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農村の人たちの当事者性

こんばんは。馬場です。
今日は近所のお茶刈の手伝いに行ってきました。
高齢のご夫婦で、初めは自分たちで刈ろうと思っていたそうなのですが、奥さんの足が痛くて、急遽お手伝いに呼ばれました。
旦那さんも、歩くのがやっと?というくらいの感じですが、技術は廃れていません。品質にはとてもシビアだし、予定時間内にきっちりと作業を終えました。
体は思うように動かなくても、出来る間は生産を続けてゆく気概や真摯な仕事ぶりを見ていて、これまで農村の人たちに共通して感じていた、「当事者性の高さ」のようなものを思い出しました。
☆応援ありがとうございます☆


私たちが農園を立ち上げたころ、パートに来ていたおばちゃんは、ホウレン草の束の洗い方とか、ネギのそうじの仕方とか、いろいろと教えてくれました。立場的には我々が指示を出す方なのですが、そんなことはお構いなし。いろんな場面で、「ああやったほうがいいんじゃないの?」「こうしてみたら?」と一緒になって考えてくれます。
地主のおじさんは、カボチャの苗を植えた後の、保温の方法を教えてくれました。その方法自体は、小規模農家のやり方で、我々がやろうとする規模では、どうも適さないように思われるのですが、「これはこうするんやでぇ!」
と、良いと思ったことをそのまま出してきてくれます。
今でもパートにきてくれているおじさんやおばさんは、初めての仕事でも、どんどん工夫しながら進めていってくれます。気づいたことや気になったことはどんどん話してくれて、一緒に農園をやっていこうという気持ちが、特別な事ではない感じで伝わってきます。
先日は、地元で選挙がありました。40歳代の、普段は会社勤めで、特に思想信条があるわけでもない感じの方々が、候補者応援のお願いに訪れます。あちこちから応援をお願いされ、パートも休んで選挙活動、村の寄り合いも選挙を優先して延期、皆が当たり前のように選挙に携わっています。利権がさして絡んでいるとも思えず、支持政党や候補者を、どうしても推しているという感じでもなく、その時点で考えて、この人が良い、と思ったら、そのまま応援活動をする、という感じで、都会ではあまり考えられないことでした。
近くに比較的若い担い手が集まる生産法人があるのですが、30代を中心とする彼らと接してみても、印象はあまり変わりません。何をするにも、「これは良い」と思ったことは、自分で考えたことであれ誰かの提案であれ、素直に飛びついて行動しているように思います。
・・・いくつも事例を挙げてみましたが、こういった当事者意識の高さのようなものを、農村部の人たちに非常に強く感じます。それに影響されて、こちらもやる気が引き出されてきます。
農や農村、社会の再生を考える上で、このような気質を活かしていけないだろうか?と考えているところです。

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