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世界最大の有機農業立国、キュ―バのバックグラウンド

『キューバの有機農業に可能性を見た。』 [1]の続編です。
●18、19世紀:砂糖生産の中心地
・サトウキビはスペイン人たちによってが植えられ、
・その生産は、100万人に及ぶアフリカ人の奴隷たちによってなされていた。
・19世紀には世界最大の砂糖生産国となり、その最大の市場は米国だった。
・1827年にハイチからフランス人たちが移民した。
 →は2,000以上のコーヒー・プランテーションもできた。
  このコーヒー農園の生産も奴隷に頼っていた。
・19世紀後半、米国はキューバのスペインからの独立戦争を支援。
●20世紀
・前半:タバコや柑橘類も重要になり、米国と貿易がなされた。
・米国の大統領や政治家たちは、何度もキューバを買収・侵入を試みた。
・1920年代:多くの米国企業がキューバのビジネスや銀行に多額の投資。
 →農地の約3分の2も所有。
・1933年:クーデターによって、フルヘンシオ・バチスタが権力を握る。
 →その後の選挙によって、バチスタ政権は倒壊。
・1952年にバチスタは再びクーデターを引き起こす。
・1953年~1959年1月:
 キューバ革命でフィデル・カストロは権力を掌握。
 →米国所有の鉱山、銀行、電力会社を含む大企業を国有化する。
・米国は間髪をおかず、キューバの貿易封鎖を課すことでこれに報復する。
・革命家たちはソ連に支援を求める。
 →結果として、30年もソ連からの膨大な補助金頼みの体制に陥る。
  換金作物が農業経済の中心に置かれるという悪い面もでる。
・1960年~1989年:
 主な輸出品は、砂糖、コーヒー、タバコと柑橘類などの換金作物。
 キューバで消費される食料の55%がソ連から補助された輸入食料。
 家畜飼料さえ97%は、輸入されたトウモロコシやダイズ。
この間に、識字力向上・医療システム開発・農業や園芸研究などに注力。
1980年代前半以来、オルターナティブな農業にも対処。

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学校菜園
有機農業推進議員連盟 キューバ有機農業視察 [2]」より
●転換の時 1989年:ソ連崩壊
1990年:キューバは突然ソ連の支援を失い、極端なモノ不足という危機に直面。
→高度な科学や研究のインフラを駆使して、直ちに体制転換。
2005年:国営農場の約40%は農業協同組合へ
パティオ菜園は、1㎡/国民。都市農場はキューバの野菜の60%提供。

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以上が、「世界最大の有機農業立国、キュ―バの奇跡 [3]」を実現したバックグラウンドであるという。なにやら、人口増と気候変動という危機的な外圧が農耕の黎明を促した太古の歴史を彷彿とさせるではないですか?!
リンク [4]リンク [5]
しかも、狩猟・採集生産の時代から連綿と自然を対象化し同化して、その摂理を学んでいたがゆえに、危機に直面した時に新たな生産活動に踏み出せたのと同様に、キューバが世界最大の有機農業立国となることを可能にする助走期間があってのことでしょう。(リンク [6]
更には、食の供給という統合課題を国を挙げて推進する体制・共認基盤が相俟ってこそ、それが実現できたのでしょう。
行き詰った政治家・学者・マスコミetc.にそのリーダーシップが期待できないなら、当事者であるみんなで「農」をめぐる共認の輪を拡大し、多面的に展開していけば可能になるに違いありません。
キューバの事例を学ぶことは、それを推進する「活力源」になりそうです。

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