どうも雅無乱 [1]です。
このブログでも何度か紹介させていただいたが、私は、農業体験を通じて子どもを健全に育んでいく教育カリキュラム『自然体験学習教室』 [2]に関わっている。
その企画で、提携し「場」を提供してもらっているのが類農園 [3]である。
先日、この類農園 [3]の奈良農場長と話をする機会があったのだが、その時に面白い話を聞いた。
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類農園では、常時、研修生やインターンシップ生を広く募っている。
類農園 研修生・インターンシップ生募集のページ [4]
類農園 [3]では、10年くらい前から大勢の研修生やインターンシップ生を受け入れてきた歴史がある。ほんとうにいろんな人がいろんな目的で類農園の研修を体験してきたわけだが、ここ最近、社会に広い視野をもって、農業について真剣に考えている優秀な若者の応募が目立つと言う。
もちろん、これまでも優秀な方はたくさんいたが、特に昨年夏の世界同時食糧危機 [5]以降、優秀な若者の比率が格段にアップしているそうだ。
どういうことなのだろうか。
このような時代の変化が原因として考えられないだろうか。
’90年代前半までの日本のバブル期、そして失われた10年を経て最近はじけた欧米のバブル経済の華やかなりし時代には、幻想価値をあまり膨らませられない農業は、市場の中でなかなか脚光をあびる事はなかった。
必要不可欠なもの、という意識はどこかにあるので、日本の農業の危機は常に叫ばれてきたが、「市場」という場におけるハンディキャップを埋めるのは並大抵の事ではなかった。
そんな中で、都会から農業を志す若者には、「市場競争」を(意識的にであれ無意識であれ)否定し、そこから逃避しようというベクトルを持った観念型の人が多数含まれていたのではないだろうか。いわば、「市場社会」に適応できなかった人々が、ユートピア的な幻想を抱いて流れてくる業界という要素があったのである。
そういう人は、いざ農業の現場に入ってみると、現実の厳しさに打ちのめされあきらめたり、「思い描いていたものではなかった」と否定したり、肉体的なしんどさにへこたれてしまったり、ということで農業の現場を去るというケースがほとんどであった。
しかし、昨年からの食糧の高騰→暴落や、世界的な金融危機に際して、農業の重要性があらためて社会の中でクローズアップされてきている。
農業は医療や教育と同じく人類(集団)にとって不可欠の事業であり、脱市場原理の最先端可能性といえるのでは?(るいネット) [6]
既存の経済秩序がガタガタになった現在、あらためて自分たちの生命、自分たちの食糧をどう安定的に生産・供給していくのか、という問いが多くの人々の意識にのぼってきたのだと思う。
過去から一貫して、社会的期待がもっとも集まる産業には、その時代のもっとも優秀な人材が集まってきた。
不景気ゆえに、失業者の受け皿として…などという次元をはるかに超え、多くの企業が農業に積極的に参入しようとしている。また、安全な食糧の安定供給は、社会の多くの人々の潜在的期待であるがゆえに、その期待を感じて「農業の問題を何とかしよう」「新しい形を実現しよう」と志す優秀な人材が、どんどん「農」の現場に、今集まりつつあるのではないだろうか。
これまで、既存の市場システムの中では、高齢化し荒廃していく地方(田舎)・農地を横目で見ながらどうすることもできなかった部分があった。
しかし、既存の市場システムの綻びとともに、人々の根元的な食への期待が顕在化した現在は違う。
「みんなの食を守る」というまっとうで地に足の着いた社会的役割に目覚めた多くの優秀な人材が、農の現場にどんどん集まってくる時代になったのである。
そんな優秀な人材が、「新しい農」を模索して共認闘争を繰り広げれば、これまでにも増して次々と新たな可能性を実現した集団が生まれてくるだろう。
その中でも、問題意識が高く優秀な研修生・インターンシップ生をどんどん集めている類農園 [3]は、今後重要な役割を果たしていく事になるのではないかと感じる。