こんにちは、小松です。
日本の農業の歴史を追及するに当たり、色々調べる中で、「稲作の起源」について興味深い記述があったので紹介したいと思います。
「稲作の起源」~イネ学から考古学への挑戦
池橋 宏 著 (講談社選書メチエ)
■これまでの稲作起源論に対する疑問
これまでのイネの栽培化の議論では、野生イネの一年性のタイプを基礎として、それが湿地で栽培化され、焼畑に採り入れられたと考えられています。しかし、生物学的にイネを見た場合、或いは、実際に農業を経験する立場でモノ考えた場合、従来の稲作起源説には多くの矛盾点があるとされています。
続きを読む前にポチッと!☆応援ありがとう!
『直播栽培の難しさ』
「一年性の野生イネが湿地に種子で播かれて栽培化される」という考え方は、イネの直播栽培が大変困難であるという事実と矛盾する。田んぼに水を湛えた状態(湛水状態)での発芽の困難さ、鳥獣による被害、発芽後の雑草防除の困難など、直播栽培は現在の農業者にとっても難しい。その困難さがあったからjこそ、焼畑による雑草防除が原始的でかつ安定した耕作法として続いているのである。
『畑が棚田になるか?』
畦を作って水を湛える水田というものは、畑にいくら水が流れていても、自然には出来てこない。畑に掘り棒でイネの種子を播いたところへ雨が降って湛水するようなことがあれば、発芽は困難となるので、農民は排水する。また、傾斜地で不用意に畑に水を溜めれば、土砂崩れが起きかねない。だから焼畑から自然に水田が出来たと考えることは難しい。
『陸稲から水稲に変わるか?』
水稲に比べると陸稲は、いろいろな点で特殊化していて、例えば、短日感光性や休眠性などの、野生イネに見られる性質から遠くなっている。したがってイネの変化の道筋は、野生イネ→水稲→陸稲であり、陸稲から水稲の性質に戻ることは殆ど不可能である。
『栽培イネは多年性の傾向を示す』
一年性の野生種を直播することからイネの栽培が始まると考える学者は少なくないが、野生イネは基本的には多年性で、茎葉を伸ばし、株を張って繁殖する水辺の植物であり、タネをつけて繁殖するのは副業でしかない。現在の栽培イネも多くは多年性植物としての性質を持っている。もし一年性の野生イネから栽培イネが成立したのであれば、このような栽培イネの多年性的な性質をどうして説明できるだろうか。
その上で著者は、稲作の起源について次のような主張をしています。
1.イネは一年生野生型の直播栽培からではなく、多年生の株わけ栽培から始まった。
2.野生イネから最初に栽培種となったのは日本型で、インド型は後に分化した。
3.水稲から進化の袋小路のように陸稲が分化した。逆のコースはない。
4.初期の栽培地は焼畑でなく、水田である。
5.縄文稲作の証拠とされる稲籾痕はイネ籾ではない。
なかなか興味深いですね。
引き続き、詳しい内容を紹介していきたいと思います。