそのときの農水官僚の意識のままであったのでしょうか!
アメリカべったりの現在の官僚と「食料自給率」の関係は!?
その仮説は次回に続きます!
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