お米の文化史等を検索していたら懐かしい言葉がありました。
それは米食低脳論と言うものです。以下に転記します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自民党の一党支配が始まった昭和30年に「栄養改善普及運動」というものが始まり、食生活の“近代化”と称した闇雲の「洋風化」が政策的に強要された。
そのバイブルとなったのは林髞=慶応大学医学部教授が58年に出した『頭脳』という本で、そこではこう書いていた。
「せめて子どもの主食だけはパンにした方がよいということである。大人でもできればそうしたいが、日本は農業立国の国であり、米を食わないとなると血の雨が降らずにはすむまい。だから、そういうことはこわくていえない。大人はもう、そういうことで育てられてしまったのであるから、あきらめよう。しかし、せめて子供たちの将来だけは、私どもと違って、頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話のできる子供に育ててやるのがほんとうである」
有名な米食=低脳論である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
転記以上 kinokoyas homepege [1]より
よろしくお願いします 
この進駐軍時代から引き継がれた政策にのってしまい「大人はもう、そういうことで育てられてしまったのであるから、あきらめよう。」と、この時代の学者=統合階級が社会統合課題である食料問題を放棄してきたのだから、現在の食料自給率は40%を下り、対等に話ができるどころか食料確保すら満足にできないまでに属国化してしまったのは当然といえます。
現代は、飢えの外圧がありませんから、敗戦後のようにパンより米を食えと言い換えても誰も現在の豊かな食習慣を改めようと行動に移す人は大変少ないでしょう。ですから行政が旧観念を元に幾ら食料自給率を向上させる為の施策を講じても好転する気配すらありません。
この様に、食料自給率の低さをどうすると言う課題にたいしても、現在の行政や学者が答えを出せていない現実が見えてきます。
現代の神官 [2]
奥村でした