植物も生物であり私達人間と同じような部分をたくさん持っています。
ですから、危機の症状がひどい時は薬を飲んだり対症療法を用いますが、一番重要なのは「日常の環境」であり「健康である事」だと思います。 (植物の危機管理(3)「栽培」とは「植物を健康に育てる事」 [1]
人間における医療の場面でも、「急性期医療」と生活習慣病に対する様々な「代替医療」とがあるように、農業生産場面でも、農業生産物に同化して(=作物を観察し続けることで状況を把握して)打つべき手当てを考える、という生産場面に従事する丸一さんの声は説得力があます。
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世間で云う所の「無農薬」や「有機農法」や「自然農法」などに対する違和感は、上記内容を端折った響きがあることに起因しているのだ、と気付きました。

現実の自然外圧を踏まえて、「この危機を突破するために、どうする?」という実現思考に同化することのない消費者や生産者が、硬直的な『価値観念』と化した「無農薬」に拘泥するだけでは、突破口は到底見出せないでしょう。
基本的には、植物にも外圧に抵抗する機能がある [2] ことを、頭(=観念)でも本能的(≒潜在思念で)も確信が持て、目の当たりにする状況がその機能を発揮することで突破し得るものであるか? 或いは援護射撃を要するものかの判断が不可欠と成るでしょう。
そのためには、作物の持つ「外圧に抵抗する機能」を発揮できる状況を整えながら、その力を不断の観察で「確信」できるようになることでもあります。これは、人間において生活習慣病に対応するには、それなりの「摂理」を理解し、かつ「実践」してこそ可能になることに通ずるものと云えそうです。
いずれも、[(自然の)摂理]を極めるための「探索」と、確信に至れる「観察」が不可欠ということであり、更には、五感を全開にして可能性を察知する潜在思念が豊かでないと「原動力=活力=推進力=エンジン」を持ち得ない、ということになっているのではなかろうか?
仕事場面で、「価値観念化」した概念は一向に応用場面に使えることがなく、「またしても、本質的な解決を得ることが出来ずに、従来同様のミスにあえぐ」ことを見るに付け、『新概念』(リンク [3])意味するところの重さを実感する。
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実現回路(じつげんかいろ)
> 生命体の認識機能には、食欲や性欲etcの欠乏を感じる内識機能と、それを充たす為の視聴覚をはじめとする外識機能がある。答えとは、課題の実現経路であり、実現経路とはこの内部意識と外部認識がイコールで結ばれた回路である。
> 答えを発見すると同時に全主体(=感応回路)はそこ(=実現経路)に可能性収束するが、それはある開かれた(=答えを見出した)欠乏意識とある開かれた対象認識がイコールで結ばれて共に強化される過程=その実現経路が強化される過程=その様な主体(実現回路)が強化・形成される過程である。
> 従って、欠乏意識(内的認識機能)と状況認識(外的認識機能)を結ぶ実現回路こそ主体の中核(先端主体)であり、この実現回路こそ思考の先端中枢である。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=400&t=30 [4]
(「思考次元1 潜在思念の実践思考 [5]」 より)
最後まで読んでくれて、ありがとう。
/びん