- 新しい「農」のかたち - http://blog.new-agriculture.com/blog -

日本の農業と法体系との関係シリーズ ~MSA協定って何?~

「MSA協定」http://blog.new-agriculture.com/blog/2009/06/000878.html [1]
当ブログでもびんさんがUPしてますが、日本がアメリカとMSA協定を結んだのは1954年です。
しかし実はこのMSA協定、日本と締結する前の1953年法改正されているんです
一体なんでアメリカは法改正をしたのでしょうか
そもそも法改正する前というのはどんな協定だったんでしょうか
今回は、日本の農業の歴史を語る上では絶対に外すことのできない「MSA協定」についてもう少し深く切り込んで行きたいと思います
続きを読む前にいつものお願いします


ありがとうございます
「MSA協定」ってなに?
1951 年にアメリカが制定した相互安全保障法のことです
非共産主義国家(=自由主義諸国)に軍事援助を与えることを目的とし、援助を受ける国は反ソ・反共産主義国として防衛力強化の義務を負うものです
もともとはマーシャルプラン(=第二次世界大戦で被災した欧州諸国の復興のために、アメリカ合衆国が推進した復興援助計画)等の戦災援助を一本化すると共に、より軍事目的の色を強めたものとなっています
なのでMSA協定は欧州諸国から初まり、イギリス・フランスなど47ヶ国の自由主義諸国と締結した相互防衛援助協定で、戦災国となった日本は1954年46番目の締結国として調印しました。防衛力強化が義務付けられていることから日本はこの年に、「防衛庁」「自衛隊」を設立したのです
このようにMSA協定とは日本の「防衛庁」「自衛隊」を作るきっかけとなるくらい軍事色の強いものだったというのは分かって頂けたと思います
ではこのMSA協定農業の歴史にはどのような関係があるのでしょうか
そのポイントとなっているのが、日本が締結する前に改正されたことにあります
日本がアメリカと結んだMSA協定は、この改正によって軍事目的以外に余剰農産物購入協定・経済措置協定・投資保証協定も締結され、「MSA4協定」とも呼ばれています。
アメリカはなぜ改正しなければならなかったのでしょうか
一言で言えば最初に援助していた欧州諸国が豊かさを実現してきたからです!
欧州諸国が自国で経済を回し始めた結果、アメリカの交易が上手くいかなくなりアメリカの穀物が余り始めます。
そんな時に結んだのが、日本との改正MSA協定です!
アメリカは処分するにもお金の掛かる余剰小麦を、日本への支援として安くで売りつけたのです!
そうは言っても日本はドルを持っていません。
それで考えたのが、日本円での取引!
日本は日本円でアメリカの余剰小麦を安く手に入れ、アメリカはその日本円を積み立てて援助をしたり日本の工業製品など手に入れていたのです。
日本はたまたまこの年、水害のため米は100万トン麦は150万トンの輸入が必要だったこともあり、日本政府はMSA協定を受け入れ農業政策を大転換し、米麦を中心とした増産対策(食糧自給)の放棄と小農保護政策を転換していきました
日本の農業政策は、農業の方向を「産業としての農業の確立」に見出だし、「効率化」を実現させる誘導政策を進めていきました。日本の米作は、米と麦の輪作を基本として行われてきましたが、これが崩れ、化学肥料と農薬に頼った米の単作に転換していく結果となっていくのです
改正MSA協定によるアメリカの余剰小麦が日本の農業に与えたのは、アメリカによる食料支配だったのです!

[2] [3] [4]