小松です。
年末から盛り上がってきた食糧自給率の問題について、気になったことを調べてみました。
現在、日本の食糧自給率は40%と先進国中でも最低のレベルであり、その大半はアメリカからの輸入に依存しています。その背景には、戦後日本人の食生活が急速に欧米化していたことが挙げられますが、それをもたらしたのが「アメリカ小麦戦略」であることは、るいネットやこのブログでも、みなさんが投稿されている通りだと思います。
以下るいネット [1]より引用
昭和30年代、本格的に日本に対する農産物輸出作戦に乗り出し、パン食普及作戦等々を広範囲に展開した。主食がパンになれば、おのずと牛乳、畜産物、油料理という欧米型になる。その食材の供給元は全てアメリカであり、それを念頭においた作戦だったのだ。
欧米型食生活普及のために、アメリカは官民挙げて日本に対し膨大な資金を提供し、下工作を展開し大成功を収めた。今、「アメリカ小麦戦略」の成功で、食糧自給率は約40%で先進国中最低となってしまった。
一方、先日の正国さんの記事 [2]にもありましたが、同じ敗戦国として戦後復興の道を歩んできた日本とドイツで、何故これほど食糧自給率の差ができてしまったのか?という問題は、とても興味深いです。この辺り、戦後の日本とドイツの違いについての記述があったので紹介します。
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以下涌井秀行のHP [3]より引用
ドイツは2度の大戦で欧州諸国を敵にまわし,甚大な損害を与えてきた。とりわけナチス・ドイツの周辺欧州諸国の人々に与えてきた苦しみは筆舌に尽くしがたい。ドイツは敗戦後そうした国々と再び向き合い,ヨーロッパの中で経済を立て直し生きていくことを余儀なくされた。ドイツはその和解のための努力を払ってきた。相手の理解が得られるまで,辛抱強くナチスの戦犯の追及をおこなってきた。それが今日ヨーロッパの中心にドイツがいることをヨーロッパの人々が認める基礎にある。
ところが日本は,これとはまったく正反対の道を歩んだ。日本は敗戦後アジアと向き合うことなく,「戦後復興」を遂げていったのである。
戦前日本は勿論植民地としてであったが,アジアとの強い結びつきによって,曲がりなりにも「列強」として振るまうことができ,そのもとで国民も生活を維持してきたた。ところが敗戦後日本は,かつて侵略したアジアの国々にくるりと背を向けて,アメリカ経済に溶けこむことによって,猛烈な経済発展を遂げることができたのである。アメリカによって日本は世界に冠たる「経済大国」になったのである。日本資本・企業は経済大国の堂々たる「担い手」として,たとえば世界に冠たる「日本的経営」などと,意気揚々としていけたのである。
同時に,それは大衆にとっても「すばらしい道」であった。戦後,いや数世紀にわたって「お上」が質素倹約を説き,貯蓄を勧めてきた日本で,消費が初めて「美徳」として認められ,新たな経済的価値観が提示された。むろん欧米と比較すればその貧弱さは比べようもないが,いずれにしても大衆消費が生まれ,大衆の生活水準は飛躍的に上昇していったのである。ほとんどの日本人がこの価値観に巻き込まれていった。戦後日本はその民族の生活をささえる糧のほとんどをアメリカとの関係で得てきたといってよい。
(引用終わり)
日本とドイツ。同じ敗戦国であっても、置かれた状況が決定的に違っていたことが判ります。かつての敵国に囲まれながらも、周りと向き合い、その協調路線の中で復興を遂げるしかなかったドイツ。だからこそ、脱アメリカ⇒ヨーロッパの自立を目指すEC⇒EUの政策に同化し、結果として高い食料自給率を達成することができたのですね。
一方日本は、原爆を2発も落とされ、その圧倒的な力を見せ付けられたことによって、もはやアメリカに服従するしかありませんでした。敗従本能 [4]が作動してしまったのです。しかし、占領国のアメリカ文化を「素晴らしいもの」、消費は「美徳」であると大衆自身が受け入れていったことも事実であり、それは偏に日本人の縄文体質⇒肯定性<によるところが大きいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
しかし食糧自給率の問題は、決して楽観視できません。そもそも、自然界を観ても食糧を自給出来ていることが当たり前なのであって、食糧を自集団以外の集団に依存しているということ自体が、自然の摂理に反する異常な状態に他ならない、ということをしっかり認識し取り組む必要があるのだと思います。