総務省の統計データ [1]から、今度は林業について考えてみた。
林業経営 [2]を見ると、
林業所得 造林補助金
20–50ha未満 645千円 321千円
50–100 564 511
100–500 352 1,109
500ha 以上 -3,242 12,051
なんと、林業所得はほんの僅かで、補助金が無ければやっていけない状態。しかも規模が大きくなるほど所得が目減りして(農業と正反対)、500ha以上では完全な赤字。
補助金が無ければ成り立たない、林業って、一体何なんだろう?
林業の歴史は意外と新しく、戦国時代の築城あたりが始まりらしい。更に時代は下って、第二次世界大戦に突入すると、多くの木材や燃料が必要とされた。そして戦後復興~高度成長の時代に入り、木材の需要が高まるとともに、森林はどんどん伐採されていった。有名な秋田杉などは、戦争前から高度成長にかけてのわずか50年間で、すっかり伐り尽くされてしまったという。
「モクネット」さん [3]参照。
昔は山の恵みは木材だけではなく、木の実やウサギや熊や鮭など、食生活そのものを山に依存していた。自然に対して敬虔な気持ちをもちながら、その恵みを利用させてもらう、という感覚を人々はもっていたと言われている。
また、森林があるお陰で雨水が川に集められ、人々の生活が守られた。また豊かな川の水が農作物を育ててくれた。他にも防風林になったり、土砂の流出や崩壊を防いでくれたり、山や森林や川というものは、我々にとって不可欠な存在なのだと思う。
つまり、山や森林や川というものは非常に公益性が高く、であるが故にみんなで考え、守っていかなくてはいけないのだと思う。だから植林や造林に対して補助金(支援金)が使われることはもっともだと思うのだが、そのような公益性の高いはずの山や森林が、個人の所有物になっていることにとても違和感を覚える。
現在、木材の需要はがた落ちで、森林の手入れも十分に行き渡っていないと言う。だとすれば、もはや金儲けのための林業に執着する意味など無いのではないだろうか。むしろ本来の公益性、みんなのための、「新しい林業」に脱皮する転換期が訪れているのだと思う。
小松
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